生命の起源の必然性:化学進化の阻害要因の除去

生命の起源について、システムエンジニアの立場から個人研究をしています。

今回の記事では、生命の起源における化学進化について考えます。まず、化学進化がどのように進行するかについて、概念の整理を行います。この整理から、化学進化は必然的に進行するという考えに基いて、その阻害要因に着目するというアプローチを提案します。

このアプローチから考えを進めていくと、地球環境と生物が、それぞれ化学進化の阻害要因を防いだり回避したりするのに適した性質やメカニズムを持っていることが明確になります。このことは、地球が生命誕生に適している環境であることと、生命誕生以前にも生物が持っているメカニズムが無生物の化学物質の中に現れた可能性があることが分かってきます。

では、詳しく見ていきましょう。

■化学進化の概要

一般的には、化学物質が結合することで、新しい化学物質が作られます。

また、化学物質が反応することで、化学物質が変化します。

新しい種類の化学物質が生成され、それを新しい材料として使う事で、さらに新しい結合や反応が生じる可能性があります。それがまた、新しい種類の化学物質を生みます。

この繰り返しによる積み重ねが、化学進化です。

■化学進化という生命の起源

一般的には無生物である化学物質が進化して生物が必要とするような複雑な化学物質が生成されることは、非常に特殊な出来事として捉えられていると思います。しかし、机上で考える限り、化学進化が進んでいけば、複雑な化学物質が生成されることは特別なことではないように思えます。

様々な化学物質が生成される環境を作って、外から化学変化に必要なエネルギーを与えることで、化学進化は着実に進んでいくように思えるためです。

しかし、実際には多くの場合、そうはなりません。私たちの身の回りの環境でも、生物がいない状態で生物が必要とする複雑な化学物質が自然に生成される様子は観察されてはいません。また、おそらく地球以外の近傍の惑星にも、そのような痕跡はなさそうです。

そこには、化学進化を阻むいくつかの要因があるためです。

■阻害要因へ焦点を向けることの重要性

逆に言えば、化学進化を阻む要因がなくなるか回避できれば、化学進化が順当に進行し、その先には生物が誕生するというシナリオが現実のものになるはずです。

つまり、無生物から生物が誕生するための化学進化の原理は既に明確であるということです。それは生命の起源の原理であり、生命の本質でもあります。

私たちがまだ生命の起源や生命の本質について理解できていないのは、無生物から生物が生まれる原理が不明だからではありません。

反対に、なぜ多くの環境で無生物から生物が生まれることができないのかが、明らかにできていないためです。つまり、化学進化が多くの環境で停滞する理由を明らかにすることが、生命の起源の謎を解くことに繋がります。

■化学進化の停滞:崩壊速度の超過

化学進化の停滞について考えていきます。

化学進化は、新しい化学物質が生成され、それを土台にしてさらに新しい化学物質が生成されることの繰り返しです。

この繰り返しが滞る事が、化学進化の停滞の1つのパターンです。これは、新しい化学物質が生成されるより、土台となる化学物質が崩壊する方が早い場合におきます。

漫画などで水の上を走る忍者の原理について次のように説明されています。右足が沈む前に左足を着水させ、左足が沈む前に右足を着水させれば、水の上を沈まずに走れるという説明です。

化学進化も同様です。土台となる化学物質が崩壊する前に、次の新しい化学物質が生成される事が繰り返されれば、進化し続けることができるはずです。

しかし、化学進化の進行で多くの原子や分子が結合された化学物質は、崩壊する確率が高くなっていきます。このため、通常の環境では、化学進化のどこかの段階で崩壊の速度が生成速度を上回り、進化が停滞します。

■化学進化の停滞:マンネリ化

化学物質が結合して、新しい化学物質が生成される事が、化学進化の要です。初めのうちは次々と新しい化学物質が生成されます。

しかし、新しい化学物質が数多く生成された後では、さらに新しい化学物質が生成される余地は少なくなっていきます。一度生成された化学物質は、2回目に生成された時には、既存の化学物質になっているためです。

新しい技術が登場すると、初めのうちは様々な新しい応用が考案されます。しかし時間が経つとほとんどの考えられる応用アイデアは出し尽くされてしまいます。そうなると、さらに新しいアイデアを見つけることは難しくなります。

化学進化でも同様に、新しい化学物質が生成される余地がなくなるマンネリ化により、多くの環境で進化が停滞することが考えられます。

■化学進化の停滞:資源の枯渇

新しい化学物質を形成するのに必要な資源が枯渇することも、停滞の1つのパターンとなります。

資源には原子や分子といった化学物質の材料と、エネルギーとがあります。

極端に言えば、例えば原子が10個しかない環境であれば、化学進化をさせようとしてもすぐに限界が来ることは明らかです。

また、どんなに原子や分子が豊富でも、それらを結合させるエネルギーが足りなければ、やはり進化は停滞します。

これは、十分な研究資金が供給されなければ、イノベーションを起こすような研究が停滞する現象に似ています。

■化学進化の継続:崩壊速度の超過の抑制

崩壊速度の超過、マンネリ化、資源の枯渇を防いだり回避できれば、化学進化は継続できることになります。

そして、まさにこの点に、地球の特徴と、生物の特徴が現れています。

まず、崩壊速度について考えると、できるだけ環境の変化は少なく、安定している方が望ましいことになります。地球は太陽の周囲をほぼ同じ距離を保って公転していますので、比較的環境変化が安定しています。

