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構築確率と破壊確率:ポリマーを伸ばしていくために

個人研究として生命の起源についてシステム工学の観点からアプローチしています。

生物誕生以前の化学物質による化学進化を、シンプルなモデルで捉えるという試みをしています。DNA、RNA、タンパク質といった生物のメカニズムを決定づける化学物質が、短い長さのシンプルなものから、最終的には細胞を成立させるだけの長く複雑なものに進化するという部分が、化学進化の一つの軸になると考えています。

その中で気がついたことは、これらの化学物質が段階的に長く複雑なものになっていくためには、単に長い化学物質が構築されることを説明するだけでは足りないという事です。

■ポリマーの構築と破壊

化学物質は、外部からのエネルギーや環境条件の変化があれば、ある程度偶発的に結合されることは考えられます。その観点だけで言えば、偶発が重なっていくことで、長く複雑な化学物質が作られることになります。

しかし、それで生命の誕生を説明することができない事情があります。それは、長く複雑な化学物質は壊れやすくなるためです。物理的な力、紫外線のような電磁波、温度やpH、破壊を促す触媒となる他の化学物質との接触など、様々な要因で化学物質は破損します。長い化学物質は接合点の数もその長さの分だけ多くなり、例えば紫外線を浴びた時にそのどこか1か所で切断されれば構造が破壊され機能しなくなります。

このことを考えると、化学進化において長く複雑な化学物質の生成を説明するためには、化学物質の構築だけでなく、破壊についても説明できる必要があります。そして、ある長さの化学物質が構築される速度が、破壊される速度よりも早ければ、その長さの化学物質の生成は必然的なものになります。

反対に、破壊される速度の方が早いのであれば、その長さの化学物質の生成は偶然に頼らなければならないという事になります。偶然にその長さの化学物質が生成されても、そこからさらに長い化学物質が生成される前に破壊されますので、偶然に頼る長さから先には、進化することはできません。

従って、化学物質の構築速度と破壊速度のバランスの側面から、生命の起源における化学進化を分析するモデルの1つを作る事が出来るはずです。

■ポリマーの構築確率と破壊確率のモデル

結合して長い鎖状の構造を取る事が出来る化学物質をポリマーと言います。DNA、RNA、タンパク質もそれぞれポリマーです。このポリマーの構築と破壊についてモデルを考える事にします。

まず、話を簡単にするために、DNA、RNA、タンパク質ではなく、結合して長くなっても全く何の機能も持たないポリマーαのモデルから考えます。

単位時間あたりに長さNのポリマーαが構築される確率をc(α, N)とします。同じ時間で、長さNのポリマーαが破壊される確率をd(α, N)とします。

構築確率c(α, N)が破壊確率d(α, N)を上回れば、長さNのポリマーαが増殖し続けることができる事になります。c(α, N)とd(α, N)が等しければ、ある程度の個数の長さNのポリマーαの存在が維持されることになります。そして、c(α, N)がd(α, N)を下回れば、その長さNのポリマーαは存在し続けることはありません。

一般に、長さNが長くなれば、構築確率c(α, N)は小さくなっていき、破壊確率d(α, N)は大きくなっていくはずです。このため、Nが小さいうちはc(α, N)の方が大きく、Nを大きくしていくと、どこかでd(α, N)の方が大きくなるはずです。その逆転が起きる直前の長さNが、そのポリマーαが必然的に存在し得る長さです。これをポリマーαの均衡長と呼ぶこととし、記号Ne(α)と表現することにします。

均衡長Neは、構築確率cと破壊確率dによって決まるため、多少の揺らぎがあります。特にNeが長くなるとこの確率は大きく揺らぎます。

また、気温や日射量など環境の変化によってcとdは変化します。これを加味してタイミングによってNeが変動するというモデルにしても良いですし、単位時間を例えば年単位のように長く取って昼夜や季節の影響を吸収するモデルにすることもできます。

さらに、特定の鉱物表面など特殊な環境下では通常の環境よりも構築確率cが高くなるようなこともあります。

■アミノ酸ポリマーの影響機能(effective function)

アミノ酸のポリマーは短いものをペプチド、長いものをタンパク質と呼びます。ここでは、その総称としてアミノ酸ポリマーという用語を使う事にし、記号Pで表現することにします。

アミノ酸ポリマーは、化学反応を促進や抑制する触媒、構造物となって物理的な形状を支えたり、制御指示として化学反応のタイミングを決定したりする機能を持ちます。これらの中には触媒という用語の表現に当てはまらないものもありますので、ここでは説明をシンプルにするために、アミノ酸ポリマーが果たす機能を影響機能(effective function)と呼ぶことにします。

一般に、アミノ酸ポリマーは、DNAやRNAよりも短いポリマーでも、多様な影響機能を持つことができると言われています。

生物がタンパク質として使っているアミノ酸は20種類と言われています。このアミノ酸が特定の限られた組合せで連結されると、影響機能を持つことになります。多くの組合せは、特にそうした影響機能は持ちません。

そして、影響機能を持つアミノ酸ポリマーの中には、アミノ酸ポリマー自体の構築を促進したり抑制したりするものがあると考えられます。また、破壊の促進や抑制をする物があると考えられます。さらに、一部の影響機能は、特定のパターンを持つアミノ酸ポリマーにのみ作用するものもあると考えられます。

■アミノ酸ポリマーの構築速度と破壊速度のモデル

ある環境下で、アミノ酸ポリマーPの構築確率c(P, N)と破壊確率d(P, N)の関係から、均衡長Ne(P)が決まります。

この環境では、均衡長Ne(P)までの長さで、様々なアミノ酸を組み合わせたアミノ酸ポリマーの生成と破壊が繰り返されていることになります。20種類のアミノ酸の組合せですので、トータルで20のNe(P)乗のパターンがあり得ます。

