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「重ね合わせ状態」の科学:学際的視点へ

この記事では、進化の過程で新しく生み出されるDNAの様々な特徴を、確率分布として捉えるという視点を持ち込みます。

この確率分布という視点は、量子力学の重ね合わせ状態(superposition)から着想を得ています。通常、重ね合わせ状態は、量子に適用される概念です。状態空間の定義をDNAに置き換えることで、重ね合わせ状態を生物の進化の説明にも使える抽象モデルとして捉えることを提案します。

さらに、この重ね合わせ状態の視点を、有機物の化学進化、言語、知識、学問、文化といった知能や社会の領域にまで押し広げられることを説明していきます。

■生物の進化の概説

生物の進化は、突然変異や交配によって親とは異なるDNAを持つ個体が生み出されることが出発点にあります。

そして、新しいDNAが持つ特徴が、環境にマッチして生存や繁殖に有利に働いた場合は、その遺伝子は次の世代に引き継がれ広まっていきます。反対に、生存や繁殖に不利な特徴であれば、子孫を残す可能性が減り、その特徴を持つDNAは無くなっていきます。

このようにして新しいDNAが生まれて生存に有利なものが残っていくことで生物は進化してきたと考えられます。

この進化の過程において、不思議な現象があります。共進化です。

■共進化:花の蜜とミツバチの目の例

2つの種が、ギブアンドテイクの関係を作り出して、お互いの生存や繁殖を有利にし合うという関係を持つことがあります。それが共進化です。例えば、花とミツバチの関係が代表例です。

なぜミツバチは花の蜜を集め、花はミツバチに受粉を手伝わせるようになったのでしょうか。

先に花が蜜を提供して、ミツバチがその蜜を集めるようになったと仮定します。その場合は、その後に、花がミツバチの足に花粉が付きやすいように進化したという事になります。

その場合、なぜ蜜を提供する花が生き残り易かったのでしょうか? 上手く説明がつきません。

逆に、先にミツバチが花粉を足に付けて、受粉の手伝いをするようになったと仮定します。その場合は、その後に、花がミツバチに蜜を提供するように進化したことになります。

その場合、なぜ花に近づくミツバチが、生き残り易かったのでしょうか? 蜜を得られないのに、その花の色に反応して引き寄せられるようなミツバチの習性は、なぜ発達したのでしょうか? 別の理由で発達したものが、偶然、花の受粉に役に立ったのでしょうか?

■共進化のモデル

進化のモデルを、量子力学の重ね合わせ状態からヒントをもらう事で、理解しやすくなると、私は考えています。

蜜を提供しない花と、花に引き寄せられる目を持っていないミツバチがいたとします。

花もミツバチも、生殖によって増えます。

多数の個体の中で、そのDNA的な性質はほとんど同じです。その変化しない性質の部分は、重ね合わせ状態の観点から見て、確定的な状態と言えます。

一方で、DNAの交配や突然変異によって、DNAは部分的に、個体ごとに差があります。この差のある部分は、全個体のDNAという状態を重ね合わせると、確率分布的に複数の状態が重なり合って確定していない部分です。

この重ね合わせ状態が、花とミツバチの双方にあります。そして、その中には、花が蜜を提供する確率と、ミツバチがその花に引き寄せられる確率が、僅かながら存在します。

この2つが重なる事自体は、さらに低い可能性ではありますが、ゼロではありません。そして、この共進化によって共生関係を作れるような重なり合う点は、実際に顕在化すると、僅かにそれぞれの生存確率を上げます。このため、前の世代よりも次の世代の方が、その重なり合う点の確率分布は僅かに高くなります。

これを何世代も重ねていくと、次第に、花とミツバチの進化の確率分布は、この点に収束していきます。

■確率分布の考え方の例

例えば、花のDNAの進化の可能性が、10,000パターンあったとします。ミツバチの方も10,000パターンあったとします。この中で、花がミツバチに蜜を少し提供できるような進化が1パターンだけあったとします。また、ミツバチがその花の色に引き寄せられるような進化パターンも1パターンだけあったとします。

