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ひさしぶりの楽しい「必死」英会話

 アメリカ東海岸からの帰国子女だからって、全然英語ペラペラなんかじゃない。7歳にもどってきたのだから、発音と簡単な聞き取り以外は現状維持すらできなかった。恥ずかしながら努力もしてこなかった。
 だから20代なかばでニュージャージーで暮らした時も、失敗談だらけ。
 それでもコミュニケートしたいから自分の知っているかんたんな語彙を駆使して、その単語に近づこうとがんばる。

 「知っているかんたんな単語を組み合わせて、言いたいことに近づいていく」必死すぎる夢を年に一回くらい見る。うなされながら目をさます。

 英語を話す経験からすっかり遠ざかって1年くらい経つ。それまでだって何年かに一回かの程度だから、あわててその場をしのいでいるだけ。

 今年、夫の札幌出張が決まって、二回目は夫のところにいるスリランカの学生さんが一人いっしょだ。
 今の感染症のため、来日してから約二年。日本の別の地域での学会に参加するのは初めてらしくてワクワクしていると聞いていた。
 実は彼とは映画を観に行ったこともある。MCU(マーベルシネマティックユニバース)が好きらしく、でも車がないと映画館に行けないこの辺り。やっぱり感染症のために当時は友人がなかなかできず、研究室で夫と話している時に「一緒に行く?」と夫が提案したそうだ。
 三人で観る「ブラックウィドウ」は面白かったし、帰る道すがらあーでもないこーでもないと考察して楽しんだ。もちろんかんたんな単語を必死で組み合わせる会話だ。
 息子と四人で食事したこともあって、だいぶ年下の息子に積極的に話しかけてくれる社交的な彼なのだ。

 今回は出発する空港まで彼を車に乗せて、到着した空港からホテルまでも連れて行く。

 ホテルに着いたら夫は、10分もしないうちにリモートでの会議が始まる。

 お昼どきで、彼も私も自由な時間。私は札幌で移動するのは慣れているけど、彼は地下鉄の乗り方も知らないのではないか。夫に言うと、「ああそうだね。案内したら喜ぶよ」と言われ、あわてて彼を追った。

(※ここから二人の会話は日本語で書きますが、「発音が良いのにつたない」アンバランスな英語をなんとなく想像してください)

 「どこ行くの?」と聞くと「うーん。決めてなくて」と言うので、「地下鉄の行き方はわかる?」と聞くと「わからない」と言う。
 「えっ。お昼はどうしようと思ってたの? 予定は?」と思わず聞いたのがすべての始まりだった。

 「決まってなくて。あなたは?」
 「えっ……決めてないけど」
 「じゃあ一緒に行動しませんか?」


 えっ。


 ……えっ。

 私、日本語でさえあまり喋らない方なのに、英語だともっと出てこないですが。しかも20も年下の男の子と何を話せばいいの。それに手軽に外国人も楽しめるような、自信持って紹介できるお店を知らない。
 でも彼は日本語もほとんどわからないのに初めての札幌だ。私以上に何もわからないだろうし、断るなんてできない。

 「おおいいよ!」
 なんだかゴキゲンで返してるけど気持ちが追いついてないぞ私。

 心配したけど、彼の方があれこれと話しかけてくれる。そう言えば社交的で明るい彼だったのだ。気を遣っている風にも見せない。彼の方が大人じゃないか。申し訳ない。
 私も札幌を案内したい。

 「札幌はもう20年くらい前に住んでいたからずいぶん変わってね~」
 「あの辺は買い物エリアで~そこからあそこまではビジネスエリアなのよ~」

 知りもしない札幌をつたない英語で必死で案内する。
 うなされて目がさめそうだ。

 そうやって歩いていくうち、ラーメン共和国なるものを遠くから見つけ。「あっそうだ。あんなところがあった。あそこなら観光客も楽しめるはずだ!」とすがるような思いで連れて行った。

 ラーメンに関しては、札幌は味噌ラーメンがおいしいよと教えたけど、塩ラーメンが好きだそうで。そっかー塩ラーメンね~美味しそうなのあるかしら~と探していると、「この店はどうお?」とパネルを見て聞いてきた。見ると函館ラーメンだ。「美味しそうだね。函館ラーメンて書いている」と言うと「函館? いや、札幌に来たんだから札幌のラーメンが良い」と主張する。

 こだわりがあるのかないのか。
 とりあえず札幌ラーメンだと書いてある店(ほぼそうなので、写真を見て彼の好みのところ)を選んだ。

 ラーメン共和国の中には8軒のラーメン店が入っていて、そこのエリア全体で日本の古い町並みを再現している。「昔の日本てこんな感じでね。看板とか置いてある物とか」と説明すると、それを楽しんでくれて連れてきて良かったと思えた。
 でも彼の何よりもの不思議は、ラーメンの中の味玉だった。彼はラーメンを頼むと入っている黒い卵はなんなんだといつも思っていたらしい。

 「卵を茹でて、しょうゆとかにつけこむ」

 この説明がなかなかできなかった。「つけこむ」ってなんて言うのん。
 「しょうゆを……かける?」とか「ちがうの? 煮る?」とか聞いてくるから、とうとうスマホで調べた。「soakかなあ」と伝えると「なるほどー!」と感激してくれた。なんて言えばいいのかよくわからないけど、まあ伝わったから良いのだ。

 スリランカ料理の味付けの話も盛り上がった。
 私は夫の学生さんのスリランカ料理を5年以上前だけど食べたことがある。卒業祝いでご両親が来日し、私たち家族に振舞ってくれたのだ。めっちゃ味を「ゆるめて」くださったらしく、お子様の味だと聞いた。

 それを思い出させる彼の発言に、「ラーメンの味に物足りなかったら日本のスパイスがあるよ」と目の前の一味唐辛子を見せたら「ウーン。日本のお店のそれって味がぼけてるよね~」と言って、ドバドバ麺にかけだしてびっくりした。

 おおう! ……赤い。

 さすが。

 彼はその後、学会会場に行く時間となった。

 滞在中、夫とスリランカ人の彼とで何度か一緒に食事をした。彼が日本酒好きなので、夕食は楽しんでくれていたと思う。

 息子が混じると、息子が「その単語」にたどりつけなくて「ああー――。えー――と。ああー――」と考えこむ時間があって、みんなで何分も気長に待った。

 英語は、単語そのものがどうしても必要な時があるけど、周りから簡単な単語で責めるのも言葉当てクイズみたいで良いよね。とか思っているのは私だけなのかな。それに苦しむ夢は見たくないけど。
 そんなで楽しい札幌滞在に、彼も一役かってくれたなあと振り返っている。




読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。