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自分を取り戻したい人にオススメのドラマ未解決の女 警視庁文書捜査官とは

評論:未解決の女 警視庁文書捜査官

 推理小説『警視庁 推理小説『警視庁文書捜査官』シリーズをドラマ化したのが《未解決の女 警視庁文書捜査官》である。本稿では『警視庁文書捜査官』を原作、《未解決の女 警視庁文書捜査官》を本作と表記する。麻見和史は第16回鮎川哲也賞を受賞し2006年にデビューしている作家だ。原作は2015年にKADOKAWAから出版されている。
 本作は2018年春にテレビ朝日で木曜21時から放映された。
 
1.新本格とドラマ化
2.ソフトだけど完全に百合
3.良質で佳品のエンタメ

 
1.新本格とドラマ化

 新本格推理小説を原作としたドラマ化が相次いでいる。映像化を待ちわびたファンも多いことだろう。
 原作は警察が主役として出てきながら、暗号を解読するという謎解きがメイン。しかし、誰が書いたか、暗号が誰に関係してるのか? というフーダニットに重点が置かれている。本作ではフーダニットよりホワイダニットに重点が置かれている。
 フーダニットとは誰が犯人かという推理小説の本流といえる形式である。対してホワイダニットはなぜ犯行に至ったか、動機の解明に推理の重点を置く作品を指す。
 原作では鳴海理沙警部が矢代朋彦と共にまわっているが、本作では私室に隠って一人で推理を重ねていることが多い。また聞き込みに出るのは草加さんと矢代朋の二人組である。
 
 原作の矢代朋彦はお遍路さんと呼ばれている。身長は170センチ前後。原作1巻では35歳。また鳴海理沙より年上の後輩だ。現場に100回行き試験を蔑ろにしていた矢代朋彦とは対照的に、試験を受けまくった鳴海理沙では階級の違いが出てしまう。
 鳴海理沙警部補は身長160センチ31歳、ショートボブに整った顔立ちで笑うとえくぼができ、性格的にはだらしないと描写されている。女性に対して早口になってしまったりうまく聞き取りができないところは本作と同じ。また”情報”に強い思いを抱いているのも確かだ。違う点は、甘味が好きでよく食べているところ。朝からドーナツを複数個食べるほどには。この描写が本作7話の「ドーナツバク!」へつながっているかと思うと微笑ましい。
 原作を読み進めていくと、本作で鳴海理沙を演じた鈴木京香さんの細かな演技に意味があるのだと気づけるので鈴木京香さんファンや未解決の女ファンに原作をオススメしたい。3作とも鳴海理沙は出てくるので。
 本作の鳴海理沙という人物を考える前に原作『永久囚人 警視庁文書捜査官』に出てくる、とある登場人物の描写を紹介したい。

 ーー50代と思われるほっそりとした女性(110p)
 ーー黒いワンピース、肩にショール(110p)
 ーー「(略)人が一生懸命調べたことを、みんなただで奪っていこうとします。あなた方もそうですよね?」(112p)
 ーー「(略)何の苦労もせず、結果だけを手に入れようとします。そういう態度が、私は大嫌いなの」(113p)
 ーー「(略)あなたたちはいつもそう。人にあれこれ命令して、迷惑をかけて、挙げ句の果てに謝りもせず、責任も取ろうとしない。(略)」(118p)


 本作の鳴海理沙を彷彿とさせるような描写と言動である。原作の鳴海理沙は29歳ないしは31歳で、同じ年頃の刑事と比べて文字や文章が絡まないと新米刑事のようと評価されている。
 特に『緋色のシグナル 警視庁文書捜査官エピソードゼロ』での言及が多い。

 ーー「場の空気が読めないタイプ」(39p)
 ーー女性には聞き込みできないくせに、こういう場面ではやけに張り切るようだ。捜査に熱心なのはいいが、この女刑事はときどき暴走しそうになるから困る。(84p)
 ーー図太さは見習うべき(102p)
 ーー「(略)あんた、どっちかというと自分ひとりで行動したいタイプだろう?」(204p)
 ーー「(略)文字フェチとかいう変人だ」(204p)


 どこか他人から嫌われやすい自覚はあり、しかもその理由に文字が好きだから、と雰囲気で察する。
 しかし、本作の鳴海理沙だけではなく矢代朋の人物像にも当てはまりそうだ。捜査に熱心だけどときどき暴走しそうになったり、見習うべき図太さがあったりするところが。
 
