短編小説 『万歳ラジオ』
深夜零時、 その番組は唐突に始まった。
この番組は、チャンネルをAM1059kHzに合わせただけでは聴くことができない。運が左右するといわれている。
なぜならこの番組はこの地上で放送されているものではなく、あの世からの放送だというのだ。
つまり死者が話しているラジオ番組ということになる。おまけにこれは全国放送ではなく、地元の、しかも狭い地域での放送に限られるという。
私は、都市伝説のように度々噂に上るこのラジオ番組が聴きたくて、聴きたくて、何か月もの間、毎日、深夜零時になると、チャンネルを合わせて、この番組が始まるのをひたすら待ち続けていたのだった。
どこかで聞いたことがあるような、明るく賑やかなジングルが流れ、そして、番組の名前も、出演者の紹介もなにもないまま、その番組は始まった。
それはまるで世間話のようだ。
*
「あーっ、じゅんね。懐かしかひとに会えるけん、といわれてここまで来たばってん、なんかね......まさか、じゅんやったとは......」
「おっ! ぬしか......。久しぶりばいね。元気にしとったと?」
「うん、おるは元気、元気。じゅんな元気にしとったと? ばってん、相変わらずハゲとるんやなあ」
「なんばいっとっと? 久しぶりに会うたのに、最初んことばがそれな? ぬしゃ相変わらず嫌味んごつフサフサやなあ」
どうやら出演者はお互いに顔見知りのふたりのおじさんたちのようだ。
おまえのことを、〈じゅん〉と呼ぶおじさんは、〈ぬし〉と呼ぶおじさんより、声色から判断するとかなり若く感じる。
ふたりの話すことばは、ぼくの地元のかなり特徴のある方言だった。
「んーっ! おハゲさまで! いまだにモテ過ぎて困っとるばい」
「またハゲっていうたね。ほんなこつこん男ん自慢ぐせには困ったもんばい」
「なんか、こん部屋寒うなか? 背中がスースーするとばってん」
「入り口ん扉がすこし開いとるばい。開けたら閉むる。ぬしゃ、あとぜきばちゃんとせんばいかんよ。あそこから世知辛か下界ん風が吹き込んどるたい」
最近すこし髪が薄くなってきた私は、このふたりのハゲいじりネタに、すこしムカついてきた。
「ほんなこつ久しぶりやなあ。じゅんな元気にしとったと?」
「ああ、元気は元気ばってん。なんか、こっちに来たら若返ってから、楽しかことばっかり待っとると期待しとったばってん、そうでもなかばいなぁ。年齢もこっちに来たときんままだけん。永遠の二十歳じゃなくて、永遠の七十歳ばい。ばってん、病気もせんし、ほんなこつからだが空気んごつ軽かね」
この番組はやっぱり噂のとおり、あの世からの放送に間違いないみたいだ。
「おどんたちはもうすでに死んどるけん、からだが軽かとはあたりまえやろうが」
「そういや、ぬしゃ三十代でこっちに来たんやったばいな」
「ああ、そぎゃんたい。美男子薄命っていうやつばい」
「なんなそら? 美人薄命は聞いたことがあるばってん、そぎゃんとは聞いたことがなかばい」
「......ほんなこつは才子多病っていうやつばい。おるの場合は全くそんとおりやったとばい。病気で早うに死んで、両親より先にこっちに来たけんな」
「じぶんは、モテモテんぬしが、どぎゃん女性と結婚すっとか、興味津々やったばってん。結局、ぬしゃ最後まで独りモンやったばいね」
「......まあな」
「ぬしとは幼稚園からん付き合いばいね。なんの因果かわからんばってん、小学校、中学校、高校と、全部同じクラスやったやろ? 普通、そぎゃんこつはありえんよな。きっと神様ん悪戯に違いなかて思うとったばい。ねまれ縁っていうたっちゃ、限度があるけん。おまけに好きんなる子はいつも同じで、結局ぬしがそん子から告白されて手をつける。じぶんは刺身んつまか? 思い出したら腹ん立ってきた。ちょっと首ば締めさせてくれ。殺してやるけん」
「やめんね、じゅんな! 首ば締められたっちゃ、苦しゅうもなんともなかけん。どっちにしたっちゃ、おどんたちはもう死んどるとやけん」
「ばってん、一度でよかけん。それでじぶんの気がすむけん」
「首ば締めたかとはこっちばい。おるがほんなこつ好いとった艶子しゃんば嫁にもろうたんな、誰な? じゅんやろうが? 高校んときのマドンナの艶子しゃんば」
「いやーっ、悪かことばしたね。ばってん、艶子はプレイボーイのぬしばほんなこつ嫌うとったけんね。艶子だけばい、あん頃ん、あぎゃん武者ん良かったぬしに靡かんかったんは」
「それで、子どもば三人もつくってたい」
「そうやなぁ......一姫二太郎ば授かったけんね」
