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【厳然たる事実に立ち向かえ】ウィルトンズサーガ3作目『深夜の慟哭』第31話

マガジンにまとめてあります。


「ウィルトンは、呪いの話をしてくれましたね。地下世界に棲む妖精から頼まれたことを」

「そうだが?」

 ウィルトンは、アントニーの盟友は怪訝な顔をした。何を言い出すのかと思ったのだろう。

「妖精の話は、センド殿や領主の地位をめぐる政治には関わりないように思えますか?」

 アントニーは訊いてみる。

「そうだな、呪いを解いたら、ここだけでなくセンド殿の領地もよりいっそう安泰になるよな。そうなればセンド殿やアントレス殿が考えを変えるかも知れないと、そう思うのか?」

 ますます自分たちの地位を脅かす存在だと思われるだけではないのか。口には出さずとも、ウィルトンの女領主への不信感はあからさまだ。

「考えを変えるかは分かりません。より我々は危険視されるかも知れませんね。ですが、我々は地下世界に逃れてもかまわないのです。一つ、選択肢が増えます」

「妹が承知するか分からないが」

 アントニーはウィルトンをじっと見た。ウィルトンも見返す。

 この時、ウィルトンは、こう考えていた。

 村に戻り、妹の身の安全を確保しなければ、と。もっとも、自分をエレクトナの婿にするつもりならば、アントニーはともかく妹は大丈夫なのかも知れなかった。しかし万が一ということがある。

「妹のオリリエの身を守りたいのです」

 ウィルトンは、先にアーシェルを、続いてエレクトナを見た。

「協力していただけますか?」

 エレクトナは笑った。優雅な笑い方だった。ウィルトンは、何がおかしいのかと眉をひそめる。

「ご心配なく。すでに私の配下をあなたの村に送りましたわ」

「妹を守ってくださるのですか?!」

「それだけではありませんわ。領主であるお祖母様の名を出して、お屋敷に迎えると言ってあります。私の名ではなく。でも、来るのはここですわ」

「オリリエはここに向かっているのですか?」

「ええ。そのはずね」

 何という手回しの良さだ。ウィルトンは感心した。

「貴女を味方に出来て良かった! 本当に良かったです」

 心からの叫びだ。

「そのお言葉、ありがたく受け取っておきますわ」

 エレクトナは、ふふと笑う。こんなことは、当然予想しておくべきだったのだろうか?

「貴女はとても賢明な方です」

 再度、令嬢への称賛を送る。

「なあ、アントニー、俺はお前がその気なら、地下世界へ行って呪いを解いてやろうと思う。ここでオリリエを守ってもらえるなら、心置きなく地下世界へ行けるぞ」

「そうしてくれるのですか」

「ああ」

 アーシェルが横から口を出した。

「待ってください! あなた方は地下世界へ逃れるおつもりですか? それではセンド殿が今所有している領地は誰が治めればいいのですか!」

 あなたがエレクトナと婚姻すればいいのでは? ウィルトンはそう言いたかった。しかし止めておいた。オリリエをアーシェルに嫁がせるのをあきらめられないのだ。

「俺たちに治めさせるつもりだったのですか?」

「他に誰がいるのです?」

 ウィルトンは逆に聞き返された。

「確かにアントニーは相応しいだろうが、俺は」

 アーシェルは片手を大きく振ってさえぎった。

「どちらが正式に領主となられるかは分かりません。ですが、ウィルトン殿もその器ですよ」

「いや、まさか」

「私の見る目は確かです。それとも、疑うのですか?」

「買いかぶりだ」

「そうは思いませんね」

 ウィルトンは肩をすくめて見せた。

「俺に、エレクトナ様と婚姻しろとおっしゃる?」

「それはあなたが決めることです」

「だって、領主の孫娘を差し置いて、出来るわけがないではありませんか?」

「出来ますわよ。何をおっしゃるのかしら。あなた方の名声と功績はそれだけ大きいのですわ。たからこそ、アーシェル殿のお祖父様は脅威と思われたのだし、私の祖母もそそのかされたのですわ」

「貴女を差し置いて?」

「もちろん。だって私は無力な小娘ですもの。あなたがその気なら、お望みのままに」

「いや、待ってください。貴女は無力な小娘なんかではない!」

 エレクトナはウィルトンの顔をじっと見据え、軽くため息を吐き出した。

「ええ、そうね。自慢に聞こえるかも知れませんけれど、大抵の貴族の娘よりは政治も分かっているつもり。だからこそよ、あなた方、お二人の声望の大きさも分かるのですわ」 

 ウィルトンは呆然として令嬢を見ていた。アントニーは何も言わない。ただ、静かなたたずまいを見せている。

「今なら私達から地位を奪い取るのは容易いこと。何故なら、私達はデネブルの支配下で無力だったから。高貴なる者の責務を真の意味では果たして来れなかったのだから、民から見捨てられるのも仕方のないことではないかしら?」

「高貴なる者の責務は、外敵と戦うだけではないのでしょう?」

「もちろんですわ。内にあっては治安を維持し、食べ物や娯楽などに不足なくするのも大切ね。だから、私達から地位を奪った後には、内政も大事になるのですわ。アントニー様はご存知ね」

「俺には出来ない」

「アントニー様はお出来になれますわよ。私もアーシェル殿も手伝わせていただきますわ」

 ウィルトンはアントニーを見た。

 ここで選択の余地は二つだけあるように思えた。

 地下世界へ行くか。

 この地でセンドになり代わるか。

 その二つだけあるように思えた。

続く

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