それらのアミノ酸ポリマーの中には、影響機能を持つ物と、持たないものがあります。短いものの方が構築される可能性が高いことを考慮した上で、これらのアミノ酸ポリマーの影響の平均値を取ったものを、平均影響(average effect)と呼ぶことにします。

長さNe(P)までの平均影響が、アミノ酸ポリマーの構築に有利に働く場合、相対的に構築確率c(P, N)が大きく、破壊確率d(P, N)が小さくなるという事を意味します。この場合、均衡長Ne(P)がより大きな値になります。

Ne(P)が大きな値になると、更に生成される可能性のあるアミノ酸ポリマーの組み合わせパターンが増えることになります。この新しい状況下でも、影響機能の平均がアミノ酸ポリマーの構築に有利に働く可能性があります。すると、さらにNe(P)は長くなります。影響機能の伸びがなくなるまで、均衡長Ne(P)は延びて行きます。

■影響機能(effective function)が与える平均影響(average effect)

影響機能が与える平均影響が構築に有利に働くかどうかは、均衡長Neと、アミノ酸の種類毎の濃度に依存します。

存在し得るアミノ酸のうち、生物が使用しているのは20種類だけです。その20種類のアミノ酸であれば、構築に有利に働く場合が多いという事を意味しているのかもしれません。生物は、そのような性質のアミノ酸を自然選択した可能性があります。

地球上にアミノ酸が凝集された水場が多数存在したと仮定すれば、その中に存在するアミノ酸の種類やバランスは、水場ごとに異なっていたと考えるのが自然でしょう。その中から、影響機能が与える平均影響が高くなる水場で、アミノ酸ポリマーの化学進化がより進行しやすかったはずです。

このような形で、現在の生物が使用している20種類のアミノ酸が多く含まれていた水場で化学進化が進んだのであれば、最終的にその20種類のアミノ酸が自然選択されたことを上手く説明できるでしょう。

■DNAとRNAの構築速度と破壊速度のモデル

DNAやRNAも、同様に構築速度と破壊速度のモデルを立てることができます。

DNAは基本的には触媒になりませんので、アミノ酸ポリマーのような影響機能を加味する必要がありません。従って、基本的には、ポリマーαのようなシンプルなモデルで均衡長Ne(DNA)は決定します。

RNAはアミノ酸ポリマーほどではないですが、影響機能を持ちます。このため、アミノ酸ポリマーと同様に影響機能の平均影響やフィードバックを加味して均衡長Ne(RNA)が決定します。

ただし、DNAやRNAには転写が行われることがあります。DNAはDNAへの自己転写とRNAへの転写、そして、RNAはDNAへ逆転写が可能です。逆転写の影響で、DNAのNe(DNA)にも、RNAのNe(RNA)の影響が加わります。

通常、アミノ酸ポリマーの構築に有利に働く影響機能は、紫外線の吸収や温度やpHの調整など、DNAやRNAの構築にも有利に働くケースが多いと考えられます。このため、Ne(DNA)やNe(RNA)は、アミノ酸ポリマーの影響で長くなる可能性があります。

■DNAやRNAとアミノ酸ポリマーの共進化

生存に有利なタンパク質は、その設計図がDNAの自己複製により増殖し、DNAからRNAへの転写、RNAからタンパク質への翻訳を経ることで、増殖することになります。このメカニズムの実現のカギは、RNAからタンパク質への翻訳です。

翻訳を可能にするためには、翻訳のための触媒機能を持つ化学物質が必要です。現在の生物では、リボソームと呼ばれる細胞内小器官が翻訳を担っていますが、非常に複雑な仕組みです。リボソームを構成しているのは触媒機能を持つタンパク質だけでなく、触媒機能を持つRNAも含まれています。

Ne(RNA)とNe(P)が十分に大きければ、こうしたリボソームが持つ翻訳機能の原型を構築できるかもしれません。もしもRNAからアミノ酸ポリマーが生成できれば、DNAやRNAの側からもアミノ酸ポリマーへ影響を与える事が出来るようになります。それはDNAやRNA側と、アミノ酸ポリマー側のフィードバックループの形成による共進化が出来るようになることを意味します。

これにより、更にNe(DNA)、Ne(RNA)、Ne(P)を長くすることができるでしょう。長くなったNe(P)はさらに多様で複雑な影響機能を実現できるようになります。また、アミノ酸ポリマーの設計図がDNAによって記録されるようになれば、DNAの自己複製機能により増殖することができるようになります。

DNAの自己複製機能は強力です。DNAに有用なアミノ酸ポリマーの設計図が記録されるようになれば、ネズミ算式にそのアミノ酸ポリマーは増殖することが可能です。有用な物が破壊されるよりも生成される速度の方が確実に早くなり、有用なタンパク質が永続的に存在し続ける事が出来るようになります。これにより、平均影響は飛躍的にポジティブな方向へ向かい、均衡長Neはさらに長くなるでしょう。

■さいごに

均衡長Neが伸びると、より洗練された影響機能が出てくるでしょう。また、全く新しいタイプの影響機能も多数現れてくるでしょう。

そう考えると、本質はポリマーの長さではなく、取り得る影響機能の多様性と性能が主題となりそうです。ポリマー長は、アミノ酸ポリマーで実現できる影響機能の多様性の幅の指標です。

影響機能の多様性という観点は化学物質以外のものにも適用できます。

初期の生物においては、身体能力の高さが、影響機能の多様性の指標になるでしょう。後期の生物では、知能の高さが指標となります。また、人間の場合は知識のレベルも指標となるでしょう。

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