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「介護相談」だけではなく、「介護者相談」が必要な理由

 このタイトルは、それほど介護に関して興味がなければ、何を言っているのか分からないと思いますし、知っている方であれば「介護相談」はご存知だと思うのですが、だからこそ「介護者相談」は聞いたことがないかもしれません。

「介護相談」は、今も毎日のように地域包括センターで行われていて、「介護相談員」の方が、その相談にのっているのだと思います。そして、そこでは、介護に関する話がされているはずです。

 だから、「介護相談」だけではなく、「介護者相談」が必要と言われても、何を伝えたいのか、よく分からないままなのだと思います。

 それは、おそらくは「介護者相談」がどういうものか、まだ常識になっていないのも事実なので、仕方がないのかもしれません。

 ですので、もう少し具体的に話を進めさせてもらいたいと思います。

 私は、介護者への心理的支援を専門とする臨床心理士/公認心理師越智誠(おちまこと)と申します。


「介護者相談」とは?

 東京都台東区で行われている、この「家族のための介護・こころの相談」は、「介護相談」というよりは、「介護者相談」だと思います。

 神奈川県横須賀市の「臨床心理士による高齢者・介護者のためのこころの相談」は、高齢者に対しての相談は、高齢者への心理相談だと言っていいと思いますが、「介護者のためのこころの相談」は、「介護者相談」に該当するはずです。


 地域包括支援センターなどで行われている「介護相談」は、介護サービスをどうやって利用するかが、おそらくメインのテーマになっているはずで、その意味はとても大きく、そのことで介護者の気持ちも支えられることも多いとは思うのですが、今回話題にしている「介護者相談」というのは、介護者の気持ちの部分に焦点を当てて、主に心理的な支援を行うというものです。

 つまり、家族介護者のこころに関しての相談であって、だから、その相談によって、具体的な何かが変わることはないとしても、とにかく、介護者の気持ちを支えることが目的になるはずです。

 そして、「介護者相談」は必要なことだと、自分自身が介護者であるときも、臨床心理士になってからも、公認心理師の資格を取得してからも、機会があれば、伝えようとしてきました。

「介護者相談」の必要性とは?

「介護者相談」の話を、これまで10年以上してきたのですが、少なくない方々から、「介護相談があるのに、どうして、そんな別の相談が必要なのか?気持ちの面であれば、認知症カフェや、家族会があるはず」といった反応が返ってきました。

 それも、最もな疑問だと思います。

 基本的には、包括支援センターで行われている「介護相談」は、どのように介護保険を使って、適切な介護サービスを受けられるか、といったための相談になっているはずです。
 もちろん、そうした中で、家族介護者も支援されていることになりますし、優れた「介護相談」の担当者であれば、介護者の心理面のサポートも行ってくれていると思います。

 ただ、あくまでも「介護のための相談」であって、「介護者のための相談」ではありません。ですから、例えば、さまざまな事情により、介護保険のサービスを使えない状態にある介護者に対しての相談は難しくなると思います。どうしても介護保険の利用を勧めたり、もしくは施設入所をすすめる選択肢に限られるのではないでしょうか。

 もちろん、そうした役割は重要で欠かせないのですが、介護サービスを使えない家族介護者の閉ざされたような思いや、これ以上、介護サービスの利用を増やせなかったり、つまりは、現在の介護環境をどうしても変えようがない絶望を抱える介護者の気持ちに対しての支援は、業務も多いでしょうし、難しいと思います。

 こうした場合には、介護者の心理的な面に焦点を当てた個別の「介護者相談」が必要だと考えられます。それも、臨床心理士など心理の専門家が継続的に関わる必要性があるのは、環境調整が難しくても、それでも介護を続けている方が多いと推測されるからです。

 そうした複雑な負担感を抱えながらも、何かを変えることが難しいのであれば、定期的に心理的な支援を専門家に受けることは、いつまで続くか分からない介護を続けていくために必要なことだと思います。

 私が介護に関わるようになって20年以上が経ちますが、この話をして、否定的な人に会ったことはありません。逆に、そうした相談窓口が少ないことを伝えると、意外だという反応が返ってくることも多いのですが、でも、この20年で「介護者相談」が目に見えて増えたことは一度も記憶にありません。

認知症カフェと家族会

 認知症カフェ家族会も、介護者を支える重要な機能を持っています。

 認知症カフェも、家族会も、それぞれの場所によって特徴が違っていますから、そうしたことが自分と合っていて、しかも近所に存在すれば、介護生活にとっても欠かせないものになると思います。

