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【私小説】七一四号室

怖い夢でも楽しい夢でもない『変な夢』は私に何を教えてくれているのだろうか?

_________________________※この作品はフィクションです。実在する「私」や団体などとは関係ありません。

それはよく見た光景だった。

 小学校に入学してから初めての友達が出来るまでの二年間、私は確かに孤独だった。その頃の私は人付き合いがとても苦手で学校が終わっても誰かと遊ぶわけではなく、まっすぐ家に帰っていた。なくさないようにと念を押されて渡された小さな鍵をランドセルのポケットから取り出し、マンションのある一室を開ける。踵の潰れた運動靴を脱ぎ散らかし、ランドセルをリビングに放り投げてから鍵をかける。そうしていつものルーティンを終わらせた私はベランダに繋がっている大きな窓の前で座り込みボーッと佇むのだ。何をするわけでもなく、曇りガラス越しにうつる夕日を私はただただジッと眺めていた。その頃のあの部屋の景色はよく覚えている。それはよく見た光景だった。

その部屋に私はずっとひとりだった。

 その部屋にはいつも変わることのない家具たちが私を取り囲むように設置されていた。大きくなりすぎてイタズラで少し傷をつけても全く気づかれなかった観葉植物のトラノオ。私のものが一番前にかけられていたバスタオルかけ(ピングーがプリントアウトされているものととスヌーピーがプリントアウトされているバスタオルは私のバスタオルでお気に入りだった)。年季の入った薄いカーキ色のソファ。よく歯や頭をぶつけた大きなファミリーテーブル。その他色々な家具たちが夕日によって時を止められたかのような、そんな部屋に私はひとりだった。

思い出ならば、何も問題はない。

 懐かしい思い出である、それだけで終わってしまえば何も問題はないのだろう。今になってこの思い出を引っ張りだしてきているのにはひとつ気になったことがあるからだ。

....この部屋は度々私の夢に現れるのだ。

夢の概要

 私は度々、この部屋の夢を見る。といってもこの夢は怖い夢でも楽しい夢でもない。得体の知れない何かに追いかけられてこの部屋に逃げ込むわけでもなければ楽しい楽しいお誕生日パーティーが行われるわけでもない。ただ、その部屋にいるだけの夢。何をするわけでもなく誰かと会うわけでもない。幼い私がひとりでその部屋にいるだけの夢。

あの部屋は何かを知っている?

 私はあの部屋にはもう住んでいない。新しい友達が出来て暫くしてから親の仕事の都合で引っ越すことになったからだ。あの部屋を彩っていた家具たちは新しい家に馴染み、何知らぬ顔していつもの日常を過ごしている。あの部屋に置いていった家具はひとつもなくみんな私の周りで静かに暮らしている。私自身も大きくなった。友達も沢山できたしいろんな事を経験した。あの頃から全て変わった….変わったはずだ。しかし、あの部屋は何度も私の夢に出てくる。なぜ私はあの部屋の夢を見るのか、今のところよくわかっていない。….もしかするとあの部屋は、私の知らない「何か」を知っているのではないだろうか?そしてその「何か」を私に教えてくれているのではないだろうか。

「あの部屋」が現れる条件とは?

 あの部屋が現れる条件とは何だろう?夢を見る理由は諸説あるが、一般的には普段の生活で起きた出来事や起きている時に得たさまざまな情報を整理するために私たちは夢を見ると言われている。つまり、夢を見る前の行動や感情が関係していればそれらを辿ることで「あの部屋」が私に伝えることを辿れるはずだ。しかし、「あの部屋」はそう簡単に私に真実を教えてはくれはしない。私の知る限り、この部屋が私の夢に現れるのに一定の法則性は存在しないのだ。良い事があった日にもあまり良くなかった日にもその部屋は夢の中に現れる。週に二回ほど現れる時もあれば一ヵ月以上出てこない時もあった。現れる頻度と私のコンディションが関係しているわけでもない。つまり完全にランダムなのだ。




この夢には続きがある?

