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その世界に入りこみ過ぎる

 右どなりには当時小学生だった息子、その向こうに夫がすわり、左どなりには若いカップルがすわった。
 聞こうとしなくても、若いカップルの会話が耳に入ってきてしまう。時々シンとする時間をもてあますように、お互い映画の好みだとかを話している。初々しくて良いもんだな。2人とも楽しめると良いな。

 その日。私たち家族は「シュガーラッシュ」を観にきていた。

***

 幼少期からアニメを観なかった息子。観てもせいぜい15分の番組で、連続でも観ない。親として見せないように! と気をつけていたわけではない。むしろ時には観て、少し長めの時間を私にくれないかと思っていた。
 とにかく幼い息子は、お父さんやお母さんと遊ぶ方が良いのだ。一人でも長時間は遊ばず、中でもアニメには興味を示さない。だからアニメ映画など長い時間すわって観るなんてできないだろうと思っていた。

 そうやって私はずいぶん映画館から遠ざかっていた。でも観たい映画あるなあ。長い間観ていないなあ。映画館も行きたいなあ。思いをつのらせてしまう。息子とそのうち映画の話だってしてみたい。
 映画が特に好きでもなかった夫も、時には観てみたいものがあると言う。

 息子が7歳のころ。小学生にもなったし、家族で映画の楽しみを分かち合ってみないかと夫と話し合った。まずは「カールじいさんの空飛ぶ家」を映画館で観てみよう。
 でもそれすらもじっと座ってくれるかどうかわからない。

 手始めに「くまのプーさん」を家のビデオで見せてみた。
 ちょっとドキドキするシーンで、息子は顔をこわばらせ、「こわい」と夫にしがみついてきた。

 うーんダメかもねえ。
 夫と相談し、息子がいやがったらスクリーンの前から去る覚悟で連れて行ってみた。

 で、大丈夫だった。
 息子の初めての映画館体験は、疲れたようだけど上々。

 映画を観終わった後、いっしょに観に行った人とあの場面、この場面についておしゃべりするところまでが私の楽しみ。息子ともその楽しみを分かち合いたいから、「どんな場面を覚えてる?」と聞くようにした。
 「カールじいさんの空飛ぶ家」では「少し泣いちゃった」場面を話してくれた。そっかそっか。心動いたんだね。

 そうやって映画体験を楽しんだ息子を、今度は「トイストーリー3」に連れていくことができた。
 「トイストーリー1」も「トイストーリー2」も家で観てからのぞんだ「3」。息子も楽しみにしてくれていた。
 暗くなる映画館の雰囲気も慣れ、大画面での没頭を楽しんでいた様子。

 でもちょっと気になったのは、入りこみ過ぎて、ストーリーでのちょっとしたすれ違いに「なんでああしちゃうの!」「こうしたら良いのにねえ!」とキーキー泣き笑い、ちっちゃなかんしゃくを何度も起こしている。子供がたくさんいてわりと賑やかだったのでまだ良かったけど、「そうだね」「ほんとだね」と言いながらなだめるのがちょっと大変だった。

 終わったら感想を言いつつ、やはり「疲れた」と話していた。
 そりゃあれだけ入りこんだら疲れるよ。私にもその傾向があるけど、息子はまだ幼いし加減がわからない。

 そして何番目かに観た映画が「シュガーラッシュ」。
 息子は10歳になっていた。

 真ん中に息子をはさんで夫と私が座るのが当時の常で、その日もそうやって座る。
 反対側の隣りには初々しいカップルがすわっていた。
 息子がまたかんしゃく起こさないと良いな。若い二人の邪魔になりませんように。と映画を観始めた。


 グッとくるシーンがあって、涙がこぼれそうになった時。

 グスグス。
 横から聞こえてくる。
 涙と鼻水が流れるのを手でぬぐっている息子が視界の端に入り、ハンカチを渡した。我に返った私の涙は引っこむ。

 しばらくしてまたグッとくるシーンが来て、涙がこぼれ落ちそうになる。

 グスグス。
 また息子に先を越された。そのうち嗚咽までもらしているではないか。
 「うっ。ううぅ」


 ……えええ……。

 もう映画が上の空だ。
 息子の背中を少しさすったら、私の膝に突っ伏して泣き出してしまった。
 あきらかにスクリーンから聞こえてくるものとはちがう声が聞こえてくる。
 「うあぁ……うぅ」
 一応周りを気にしてこらえようとしている息子の心情を思い、仕方ないからその背中をさすり続ける。

 なにこの状況。

 と思ったまま映画が終わった。

 そしてエンドロールも終わり、室内がパッと明るくなると、「ああおもしろかった」と息子がつぶやき、ポンとハンカチを投げ戻された。

 となりのカップルに申し訳なくて仕方なかった。きっと気になったよな。映画の内容にはちゃんと集中できたのだろうか。
 私は集中できなかったぞ。


 そしてその4年後くらい。
 「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー2」で私が泣きすぎて、私の左側に座った夫と、右側に座り中学生になった息子とにおおいに引かれるのだった。



読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。