 こうした場所を運営されている方々には、想像もつかないような大変さがあるかと思いますが、その運営の継続をしていることは、社会的な意義も大きいのは間違いありません。

 ただ、気になるのは、こうした大事な場所が、多くは民間やボランティアの熱意や工夫や尽力に頼っている状況で、本来であれば高齢者や介護者の支援なので公的な事業として取り組んでもいいことではないか。
 という点と、あとは、本当に深刻な状況にある介護者にとっては、どちらも集団であることで利用しづらい場合があるのではないか。ということです。

 介護カフェや、家族会も重要ですが、それと同様に、個別で専門家の相談を受けられる「介護者相談」は、やはり必要だと考えています。

相談窓口

 ケアという点では共通点がある、子育てについては、相談窓口がかなりあります。もちろん当事者の方々にとっては、まだ足りない点も多いかと思うのですが、介護者向けの相談窓口に比べてしまうとかなり充実しているように思えてしまいます。

 その相談窓口によっては、心理の専門家である臨床心理士や公認心理師がいて、気持ちの面にも焦点を当てながら相談がされていると考えられます。

 高齢者虐待防止法にも、こうした項目があります。

第二章 養護者による高齢者虐待の防止、養護者に対する支援等
(相談、指導及び助言)
第六条 市町村は、養護者による高齢者虐待の防止及び養護者による高齢者虐待を受けた高齢者の保護のため、高齢者及び養護者に対して、相談、指導及び助言を行うものとする。

(「法令検索」より)

 高齢者虐待防止、があまりにも全面に出過ぎると、それは、介護者に対して「見守り」ではなく「監視」の視線になりやすく、不安はあります。
 ただ、こうして法律にも「相談、指導及び助言」が義務付けられているのですから、すぐにでも「介護者相談」を各市区町村に設置してほしいと願うのは不自然ではないと思います。

 介護が必要な高齢者と、介護をしている家族介護者では、時として、その利害が相反することもありますから、どちらも同じ専門家が扱うと、現時点ではどうしても高齢者寄りになってしまいそうです(それも正しいとは思うのですが)。

 ですので、介護者に向けた専門窓口としての「介護者相談」がなければ、介護者は心から安心して相談することも難しくなるのでは、とも予想できます。

 ですが、現時点でも、「介護者相談」の窓口は少ないのが現状です。

介護殺人

 家族介護者の気持ちのサポート、もしくはケアをするための介護者のための相談窓口である「介護者相談」を、各市区町村に設置するべきでは、と考えているのは、「介護殺人事件」や、「介護を苦にしての自殺」が、介護保険が始まってからの、この20年間でも減少傾向を示していないのも大きな理由の一つです。

 60歳以上の当事者が死亡し、介護疲れや将来への悲観などが原因とされる親族間での殺人や無理心中事件が2021年までの10年間で、全国で少なくとも計437件(死者443人)あったことが判明した。平均すると、8日に1件発生していることになる。日本福祉大の湯原悦子教授(司法福祉論)が、全国の報道機関が報じたものを集計した。当事者が死亡したケースを集計しており、未遂事件などを含めると頻度はさらに高くなるとみられる。

(「毎日新聞」より)

 この記事は2023年ですが、さらに7年前の2016年の記事には、このような文章↓があります。

 2007年から2014年までの8年間に「介護・看病疲れ」を動機として検挙された殺人は356件、自殺関与は15件、傷害致死は21件であった。

(「nippon.com」より)

 やたらと数字だけを挙げるのは、それほど意味もないし失礼なことになるのかと思いますが、8年で356件の事件。1年だと44件。やはり、約8日に一件になるので、この2つの記事を合わせても、2007年から2023年まで、介護殺人事件はほぼ8日に一件のペースで発生していることになります。しかも減少傾向が見えません。

 これは、とても深刻な事態だと思います。

 さらに遡れば、この著書によれば、1998年から2007年の間の統計では、10年間で350件。1998年の24件が最低で、2006年の49件がもっとも多く事件が起きていると書かれています。

 つまり、2000年からの介護保険の開始によって、介護殺人事件が減ったわけではありません。

 そして、この介護保険の運用をはさんだ10年間でも、約10日に一件のペースですので、最初にあげた記事から考えると、2000年代の半ば以降の方がやや介護殺人事件は増えており、とにかく減少傾向が見られない、ということになります。