 そう言えば、この夢には不自然なところがある。私はこの夢から覚める時に飛び起きるのだ。あの部屋に幼い私がいるだけの何もない夢のはずなのに。まるで怖い夢から必死に目覚めようとして急に現実に引き戻される時みたいにちがう、そんなことはありえない夕日の綺麗なあの部屋にいるだけの何も変わらない、何も怖くない夢ならば不鮮明なレム睡眠から目覚める時のようにゆっくりと現実に帰してくれるはずだ。

....私はこの夢の全てを思い出せているのだろうか?私はこの夢が暗転する瞬間を思い出せない。夢の中で「あの部屋」にいたという事は覚えているのに。

これは推測にすぎないがもしかするとこの夢には続きがあるのではないだろうかなにもない、あなたにはそれだけしかみせていない

「あの部屋の夢」の再現

 この夢は意図的に見ることは出来ない。過去に何度か試みたがそういう時に限って「あの部屋」は私の夢には現れてはくれなかった。私がいた頃のあの部屋に私から接触するには私が「あの部屋」の夢を頭の中で再生しないといけない。それは色褪せたフィルムを無理矢理現像するような行為である。それでも、私は知りたいのだ。あの部屋は私に何を伝えようとしているのかを。私は目を閉じあの部屋の再現いけないことを行う。
ゆっくりと、私は夢の中へと落ちていく....いけない、こちらにきてはいけない

 あの部屋を再現するには当時のことをしっかりと思い出さないといけない。私の意識を幼い私へと渡す。私の中に残っている僅かな記憶をつなぎ合わせまぶたの裏の空想の中に幼い私と私だけの空間を創り出す。


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 空想の中で、私はゆっくりと目を開いた。あの頃と変わらない景色が私の目の前に広がっている。観葉植物のトラノオも、バスタオルかけも、薄いカーキ色のソファも、大きなファミリーテーブルも、昔のままで私を迎え入れてくれている。オレンジ色の夕焼けもあの時と変わらず私を照らしていた。

あの部屋は私の世界であり全てだった。私だけが暮らしている、何もすることのない怠惰に時が流れるだけの私の世界。何者でもないことを嫌がっていなかった私にとってそれは幸福の時間であった。




....しかしあの部屋は私を閉じ込めるための『』でもあった。私を世に放たないためのもの。私を悪魔から逃がさないためのもの。

 チャイムが「ピンポーン」と大きく2度なった。そのチャイムはエントランスから鳴らしているらしかった。私の体はこわばって途端に動きが鈍くなってしまった。そのチャイムはこの世界が私のものではなくなってしまう合図であり、悪魔がこの部屋に入ろうとする警告信号だった。私は恐る恐るエントランスと繋がっている受話器をとった。受話器の先から聞こえてくるのは聞き覚えのある悪魔の声だった。私はブルブル震えながら受話器のすぐ横についている「解錠」のボタンを押した。息が荒くなる。体の震えは徐々に大きくなり、視界はぐるぐると回りはじめる。

 足音が近づいてくる。徐々に、徐々に、大きく。そうして扉越しの私の目の前で足音は止まった。バン!!という音と共に鍵のかかった扉が引っ張られる。鍵がかかっていることを理解した足音の主はドンドンドン!!と扉を叩きチャイムを再び鳴らした。ピンポーンと機械的な乾いた呼び出し音が部屋の中に響き渡る。一度しか鳴らなかったその音は私に悪魔が扉の前に来てしまっているということを再認識させた。悪魔は扉に遮られている。この扉が閉まり続けている限り悪魔はこの部屋には入れず、この部屋は「私の世界」でいつづけられる。この扉は私を守る最後の砦だった。....砦であった、はずだった。しかし、私は扉を開けてしまった。私はわかっていたのだ。扉を開けないということは悪魔を拒むにはあまりにも弱く、意味のない抵抗であるということを。ドアは拒む役割を失い、悪魔はその部屋へと入ってきた。もう、全て手遅れなのだと私は絶望し目の前が真っ暗になっていく。

もう、手遅れだった。


そんな、夢だった気がする。だから、いけないといったのに。


お題:「『知っている』ということ」

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