この安定した環境が、崩壊速度を緩やかにし、初期の化学進化の停滞を防いでいたと考えられます。

それでも、昼夜や季節の変化はあり、天候や地殻変動などの変化はあります。生物はこうした環境変化に対して、身体の状態を一定に保つ恒常性を持っています。

この恒常性は、崩壊速度をさらに緩やかにします。恐らく、はっきりとした生物が誕生する以前にも、恒常性のメカニズムは化学進化の中で生み出され、後期の化学進化の停滞を防いだと考えられます。

また、崩壊する前に新しい化学物質が生成されるためには、生成の速度が速くなることも重要です。元となる化学物質の量が増えれば、新しい化学物質が生成されるタイミングが早く訪れる可能性が高くなります。そのためには、元の物質が大量に生成されることが重要です。

ランダムに新しい化学物質が生成される場合でも、偶然同じ物質が生成される可能性はあります。特に、単純な構造の化学物質であれば、ランダムな合成でも自動的に同じ物質が生成される可能性は高いはずです。一方で、化学物質が複雑なものになれば、同じ物質の生成を偶然に頼るだけでは長い時間がかかるでしょう。

このため、同じ物質が生成させる確率を高める仕組みが必要です。生物は基本的には恒常性により同じような物質が体内に常に存在する状態に保ちます。また、後述するようにDNAやRNAは、同じタンパク質を繰り返し生成できる仕組みを持っています。このようにして、元の化学物質の数が環境中に増えることで、新しい化学物質が早く生成される可能性が高くなります。

■化学進化の継続:地球によるマンネリ化の抑制

マンネリ化を防ぐためには、様々な化学物質同士が出会う事が重要です。

地球に存在する水と、地球の地形、そして環境の変化が、マンネリ化を防ぐ大きな役割を果たします。

まず、液体の水があることで、様々な化学物質同士が出会う事ができます。固体だけであれば流動性がないため、化学物質同士が出会うチャンスはほとんどありません。気体は流動性はありますが、空間に占める物質の濃度は非常に薄いため、化学物質同士が出会う機会はやはり稀です。

液体の水は、中に化学物質を高い濃度で溶かしたり内包しつつ、流動性と拡散性により出会いを促進します。これが、マンネリ化を防ぐ大きな役割を担います。

しかし、それでも水の中は拡散性により物質が均質になる性質があるため、しばらくするとマンネリ化します。

地球には陸地があり、池や湖や海を分離していることと、その間を水と共に化学物質が入り交じる事ができます。川の流れだけでなく、水が蒸発し、雲になり、陸に移動して雨となって降る流れもあります。

この、水場の分離と水の循環に伴う化学物質の移動が、マンネリ化を防ぐための役割を担います。これは、巨大で複雑な科学実験の研究施設のようなものです。池や湖はフラスコやビーカーのようなものです。それらにランダムに様々な化学物質を入れ、その間をランダムにつなげ、化学物質を循環させていることになります。これにより、様々な化学物質が多様な濃度で配合され、新しい配分の溶液が無数に試されます。

また、昼と夜、天候、季節の変化も、マンネリ化を防ぐ効果を持ちます。こうした変化は化学物質の崩壊速度を上昇させる点では化学進化には望ましくありませんが、マンネリ化を防ぐ意味では化学進化の役に立ちます。

これらの地球の条件が、化学進化の初期から後期まで、マンネリ化を防ぐ装置として機能したと考えられます。

■化学進化の継続:タンパク質とDNA/RNAによるマンネリ化の抑制

また、生物の生体活動の要であるタンパク質とDNAやRNAは、マンネリ化を防ぐという観点で極めて大きな役目を担っています。

タンパク質は、基礎となる20種類のアミノ酸が鎖状に連結したものです。そして、このアミノ酸の並びが異なれば、異なる性質を持ちます。異なる性質を持つということは、並びが異なるものができれば、新しい化学物質ができたという事を意味します。そして、原理的には鎖状にどこまでも長くアミノ酸をつなげていくことができます。

これは、アミノ酸が連結する、というメカニズムさえあれば、事実上、ほぼ無限の新しい化学物質が生成できるという事を意味します。この性質は、マンネリ化を克服する上で極めて大きな意義があります。

また、DNAやRNAの仕組みは、非常に長いタンパク質を生成するメカニズムを提供します。それと同時に、DNAやRNAが複製と変異する性質を持っていることで、新しいタンパク質の生成にも大きく寄与します。この仕組みも、マンネリ化を防ぐ意味で極めて重要です。