単純な計算は、10,000個体に1本だけ、蜜を提供する花が生まれ、10,000個体に1体だけ、その花に惹かれるミツバチが誕生します。

この1本と1体が誕生しても、出会わなければ意味がありません。仮に1体のミツバチがアクセスできる花が100本だけだとしたら、出会う確率は1%です。

さらに、この1本の花と1体のミツバチが出会ったとしても、それがお互いの生存や生殖を有利にする可能性は僅かでしょう。たまたま餓死しそうになったミツバチが救われたり、風で受粉する範囲以外の花にも花粉が受粉するようなことが起きた時くらいです。

このため、この共生関係はパターンとして存在し得るとしても、影響は本当に微々たるものです。

しかし、それは1世代だけを見た場合の話です。長い年月の間、この微々たる確率の違いが、ほんの少しずつ積み重なっていきます。初めは10,000パターンの進化は全てフラットな確率分布でした。しかし、微々たる生存確率の違いが、少しずつこのフラットな確率分布に偏りをもたらします。

その偏りは世代を重ねる度に増幅されていき、何十、何百、何千世代も重ねると、その花の個体はほぼ全て蜜を作り、そのミツバチの個体はほぼ全て、その花の色に惹かれるようになるでしょう。

■重ね合わせ状態:量子力学と遺伝子

量子力学の重ね合わせ状態と、遺伝子の重ね合わせ状態を併置するという考え方に違和感を持つ人もいると思います。量子力学の重ね合わせは、実態として本当に状態が重ね合わされている概念であり、遺伝子の場合は、実態としては複数の個体に分かれているため、量子の状態の重ね合わせとは異なります。

しかし、それは状態空間をどのように定義するかの問題だと、私は考えています。

量子の場合、例えば物理的な3次元空間のどこに量子が存在するか、という状態が重ね合わさっていたり、電子のスピンの向きが上向きのスピンと下向きのスピンの2つの状態が重ね合っていたりするという考え方です。

そこには、状態空間を物理的な3次元空間上の連続的な位置と見るか、スピン状態という離散的な2値の状態と見るか、という異なる前提が導入されています。私の観点は、それと同じように、DNAの進化パターンという状態空間を定義しているのです。

状態空間は、各対象によって異なる定義ですが、その定義の下で確率分布が表現できれば、後は同じ抽象モデルになります。

時間経過とともに、その確率分布がどのように変化する法則を持っているか、それをモデルに加えます。そうすれば、後は、十分な時間が経過した後に、どのような確率分布に遷移していくかということがシミュレーションできるはずです。

その状態空間単独での時間経過の他に、2つの水素原子が接近して、結合状態まで遷移していくことも確率分布の変化として捉えることができるはず。これは、先ほどの花とミツバチの共進化の確率分布の変化過程と同じメカニズムです。

■量子力学と遺伝子の違いと共通点

私の議論は、特定の種の全個体のDNAの差異のある部分の存在割合を、確率分布として捉えてみるという抽象的な議論です。実際の個々の物質としてのDNAが重ね合わせ状態にあるという話ではありませんし、そのDNAに含まれている原子や電子の重ね合わせ状態の話でもありません。

全個体のDNAの確率分布と、量子力学における状態の確率分布は、性質や前提とする状態空間は異なります。一方で、時間に伴ってその確率分布が変化するという事と、一般に同じ変化が継続するとある確率分布に収束していくという同じメカニズムを持ちます。これは純粋に数学的な性質です。つまり、確率分布としてモデル化するという操作を行ったことで、両者に共通のモデルを取り出すことができたことになります。

もちろん、DNAの場合は環境からの影響を大きく受けますので、このような単純なモデル化で現実の進化の細部は捉えきれないことは確かです。しかし、一方で、この繰り返し確率分布が変化していくことで、特定の確率分布に収束するという法則の影響は、特に一部のパターンに収束する場合には、外乱の影響と比べても大きな影響をDNAの進化にもたらします。このため、外乱のない理想的な環境を前提としたモデルで考える事も、大きな意味があります。

