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■進歩の寓話:僕たちは、いつ立ち止まるべきなのか

ただ歩く。そこに新しい技術とアイデアがあるから、ただ前に進む。彼らも、遠くまでは見えていないのだな。

人体埋め込み型の人工知能チップ技術を使ったビジネスプランのプレゼンを聞いて、イワモト氏は眉をひそめた。

「はい、まだ頭の骨が柔らかい時に埋め込むことになります。その時期でしたら、免疫もこのチップを受け入れてくれますので、安全なんです」

「そこじゃなくてさ、僕が聞きたいのは」

プレゼンターの女性はやや緊張した表情のまま、投資家の次の言葉を待った。

「それって、頭の中で分からないことは色々教えてくれて、初めて歩く時も手足を勝手に動かしてくれて、全部サポートしてくれるっていう事なんだよね」

「はい。このシェパードシステムによって危険なことからは最適な方法で身を守れますし、そもそも危ない状況に陥らないように、何段階も前からリスクが最小になるような提案をすることができます」

渋い顔でじっとプレゼン資料を見つめているイワモト氏に、彼女は先程より少し早口になって説明を続ける。

「どんなお子さんでも、あらゆる知識を使って最適な人生を送れるように、常にシェパードシステムがアシストします。リンクX社のトラストネットと24時間接続され、Zacroシステム社のクオンタムクラウド上で全てのアクション提案とライフプランが、お子様一人ひとりの状況に合わせてリアルタイムに生成されます。」

腕組みをして、イワモト氏は目をつむった。

「単にリスクや経済的な最適化だけではありません。芸術の素晴らしさや文化の奥行きの深さを理解するためのサポートも致します。これによって、苦しみや悲しみは最小に、喜びと楽しさを最大にして充実した人生を」

「もういい、分かった」

イワモト氏が小さな声で静止して、目をゆっくり開いた。

「そんな賢い仕組みがあるなら、まずはその危ない製品コンセプトを、もっとマトモにしたらどうかね」

彼女は、少し戸惑いながら口を開き、「あなたも」と言いかけたが、続きの言葉が出ない。

代わって、横にいた若い男性が口を開く。

「お言葉ですが、ミスターイワモト。このシステムは強制ではなく、ご両親の自由意志と、責任で選ぶことができるのです。それに、その子供本人が嫌になったら、いつでも止めることができるんです。」

「自分の体の一部になったものを、人間はそう簡単に手放せないものだよ。」

ため息をついて、イワモト氏は続ける。

「それに今は法や議論が追い付いていないが、やがて禁止されるリスクもあるんじゃないかね。そうした根っこを押さえてなければ、僕だけじゃない。誰もお金は出さないさ」

イワモト氏は首を振った。それを聞いた彼は憮然とする。

「そもそも、このチップはあなたが最初に」

「僕はね」じっと若い男性を見つめる。そのイワモト氏の口調は、優しい声になっていた。

「君たちが羨ましいんだよ。このチップを入れてから、僕はお金持ちにはなれた。それこそ、人生を何度も繰り返したとしても、食べるのに困る事はないし、他の人たちよりも良い医療を受けることもできる。でも、それ以外に、何を手に入れたのか、わからないんだよ。」

二人から目を逸らして、冷たい機械の手のひらに視線を落とす。

「それに、自分が何を失ったのかすらも、ね。」

おわり


<未来の寓話シリーズ>
未来の技術と、人間・社会・倫理の関わりの考察を、物語形式で表現しています。過去の作品は下のマガジンにまとめています。


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