 すごく大変なことで、少しでも早く対策がとられるべきだとも思いますが、もう少し詳細にみれば、介護が原因と見られる自殺者数も減少傾向が見られません。

自殺のうち年間200件ほどでは、原因・動機として「介護・看護疲れ」が推定されています

(「ケアスル介護」より)

 こうした統計を見ていると、(数字だけを考えすぎると、そこに実際に亡くなった人がいることを軽視することになりかねないので気をつけるべきですが)今行われている支援方法だけでは、こうした介護殺人や、介護自殺は減らすことは難しい、ということは言えそうです。

自殺対策

 年間自殺者が3万人を超えてから、自殺予防の対策にようやく力が入れられるようになった印象があります。

 平成10年以降、自殺者数が3万人を超え続けていたことを受けて、平成18年に「自殺対策基本法」が制定されました。また、平成28年には、都道府県、市町村に自殺対策計画を義務づけるなどとする改正が行われました。

(「厚生労働省」サイトより)

 法律が制定され、その対策が義務付けられ、さまざまな対応がされました。

 平成10年以降、14年連続して3万人を超える状態が続いていましたが、平成24年に15年ぶりに3万人を下回りました。また、平成22年以降は9年連続の減少となっており、平成30年は2万840人で昭和56年以来37年ぶりに2万1,000人を下回りました。しかしながら、依然として、2万人を超える方が自ら命を絶っており、深刻な状況が続いています。また、我が国の自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)は主要先進7カ国の中で最も高くなっています。

(「厚生労働省」サイトより)

 今だに、自殺死亡率は主要先進国の中でもっとも高いままですが、平成22年以降の9年連続の減少は、自殺基本法や、その改正が関係しているといえそうです。そして、コロナ禍以降、再びの増加傾向に対して、その対策をさらに強化する方針が公にされています。

この自殺総合対策大綱では、コロナ禍の自殺の動向も踏まえつつ、これまでの取り組みに加え、
・子ども・若者の自殺対策の更なる推進・強化
・女性に対する支援の強化
・地域自殺対策の取組強化
・新型コロナウイルス感染症拡大の影響を踏まえた対策の推進など

(「厚生労働省」サイトより)

 これだけ、真剣に腰を据えて国をあげて対策をしなければ、自殺者数は減らすことができないことを、こうした経過は伝えてくれてもいます。

「介護殺人・自殺」への対策

 先ほども引用させてもらいましたが、この記事にこうした記述があります。

自殺のうち年間200件ほどでは、原因・動機として「介護・看護疲れ」が推定されています

これらの自殺例でもたいてい「介護者と被介護者の関係」は良かったと言われます。そして介護者が「被介護者だけ残して自殺するのは忍びない」と考え、先に被介護者を死なせる事例も、年に数十例あります。このとき被介護者が同意していれば心中で、同意がない場合は無理心中ですが、どちらも日本語特有の表現です。(英語ならば“複数自殺”または“殺人と自殺”、介護者が死にきれなかった場合は“殺人”)

(「ケアスル介護」より)

 こうした「介護殺人・介護自殺」を減少させようとするならば、今までの支援だけでは足りないことは、この20年、介護殺人の件数が、約8日に一件という高い数値のままで変わらない、という事実が示しているように思います。

 本当に「介護殺人・介護自殺」を減らすのであれば、自殺対策で支援を強化したように、国を挙げての政策的なレベルでの変化が必要だと思われます。

 家族介護者をめぐる環境は、現在も厳しいままだからです。

 介護が必要と認定を受けた場合、担当のケアマネージャーが付いて介護サービスを利用できるように調整を行います。介護の必要性が低い場合は、地域包括支援センターなどが相談窓口となります。しかし、いずれも「介護が必要な人」の対応が優先。自治体も「介護をする人」への支援の必要性を認めていますが、具体的に支援を行っているのはごくわずかです。

 市役所の地域福祉課の担当者は「日本は法的に家族者支援をする場所が少ない。家族の方に対する相談が不十分」と話します。介護をする家族への個別支援を行うのは厳しい状況でした。

(「テレビ愛知」より)

 包括支援センターの「介護相談」、さらには認知症カフェ家族会も大事な支援なのは間違いありません。ですが、それだけではなく、家族介護者への個別支援である「介護者相談」のような窓口も、さらに必要であるのは、明らかであると思います。