タンパク質とDNAやRNAは、生物が誕生する以前の地球でも、後期の化学進化のマンネリ化を防ぐ役割を担っていたと考えられます。

■化学進化の継続:資源の十分な供給

地球の生物を形成している物質は、原子レベルではそれほど希少な物は含まれていません。かつ、大量に必要となる原子は水素(H、原子番号1)、炭素(C、原子番号6)、窒素(N、原子番号7)、酸素(O、原子番号8)の4つです。これらは原子番号も小さく、地球においても宇宙においてもありふれた大量に存在する物質です。

このため、ある程度の大きさの天体、つまり惑星であれば、枯渇することなく十分に供給することが可能な物質です。地球以外の惑星に生物がいるとすれば、他の物質が主要な物として使われる可能性もあります。少なくとも生物があまり希少な原子に頼らなくても誕生できたという事実は、必要な原子の枯渇が生命の進化の停滞の主要因ではないということを意味します。

問題はエネルギーの供給の方です。地球は地熱を蓄えており、火山や熱泉を通して地表にエネルギーを供給しています。かつ、地表は太陽からの熱と光のエネルギーを受けることができる環境になります。これらは、化学進化が進行して生物が誕生するために必要なエネルギー源として、十分な量であったということです。

恒星から遠く、地熱のエネルギーが表面に供給されない惑星であれば、エネルギーが枯渇して、化学進化が停滞することになるでしょう。

地熱エネルギーと太陽の熱と光のエネルギーは、初期から後期まで全般にわたって、化学進化を推進するために使われたと考えられます。

また、地球の地表全体で見れば十分なエネルギーを受けることができても、場所や時間によってエネルギーの供給が滞り、化学進化が停滞する場合もあります。そこで生命は、供給されたエネルギーを蓄えておき、エネルギー供給が途絶えても蓄えていたエネルギーを取り出して利用する仕組みを持っています。タンパク質もエネルギーを蓄積していますし、よりシンプルな糖や油脂の形でもエネルギーを蓄積します。

これらのエネルギーの蓄積と、必要な時にそこからエネルギーを取り出す仕組みもまた、生物が誕生する以前の化学進化の後期に、重要な仕組みとして存在していた可能性が高いと考えられます。

■化学進化の阻害についてのまとめ

化学進化という切り口で、生命の起源について検討しました。この記事では、化学進化をむしろ自然な原理として捉え、それを阻害する要因を明らかにしていくことで、生物に必要な化学物質が地球上で形成されることを説明するというアプローチを採用しました。

このアプローチにより、地球が化学進化が阻害されにくい環境であることを描き出すことができました。また、生物も、化学進化の阻害要因を防いだり回避する巧妙なメカニズムを持っていることも明らかに出来ました。恒常性による崩壊の抑止、タンパク質やDNA/RNAによる多様化とマンネリ化の防止、炭水化物や油脂による資源の貯蔵と利用といったメカニズムです。

さらに、生物のメカニズムを化学進化の阻害要因への対応策と捉える視点は、生命の起源に対する重要な洞察を提供します。それは、生物が持つ化学進化の阻害要因への対策メカニズムと類似のメカニズムは、生物誕生以前の無生物環境下でも発現して機能していたという可能性を示唆します。

これらのメカニズムを生命活動の維持のためのものと考える視点では、全てのメカニズムが細胞膜という1つのカプセルの中に高度に統合されていることに意味があるように思えます。しかし、これらを化学進化の阻害要因への対策という視点で見れば、細胞膜の中に納まっている必要はありませんし、高度に統合している必要もありません。個々のメカニズムは、それぞれ単独でも地球上の化学進化の阻害要因の除去に問題なく役立ちます。

もしも遠い将来、宇宙にある膨大な惑星を詳細に調査できるようになれば、細胞膜のようなカプセルに包まれないまま、こうしたメカニズムが働いて複雑な化学物質が恒常性や多様化やエネルギーの貯蔵と利用の仕組みを伴って、化学進化のみが続いている惑星を発見することがあるかもしれません。

■さいごに

この記事で取り上げたもの以外にも、化学進化の阻害要因の観点は存在する可能性があります。しかし、おそらく、そうした阻害要因に対しても、地球環境は対応できるようになっており、かつ、生物も対応するためのメカニズムを持っていると考えられるでしょう。この記事で取り上げた阻害要因に着目する考え方は、引き続き有効だと思います。

また、生物は、実際には単に複雑な化学物質が存在しているだけでは成立しません。先ほど挙げた細胞膜に包まれている事や、それらが高度に統合されて生命を維持できる様々なメカニズムとなって機能することが必要です。化学進化の原理だけでは、この部分までは説明しきる事はできません。

このため、化学進化以外に、膜のような構造が登場するための構造的な進化の観点や、化学物質同士が連携して現れるメカニズムの進化の観点、そして、それらが1つの細胞にまとまっていく統合性の進化の観点についても考えていくことが必要です。おそらく、それらの観点についても、この記事で提案した阻害要因を整理していくアプローチから、重要な洞察を得られると期待できます。

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