見出し画像

CAOアーキテクチャによる複雑系のモデル化

私は生命の起源についてシステム工学的な観点で個人研究を行っています。

コンセプト、エージェント、オブジェクトという三層構造からなるCAOアーキテクチャで生命の起源における化学進化をモデル化することができると考えています。

CAOアーキテクチャは生物や生態系、人間の知能や社会、人工知能や人工知能エージェントが形成する社会など、複雑な進化や発展をするシステムを分析して説明するためのモデルです。

■CAOアーキテクチャの概要

CAOアーキテクチャのシステムは、自然法則に従う物質や、その物質により保持される情報をオブジェクトと考えます。エージェントは、独自のコンセプトを持ち、そのコンセプトとオブジェクトが一致することを目指す作用を指します。通常の自然法則はコンセプトに一致させるといった指向性を持ちませんが、自然法則を組み合わせると、オブジェクトを特定のコンセプトに一致させようとする方向に作用するようになります。それがエージェントです。

例えば、サーモスタット付きのアイロンは、電源を入れると温度が上昇しますが、一定の温度になるとサーモスタットの働きで電源が一時的に切れて、温度の上昇が止まります。そして温度が一定以下になるとサーモスタットが元に戻って再び電源が入り温度が上昇します。この仕組みでアイロンの温度は一定の範囲内に保たれます。

これを、アイロンの温度を一定に保つというコンセプトを持ったエージェントがそこに存在しているとみなします。エージェントは無生物でも、知性を持っていなくても、このように特定の状態にオブジェクトを保つ作用を持つ物全般を指します。

■CAOモデルの存続と進化

オブジェクトの状態とコンセプトが異なっている場合のみオブジェクトを変化させるような指示を出すという仕組みさえあれば、変化の指示のやり方はあまり問われません。ランダムであっても変化させていけば、やがてはオブジェクトとコンセプトが一致するためです。

この時、エージェントの仕組みも、サーモスタットの例のように、何らかのオブジェクトによって構成されます。この仕組みが強固で堅牢であれば、エージェントは存続し続け、オブジェクトの状態をコンセプトと一致させ続けます。仮にエージェントの仕組みが流動的に変化しやすければ、エージェントを構成するオブジェクトが一定の状態に保たれていた期間のみ、その作用が反映されることになります。

こうした流動的な変化は、エージェントが持つコンセプトや、オブジェクトに及ぼす作用を多様に変化させます。どのようなコンセプトが正しいとか間違っているという事はありませんし、オブジェクトに及ぼす作用にも絶対的な正解はありません。

ただ、コンセプトやオブジェクトへの作用が、エージェント自身の存続に影響を与えることがあります。その場合、よりエージェント自身を長く存続させるようなコンセプトや作用を持っている方が、当然エージェントは存続しやすくなります。従って、エージェントの存続性という観点を評価軸に取れば、より存続しやすくなるようなコンセプトや作用を持つエージェントが、より適切なエージェントという事になるでしょう。

そのようなエージェントが環境に残り続け、また別の変化や新しいエージェントが登場することで、更に適切なエージェントが環境中に維持されるようになります。これを繰り返すことで、環境中に存在するエージェントは進化していくことになります。

■最小CAOモデル

CAOアーキテクチャの理解を深めるために、最小のモデルを考えてみます。それが最小CAOモデルです。

オブジェクトは1つだけで、状態もAとBの2種類のどちらかを取るだけとします。コンセプトも、そのオブジェクトを0にするか1にするかだけです。

エージェントにはオブジェクトの現在状態を把握し、コンセプトと照らし合わせる仕組みが必要です。また、その結果によってエージェントは行動を起こします。最小CAOモデルにおける行動ルールは、オブジェクトとコンセプトが一致している場合は何もしない、ということが基本になります。そして、オブジェクトとコンセプトが異なっている場合には、オブジェクトの状態を変化させる指示を出します。

この時、オブジェクトの状態を変化させる指示には、いくつかのパターンが考えられます。最も分かりやすいのはトグル型の指示です。トグルとは、オブジェクトの状態はAであればBにし、BであればAにするといったものです。

また、オブジェクトの状態をランダムに変化させるという指示の方が、より容易に作る事ができるかもしれません。オブジェクトの状態とコンセプトが異なっていれば、オブジェクトの状態をランダムに変化させるということです。ランダムですので、結果的にオブジェクトの状態が変化せずにコンセプトと異なるままになるかもしれません。その場合は、また次の機会にランダムにオブジェクトを変化させることになります。それを繰り返してオブジェクトの状態とコンセプトが一致したら、そこで指示は止まります。

こうしたエージェントが存在すれば、オブジェクトは常にコンセプトに一致するようにコントロールされます。たとえ自然法則によりコンセプトが異なる状態に変化したとしても、すぐにエージェントが状態に作用してコンセプト通りの状態に戻します。

■確率的CAOモデル

先ほどの最小CAOモデルは十分コンパクトなCAOモデルですが、それでも、これを満たすエージェントが無生物の自然界で形成されるためには、高度で複雑なメカニズムが必要になります。

最小CAOモデルでも、オブジェクトの状態の感知、感知した状態がコンセプトと一致しているかどうかの判定、判定結果に基づくアクション実行の判断、実行する場合のアクションの選択、といった仕組みが必要になるためです。

一方で、全てを決定論的に確実に処理する仕組みでなくても、確率的に処理するような仕組みでもCAOモデルは成立します。

例えば100%正確にオブジェクトの状態を感知できる場合と、90%の精度で感知できる場合とで比べると、短時間でエージェントがオブジェクトの状態をコンセプトに一致させることができる可能性は下がります。

