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インターネットの勝手な広告

 インターネットの広告は、「勝手に」いろんなことをする。勝手にオススメしてくるし、勝手に見せてくるし、勝手に誘導して、勝手にこちらの好みを決めてくる。このような仕組みはいつしか、当たり前のようにどの広告でも標準装備されたストーカー的な手法によるものだ。常にこちらの(同アカウントでの)ネット上での活動を監視して、それを基準にカスタマイズしたものを提供してくる。
 それはユーザーの便利さのためだと言うが、実際にはその方が楽だからである。失敗のリスクが低く、間違いのないやり方だから、どこもこぞってやってくるのだ。

 インターネットが監視社会なのはまさにこういうところで、それが気に食わないとしても逃れるすべはほとんどない。なにせどのような活動も、ユーザーにその痕跡をなくす技術がなければ追跡されてしまうからだ。
 そしてその追跡は、今や正当な権利なのであり、悪いことではまったくない。なんの問題もない合法的行為に、歯止めがかかるはずはない。

 インターネットの広告は、本当に勝手にやってくる。ユーザーの行動を分析して、無慈悲に断定し、その結果を押し付ける。それはひとえに、私達が「見ていないもの」よりも「見たもの」を贔屓する癖があるからだ。
 どうあっても私達は何も知らないものを、知っているものよりも優先するはずがない。だから1度でも見たものは何か、インターネットではユーザーを監視する。そしてその情報を有利に使おうと、広告はいつも勝手に、その「好み」に応じて展開されるのだ。

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