「介護者相談」の必要性

 家族介護者への支援が必要

 この言葉は、20年以上前から、ずっと聞いてきました。

 私自身が、家族介護者だった時(1999~2018)も、自分自身が支援をしようと考え介護も続けながら臨床心理士になり、介護者への個別の心理的支援である「介護者相談」を始めることができてから(2014~)も、さまざまな関係者にお会いしてきましたが、この「家族介護者へも支援が必要」ということを否定する人には一人も会ったことがありません。

 それでも、今も「介護者相談」は増えないままです。

 私自身は、幸いにも、この「介護者相談」に関わって、11年目を迎えることができました(都内ではありませんが)。それは、その役所の方々のご理解と尽力のおかげです。それでも「介護者相談」を始めた10年前は、近くの他の地区にも増えていくと思っていたのですが、10年経って、減ったことはあっても、増えたと聞いた記憶はありません。

 仕事として「介護者相談」をしていて、それで直接、介護殺人や介護自殺を防いでいるかどうかは分かりませんが、(この相談窓口がなくなった場合、そのことが明らかになるかもしれませんが)今も必要としてくださっている家族介護者の方々はいらっしゃいますし、「介護者相談」がない地域であっても、潜在的なニーズの高さを感じています。

(この「介護者相談」の際に重要な点は、介護は終わらないので、必要であれば、継続して相談を受けられるシステムにすることだと考えています)。

 しかし、東京都内であっても、冒頭に紹介した台東区以外では、かなり先駆的に取り組んできたと思われる北区や、さらには世田谷区、町田市、千代田区などには「介護者相談」があると聞いたことがあるのですが、それ以外に相談窓口が増えたという話はあまり聞いたことがないので、都内の23区でも半分も設置されていないはずです(私の無知のため、知らなかったら申し訳ないです。よろしかったら、ご存知の方は教えていただければ、幸いです)。

世田谷区 「家族のためのこころが楽になる相談」
https://www.city.setagaya.lg.jp/mokuji/fukushi/006/002/001/d00141284_d/fil/shinrisoudan202403.pdf

 
 ずっと、家族介護者の支援が必要と言われ、介護殺人・介護自殺の件数が減らないのであれば、少なくとも現在行われていない、もしくはあまりされていない支援の強化はすぐにでも必要だと思われます。

 まずは、介護者用の相談窓口である「介護者相談」を、全国の市区町村に設置すべきだと思います。

 具体的な介護の相談は、地域包括センターの「介護相談」を利用し、毎日の介護の終わらなさや、何かを変えることもできない現状への辛さに対しては、その心理的支援を行える「介護者相談」を利用する。

 そういう体制を作れないでしょうか。

 今後、施設から地域へ、という介護の流れが止まらないとすれば、家族介護者の負担は増えるとしても減ることはないでしょうから、少なくとも介護者を支える支援を強化する必要はあるはずです。

「介護者相談」が、全国の市区町村での設置が義務付けられたとして、すぐに「介護殺人」や「介護自殺」が減少するかどうかは分かりません。ただ、少なくとも、全国的には、今はほとんどされていない支援の方法である「介護者相談」を増やすことが、介護者の心理的な負担を少しでも減らすことに貢献できるのは間違いないと信じています。

お願いしたいこと

 もし、行政関係者の方で、この記事を読んで、少しでも「介護者相談」に興味が湧きましたら、ご連絡をください。コメント欄でも大丈夫です。

 少しでも力になれるかもしれません。場合によっては、私自身が仕事として引き受けることもできるかと考えています。


 また、介護関係者で、行政でなくても、民間でも「介護者相談」の窓口を開きたいと考えていらっしゃる方も、ご連絡いただけませんか。

 さらに、家族の介護をされていて、ここで述べていたような、気持ちのサポートをする「介護者相談」が必要だと思われた家族介護者の方は、大変な毎日でご負担を増やして申し訳ないのですが、今回、例にあげたようなさまざまな地域の「介護者相談」の例を出し、地元の行政(市区町村)に、働きかけてくださることは可能でしょうか。

 さまざまな方々に無茶な要望やお願いをしている自覚はあるのですが、介護者になってからは20年以上、支援の専門家の心理士(師)になってから10年、こうしたことをいろいろな機会に訴えてきたつもりですが、あまりにも現状は変わらないので、何度も繰り返し伝える必要性があると思い、今回もこうして記事にすることにしました。

 読んでいただき、ありがとうございました。
 少しでも考えていただけたら、幸いです。






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