 原作の鳴海理沙に対して、矢代朋彦の描写は少ない。言動からわかりうる人物像もわかりにくい。これは、三人称の語り部として矢代朋彦が優秀な人物であるから。人物としての透明感がある。それこそが映像化のために必要な人物だ。例えば東川篤哉『謎解きはディナーのあとで』や麻耶雄嵩『貴族探偵』のドラマでは主観の入りにくい視点で入れ子構造のように映像を差し込んだ。誰が犯人か? フーダニットだけではない。なぜそうしたのか? なぜそうする必要があったのか? ホワイダニットを犯人の自白だけではなく、推理の観点からも視聴者が楽しめるようになってきたのは大きい。もちろん視聴者が新本格やライトノベルといった概念を変えた小説を読んでることも映像化に寄与しているだろう。原作『永久囚人 警視庁文書捜査官』も作中作のメタミステリだ。
 本作7話で古賀室長からお遍路力と認められたのが草加さんだ。原作の矢代朋彦=草加と考えられる。本作でも鳴海理沙より年上で、原作との年齢差がほぼ同じ。変わらない関係のまま年齢だけ上がっていったとき、年少者というのは異質な同居人である。
 鮎川哲也賞や鮎川哲也と13の謎を読んでいると「いい人しか出てこない」という評にあたりやすい。物語を引っかき回す探偵や謎の組織で暗躍しているエンジニアや狂った天才等が出てくる新本格に慣れていると、そうでない小説の登場人物への引っかかりが少なく目新しさや面白さに直結しない。一方で、いい人ばかりだから犯罪の恐ろしさや犯行のイヤらしさの描写に目が奪われる。警察小説である原作にピタリとハマる。
 
2.ソフトだけど完全に百合

 演劇や映像作品の特徴である説明をしないことが全面的に良かった。
「ソフトだけど完全に百合」は二十年前に発売された小説『マリア様がみてる』のあとがきに書かれていた一文で、作者は褒め言葉と受け取っている。あれから二十年が経ち視聴者の受け取り方も変化した。何をもってソフトだという判断基準が不明なため、ソフトだけど、とは言えないが褒め言葉として完全に百合である。
 理由として波瑠の演技の素晴らしさを上げる。《あさが来た》で見せた演技同様、その物語にキャラクターとして馴染んでいる透明感がある。とっかかりとして個性的な役者や自分の色を出すことに躍起になっている若い役者は多く感じるが、波瑠にそれを感じたことがない。それは視聴者との信頼関係、役者同士の信頼関係へと直結するだろう。物語の登場人物との間柄や信頼を寄せる表現に一切の迷いがない。視聴者は自分に重ね合わせ、一緒にドキドキして信頼を寄せていく。人間関係をアップデートしていく。一歩踏み出すことに躊躇がなく、自身の成長を、周囲の成長を信じてやまない。
 筆者は30代半ばだが、本作の矢代朋と鳴海理沙にこれまでの自分とこれからの自分を重ねて視聴していた。会議に出席すれば、正義感から発言しまくって会議を長引かせたり、自身の体調を省みずゾンビのような姿で出席してしまったり(これは今も変わらずだが)、そういう態度が人を遠ざけてしまったのだと今なら解る。内に閉じこもって会話をすることが嫌になってしまう。そんな時期もとうに過ごした。それでも自分より若い人が一生懸命に正義感を貫いて発言していく姿は勇気づけられるし、腕を取ってもらってでも一緒に行動できることは素直に嬉しいと感じるのだ。そうやって自分を取り戻していく。自分から行動する勇気を取り戻して、成長できる喜びを感じるのだ。
 信頼されるのは早く信頼するのは遅い鳴海理沙と、信頼するのは早く信頼されて当然だという態度の矢代朋の関係性は何と言えばいいのか。やはり「ソフトだけど完全に百合」と言ってしまいたくなる。
 原作に登場しない人物を見事に作り上げた波瑠の演技には拍手を送りたい。
 波瑠の演技に対して、風姿花伝の二十四、五

 ーー時分の花を誠の花だと知る心が、真実の花にはなほ遠ざかる心なり。(『風姿花伝』岩波文庫17p)

 筆者はどうしてもこれを思い出す。
 矢代朋を光とするなら、何にも染められない黒い衣装に身を包む鳴海理沙はたくさんの屈折を見せる透明な多面体を隠しているのかもしれない。屈折・分散・反射といった光が映し出されるたび、筆者は心躍らせるのだ。こんな演技が視られる作品が日本から生み出されたことに。
 
3.良質で佳品のエンタメ
 以上を持って、本作は良質で佳品のエンタメであるとオススメする。
 放送は終了しているが、本作DVDは9月28日発売。ぜひ一緒にこのドラマの魅力を語り合いましょう。そして続編を楽しみに待ちましょう。
 最後に好きな推理小説の一節を。
「どこにいるのかは問題ではありません。会いたいか、会いたくないか、それが距離を決めるのよ」(『すべてがFになる』279p)

参考資料
『警視庁文書捜査官』麻見和史
『緋色のシグナル 警視庁文書捜査官エピソードゼロ』麻見和史
『永久囚人 警視庁文書捜査官』麻見和史
『マリア様がみてる』今野緒雪
『風姿花伝』世阿弥 岩波文庫
『すべてがFになる』森博嗣

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