しかし、全体として見ればエージェントが存在する方が、オブジェクトがコンセプトに一致する傾向が強まります。感知精度がもし1%しかなくても、エージェントが存在することで、オブジェクトがコンセプトに一致する傾向はほんの少し強くなります。

同様に、コンセプトとの一致判定、アクション実施の判断、アクション選択の処理も、ごく低精度だったとしても、エージェントの存在には意味があります。

このような低精度の確率的CAOモデルであれば、無生物の自然界でも偶発的に様々な場所で、様々なオブジェクトに対して、容易に形成されるはずです。

そして、低精度の確率的CAOモデルのエージェントにより周囲のオブジェクトはコンセプトに僅かでも近づくことが、そのエージェントの存続に繋がるというケースも稀に存在するはずです。

そのようなエージェントが存続し、何らかの変化により少し精度が高い処理ができるようになると、エージェントの存続性がより高まります。この繰り返しがエージェントの精度を向上させる方向に進化させ、確率的CAOモデルは決定論的CAOモデルに近づいていきます。

■最小CAOモデルの拡張

最小CAOモデルでは、オブジェクトの現在状態に対してコンセプトを持っていました。エージェントが過去の状態を記憶する能力を持てば、過去と現在のオブジェクトの状態に対するコンセプトを持つことができます。

これによりオブジェクトの状態を一定に保つだけでなく、AとBを交互に繰り返させることをコンセプトとするエージェントが実現できます。記憶する過去の状態が多ければ、交互に繰り返すだけでなく複雑な繰り返しパターンもコンセプトにすることができます。これにより音楽でいうリズムも実現できます。

最小CAOモデルはAとBの二値だけを扱うことにしましたが、もちろんこれをより多くの値を持つものに拡張することもできます。音楽であれば、音階に当てはめれば、先ほどのリズムと併せてメロディーを繰り返すことができます。文字に当てはめれば、言葉を表現することができます。先ほどの繰り返しパターンと組み合わせることで、会話における決まり文句や典型的なフレーズのパターンのようなものも、この仕組みで実現できます。

また、デジタルな値だけでなくアナログな値を扱うようにすれば、波のような滑らかに時間変化するパターンを作る事もできます。例えばダンスのようなものです。

■感知と作用の対象の分離

最小CAOモデルでは、状態を感知するオブジェクトと、アクションをするオブジェクトが同一でした。CAOモデルはこれを拡張して、感知対象と作用対象のオブジェクトを別々のものにすることができます。

スプリンクラーが火を感知したら水を撒くという例が分かりやすいでしょう。スプリンクラーは火を感知しますが、直接的に火の状態を変える事はできない代わりに、水を出すことで火が消えることを期待しています。

このようにして感知対象と作用対象のオブジェクトが別々の物であっても、コンセプトを達成することができる例は数多くあります。

■最小CAOモデルの組合せ

環境中に多数の最小CAOモデルに沿ったエージェントが存在すると、コンセプトの競合が発生する場合があります。それは、同じオブジェクトに対して、異なるコンセプトに一致するように作用する二つのエージェントが存在するような場合です。

また、異なるオブジェクトを対象としている場合でも、オブジェクト同士が自然法則によって結びついており、あるエージェントが片方を制御すると、別のエージェントによる他方のオブジェクトへの制御と矛盾してしまう場合が考えられます。

そうした競合が無ければ、複数のエージェントは共存することが可能です。それは、あたかも協力してより広いコンセプトを実現する1つのエージェントのように見える場合もあります。

ある条件が満たされたらオブジェクトに何らかの作用を与えるというのは、ニューラルネットワークにおけるニューロンの活性化と基本的な概念として共通です。CAOモデルの視点から見れば、ニューロンは、最小に近いエージェントの役割を担っているものとして捉えることができます。ニューラルネットワークはそのエージェントの組合せとして高度な知的能力を持つことができる技術と言えるでしょう。

従ってニューラルネットワークのように、最小CAOモデルを組み合わせることで、高度で複雑な、進歩や進化をするシステムができるはずです。

CAOモデルにおける高度に進化したエージェントは、コンセプトとオブジェクトを一致させることで自身の存続可能性を高めるという性質を持ちます。そうしたエージェントは、構造的に複雑なメカニズムで実現されることもあれば、最小CAOモデルに近い単純なものが多数組み合わさって実現されることもあります。

■さいごに

高度に進化したエージェントが持つコンセプトは、この世界にエージェントが適応するために目指すべき在り方の1つです。そうしたコンセプトを見つけていくことが、エージェントを進化させていきます。そして進化により、エージェントは存続性を高めていきます。

つまり、エージェントが進化することで、エージェントの存続に対する本質的な価値を持つコンセプトが明らかになっていくということです。

こうした存続に対する本質的な価値を持つコンセプトは、自然法則の高度な組合せにより成立します。自然法則が異なれば、当然こうした価値を持つコンセプトも異なるものになります。

ある環境中で働く自然法則を組み合わせて、これらのコンセプトを見つけ出していくことは、その環境の持つ自然法則のもう一つの面を見つけ出していくということです。従って、存続に対する本質的な価値を持つコンセプトは、その環境をCAOアーキテクチャという鏡に映した姿になっています。

サポートも大変ありがたいですし、コメントや引用、ツイッターでのリポストをいただくことでも、大変励みになります。よろしくおねがいします!