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99人のため、1人のため

 気がついたら4年半ほど、Instagramで続けている「美術展の感想文」。
 元々は美術を勉強したい自分に向けてのメモみたいな感覚で始めていたそれだが、気がつけば「読んでます」と言われるようになり、私自身もナントカがおだてりゃ…で通信芸大に行き、学芸員資格も取得し、noteにも(目標とする頻度には全然足りないが)定期的に記事を投稿できるぐらいにもなってきた。

 一方でがっつりSNSの枠で投稿を続けることの難しさ・弊害というのも感じるようになってきている。
 たとえば、行った展覧会の全てについて記事を投稿しているわけではなく、投稿をしなかったケースというのも過去にいくつかある。理由は単純に展覧会自体が面白くなかった点が一番大きいのだが、SNS以前、ブログでやっていたころはそこまで文章のネガポジを意識せず、もっと批判的なことも書いていたように思う。しかし、ある時期にSNSは「ネガティブな発信にはネガティブな読者が寄ってくる」傾向を感じ、そういうネガティブ投稿を意識的に避けるようになっていった。
 私の投稿に反応して(あるいは私自身も他の投稿に触発されて)、ということもあれば、アルゴリズムの影響もあると思う。

 不満を吐き出してもらうことはそれなりに良いことではあるけど、それだけでは展覧会の質的向上には結びついてくれない。展覧会に関してあまり良くないことがあるのなら、アンケートに書いたり、可能ならば直接スタッフに伝えてしまったほうが今後の改善につながりやすい(スタッフがSNSの書き込みを逐一全部見ているという保証は無い)。もちろんそれをしないで日記に書いたり、カフェなんかで友人家族と愚痴るというのはまだわかるし、私もやるけど、それを検索・遡及可能なSNSでわざわざ「公表」する、その理由・目的がわからない。自覚無自覚を問わずただただ展覧会の評判が下げているだけで、「あえてネガティブなことを書いて注目を集めて、インプレ稼ごうとしているんじゃ…?」という疑いの目も向く。

 もう一つ、SNS投稿のデメリットは、無意識のうちに「いいね」の稼ぎやすい展覧会ばかり話題にしてしまいがちなこと。ぶっちゃけた話、大都市部(東京・名古屋・京都・大阪)で開催される有名美術館の企画展・特別展ほど相対的に「いいね」されやすく、反対に地方で開催される常設展ほど「いいね」されにくい。
 気にならなければ別に良いけど、その「いいね」数ばかりを意識してしまうと(他ならぬ私がそうである)、後者の投稿を疎かにし、前者の投稿ばかりで埋め尽くされてしまうという事態が起こってしまう。全員が全員そういう投稿をしてしまうと、美術展情報に関する情報格差が起こってしまって、それは博物館の持つ教育機能面における格差にも繋がりかねない。現状どこかに勤めているわけではないとはいえ、学芸員の資格を持つ人間の職業倫理(?)として、ちょっと考えてしまうポイントではある。

 いちおう情報系にあたるブログとしては、100人中99人が興味を持ってくれるようなメジャーな情報が入っていても勿論良い。しかし、少々マニアックな話題で、そういうインプレッションが見込めない投稿でも、そうした情報を必要とする1人のために残しておく、その必要性を最近改めて感じている。私自身、ある方が書いていた北脇昇のブログ記事がきっかけで、東京国立近代美術館に展示されていた北脇の作品を楽しめたということが過去にあった。
 ブログを開設して以来ほぼ誰も読まない記事だったとしても、調べ物か何かの折に尋ねてきてくれた人のために記事を残しておくことは決して無駄なことではないと思う。基本的に「写真のSNS」であるInstagramだとそもそもブログとしての機能はそこまであるわけじゃないので、「何でも売ってる」、ホームセンター的な感覚というのは中々通用しづらいんだけど、ブログに近いnoteならそれができる、気がする。


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