また、量子力学では測定や観察によって、重ね合わせの状態が崩壊して、状態が確定するという現象があります。この現象は、DNAには無いと取られる人もいるかもしれません。しかし、それは観察と状態の確定をどのように定義するか次第です。

私は、花とミツバチのDNAが、蜜を生成する状態と、その花に惹かれる性質を持つという状態は、確率分布の崩壊に相当し、状態が確定したことと同じ概念と捉えています。

つまり、この例では、花とミツバチが同じ空間で出会って相互にDNAの確率分布に影響を与えるという事象が、量子力学でいうところの確率分布を崩壊させる「観察」に相当する事象なのです。

■重ね合わせ状態の応用

ここまでに、DNAの進化を確率分布として抽象化し、共進化の現象を、原子の結合と同じように複数の確率分布同士の相互作用による状態の収束、つまり観察による特定の状態への確率分布収束、として捉えるという考え方を提示します。

抽象化によって、外乱などの部分は切り捨てたため、現実の現象とはズレるモデルですが、一方で状態の収束自体は、切り捨てた部分の影響よりも大きくなると考えられます。このため、このモデルでDNAの進化の傾向や、大まかな方向性を把握したり、説明することはできるでしょう。

この抽象モデル化は、量子やDNAの進化だけに限りません。

生命誕生以前の有機物の化学進化における有機物の結合の確率分布、言語における語句や文法、知識同士の結びつきによる学問の発展、芸術や文化における概念の発達などにも、応用ができると考えられます。

頭の中で知識やアイデアが結びついた時、私たちはひらめきという現象を体験します。

これは、複数の原子が結合したり、花とミツバチが共進化したりしたように、複数の知識の変化の確率部分が上手く重なって結びつく点が存在し、それが頭の中で瞬時にグルグルと自己強化され、状態として確定したという興奮なのかもしれません。ひらめきは、量子の観察と同じようにモデル化できるメカニズムなのかもしれないという事です。

■ニューラルネットにおける重ね合わせ状態

知識という抽象的な概念レベルでも、重ね合わせ状態の考え方を適用できることを述べましたが、脳の具体的な仕組みの面でも重ね合わせ状態の視点を応用できます。

人間や動物の脳の神経細胞の動きを模擬した人工知能の技術として、ニューラルネットワークがあります。ニューラルネットワークでは、ニューロンを並べた層を複数用意して計算を行います。入力となる層から、複数の中間層を越えて、出力層から結果を出す構造です。

ここで、通常の人工知能の応用システムでは、出力層のニューロンのうち、最も値が大きなものを出力として扱います。一方で、中間層の値は、確率分布のように考える事ができます。つまり、ニューラルネットワークの各層は、重ね合わせ状態を持っていると言えます。そして、大量のデータを与えて学習を行う事で、各層の重ね合わせ状態は、ある確率分布に収束していくという捉え方ができます。

先ほど説明したように、ニューラルネットワークは人間や動物の脳と、人工知能に共通の仕組みです。このため、私たちの脳や人工知能の中にも、重ね合わせ状態として知識が記憶されている面があると考える事ができそうです。

■さいごに

この記事では、生物の進化に重ね合わせ状態の確率分布という視点を持ち込み、共進化の理解に応用できることを説明しました。

その上で、重ね合わせ状態の確率分布の考え方を、有機物の化学進化や知識、学問、文化などの領域や、人工知能のニューラルネットにも応用できる可能性を提示しました。

生命や知性といった現象が関わる、進化や発展をこのモデルで共通して考える事で、各領域で見られる様々な現象を、新しい視点で分析できる可能性があります。さらに、この視点は領域を越えた知見の応用を促し、学際的なアプローチとして役に立つ可能性もあると考えています。

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