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旅人たちへ:リスク社会に対するアンチテーゼ

■旅について

日常生活や仕事を離れて、どこかに出かけるというのは楽しさのある体験です。行き先が遠くになれば、より楽しさが増します。普段あまり訪れることがなく、また、頻繁に行くこともできないため、より日常を忘れることができたり、新しい発見も期待できたりするからでしょうか。

近い場所や短時間であればお出かけですが、ある程度遠い場所や長時間になると、旅となります。

■旅は、予測不可能であり、予測可能でもある。

旅は日常のルーティンから離れて、未知のものに出会うという体験です。一方で、旅には多くの既知の事も含まれます。あまりに未知のことが多い場合、旅を通り越して冒険となるでしょう。

冒険の方が危険を伴いますので実行は難しいように感じるかもしれません。しかし、旅は未知と既知の織り交ざった、とても複雑なものです。

冒険はリスクをある程度無視したり、何かどうしてもリスクを冒さなければ手に入れられないものを得るための行為であったりします。大胆さやリスク許容度は求められますが、計画面の緻密さや目的自体の探索という面では、シンプルです。

一方で、旅は、必ずまた日常に戻ってくるという約束があります。また、特に大きなはっきりとした目的があるわけでなく、予測は難しいものの、自分を楽しませる何かを旅をしながら見つけていく行為でもあります。

このため、日常に戻るための緻密な計画、具体的な目的がない中でできるだけ大きな楽しみを生み出せるように企画するという、複雑で高度な要求を満たす必要があります。これは、非常に人間的で高度な知性を必要とする、複雑な知的活動です。

そして、自分を楽しませる何か、を見つける行為ですので、旅は自分を知ることに他なりません。

また、旅先では未知のことにも出会う事を期待しています。自分だけでなく、世界のことも知る行為です。

むしろ、世界のことを知ることが、同時に自分の事を知ることであり、その逆もまた真なのかもしれません。世界を知り、自分を知るというのは、まさに人生の醍醐味です。

旅を楽しめるという私たちの本来的な性質と、様々な旅ができる社会の状況は、私たちの人生を豊かにするための素敵なギフトなのかもしれません。

■旅と自分

実際に遠くに出かける行為以外にも、旅という言葉は使われます。

何か新しいことを始めたり、哲学的だったり人生について書かれた本を読んだりすることを、自分探しの旅という言い方をすることがあります。

趣味を始めてみたり、ボランティアに参加する人もいるでしょう。転職や引っ越しをして環境を変える人もいます。考えることが好きな人は、本を読んだり自分自身の事を見つめ直したりして、気づきを得ようとするかもしれません。

これも、また日常に戻ることが約束され、しかし戻ってきた時には少し自分ことを知ることができていることを期待している行為です。また、その時に新しい知識や新しい世界に触れるという点も、まさに旅と同じです。

■旅とビジネス

ビジネスの場面でも、ジャーニーマップという、旅に関する言葉が使われます。ジャーニーは旅ですね。

業務で使用するシステムの開発時に、システムに求められる要求事項や仕様を明確にするために要求分析という作業をはじめに行います。その一つの手法として、ジャーニーマップというものがあります。

ジャーニーマップは、システムを使うユーザや、システムの開発に携わる開発者が、実際のシステムが完成した時の使われ方を文書や絵に書き出してイメージしながら、そのシステムに求められる機能を洗い出しをする手法です。

まだ開発していないシステムが存在する世状況を頭に思い浮かべて、その想像の中で業務する自分たちの姿を思い浮かべます。そうすると、システムにトラブルがあった時や、システムを支えているインフラが使えなくなった時のことなども思い浮かびます。その時のことも想定することで、もれなく必要な機能を見つけ出すことができます。

この想像の中も、既知のことと未知のことが入り混ざっています。そして、システムのユーザにとっては、自分たちの業務のためにどんな機能が必要になるのかを知る作業でもあります。

このため、まさに旅と同じ性質があり、ジャーニーマップという言葉がぴったりです。

■冒険者たちと旅人たち

ビジネスの世界では、リスクの高い新しい事業を興す企業を、ベンチャー企業と言います。ベンチャーやアドベンチャー、冒険から来ている言葉だと思います。

新しいことを成し遂げたい人にとって、こうした企業は最適でしょう。安定を求めるなら、避けた方が良いかもしれません。

現代は不確実な時代とも言われることがあります。特にビジネスの世界は変化が激しく、その変化の速度自体も早くなっていっています。

このため、安定を求めるなら、むしろベンチャー企業を選んだ方が良いという意見も耳にしたことがあります。

けれど、冒険を好んだり、大きなものを手に入れるためには危険も受け入れるという人と、そうでない人が、世の中にはいます。前者は冒険者、後者は旅人と呼べるでしょう。

仕事も生活も、個人の性格に合わせて選べるという社会が理想です。冒険ができない社会も窮屈ですが、すべての人に冒険を強要する社会も、また何かがおかしいのです。

ビジネスだけでなく、社会全体や私たちの生活も、どんどん変化が加速しているように思えます。その流れは止められないのかもしれませんが、諦めて流されていると、旅人たちには辛い時代になっていくように思えてなりません。

■旅人たちの権利

残念ながら、今の社会には、旅人たちの権利を守る仕組みがありません。

社会は発展と共に冒険的な個人を求める傾向を強めるのかもしれません。その場合、この権利が認識されていなければ、旅人たちは生きづらくなっていきます。

もちろん、変化を恐れてばかりでは進歩から取り残されてしまいますし、格差や地位が硬直化するような社会も望ましくはないでしょう。しかし、だからといって、すべての人が明日の見通しも立たないような激しい変化の中に置かれるような極端な状況も、決して豊かな社会とは言えないでしょう。

それに、旅人たちは単に変化をせずにそこに留まっている人たちではありません。自分自身や世界の理解を深め、リスクを伴う冒険とは違う形で、成長や進歩を意識している人たちです。この立場を尊重する視点は、きっと新しい社会のあり方を考えるきっかけになると思っています。

世の中で大きな声を出していくことはある種のリスクを伴うため、冒険を行える人の特権のような側面があります。サイレントマジョリティーという言葉がありますが、声の大きな冒険者たちの影には、旅人たちの存在もあるはずです。その声を集めていけば、安心して旅ができるような、そういった社会を目指す事もできると思います。

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