「一姫二太郎?......」
私は、一姫二太郎の末っ子だ。
「いま、『一姫二太郎』って、どけからか声がせんだった?」
「気のせいじゃなかと?」
「うんにゃ、おるは確かに聞いたけん。じゅんな耄碌してこっちに来た永遠の七十歳やろうが」
「ぬしゃ、せからしかね。ばってん、じぶんは、死ぬるまで耳はよう聞こえとったばい。息子ん嫁しゃんに『お父しゃんって地獄耳やけん』って陰口ば叩かれとったけん。じぶんは、『そら姑に言うセリフじゃなかと』と心んなかで苦笑いしとったばい。そぎゃんこつはどぎゃんでんよかとばってん。いきなり団子ば食べとうなった。食べとうなか? あん、からいもと小豆こしあんの夢んハーモニー」
「おるも思い出したら食べとうなった、いきなり団子。うまかお茶といっしょに食べたかね......」
私は夜食のおやつに用意していた、私の大好物の、目のまえにあるいきなり団子二個と、急須と湯呑みに入ったお茶に目をやると、『もし、よろしかったらどうぞ』と心のなかでつぶやいていた。
「あーっ、ひったまがった。見てん、いきなり団子とお茶ばい。願うたことがすぐに叶うなんち、魔法んランプん精霊か誰かが、どけかおらすとじゃろうか」
私の目のまえから、さっきまであったはずのものがその姿を消していた。
「どちらさまか存じ上げまっせんが、ありがとうございます。いただきます」
「あーっ......うまかね。何十年ぶりやろうか? ほんなこつうまかね。お茶もうまか。天国やなあ。間違いなか、おどんたちはいま天国におるたい」
まあ、このふたりがあの世、つまり天国にいるのは間違いのないことだろう。
「ぬしゃ、なんばしよっとか? 急須から直接口にお茶ば注ぐなんてみっともなかことばして」
「ばってん、しょうがなかやろが。じゅんが先に湯呑みに口をつけたけん。おるはじゅんと間接キッスなんかしたくなかけんね」
「ぬしゃ、反対側のこっちから飲めばよかったやろが、そぎゃんこつせんでも」
「うんにゃ、嫌ばい。じゅんの口んなかのバイ菌が移りそうで、気持ちん悪か」
「ぬしゃ、ほんなこつせからしかね」
「そぎゃんいえば、いきなり団子で思い出したばってん。じゅんの息子ん次男坊、名前はなんて言うたっけ」
「寿典ばい」
「そうそう、寿典くん。あん子はいきなり団子ばたいぎゃ好いとったね。おるが土産に持って行ったいきなり団子、気づかん間にひとりで全部食べてしもうとったね」
「そう、そぎゃんこつもあったね。すまんかったねあんときは、寿典が失礼なこつばして。寿典はほんなこつ好いとったばい、こん......いきなり団子ば」
『親父?......』
このおじさんの声は十年ほどまえに病気で他界した、私の父親の声にそっくりだった。しかも、寿典は私の名前だ。
噂によると、この番組を聴いたことのあるひとのなかには、亡くなった肉親と直接話ができたひともいるという。
それで私は、亡くなった親父ともう一度話をしたくて、この番組を聴いてみたかったのだ。
「じゅんの子供しゃんたちは元気で暮らしとらすと?」
「こんまえちょっと下ん様子ば見てみたったい。あん子はからだば壊して、仕事ばやめたばかりやった。たいぎゃ落ち込んどったごたるけん、すこしばかり心配ばしとるったい」
「そうなんや。下界はほんなこつ世知辛かけん、そら心配やろうね」
「ばってん、じぶんには直接なんもしてやれんし、声ばかけてやることもでけん。がまだせっ、て祈るしかなかとばい」
「おるはそれでよかて思うばい。たまにでんよかけん、思い出したときに、がまだせっ、て祈ってやればよかて思うばい。どっちにしたっちゃ、親ちゅうもんな、子どもば見守ることしかでけんけんな。過保護ちゅうやつは、子どもんためにはならんて、おるは思うばい」
「ぬしゃ、ほんなこつ優しかな。ぬしがモテたんな、そぎゃんところばいね、きっと。女ん子にはぬしゃ誠意んかけらもなかったばってんな。まあ、ようもあぎゃん、つっからつぎ、女ん子ば取っ替え引っ替え手をつけたもんばい。じぶんは、ぬしゃきっといつか女ん子に刺されて死ぬるとじゃろうて、思うとったばい」
「まあ、『来るモン拒まず、去るモン追わず』やったけんな」
「ばってん、ぬしが早うに死んだんな、そぎゃん女ん子たちん、恨みつらみのせいかもしれんばってんな」
この声は、この話し方は、間違いなく私の父親のものだった。
「おっおっおっ、おっおっおっ、親父っ!」
「?......なんかいまオットセイが鳴いたような気がしたばってん。じゅんな今度は聞こえたやろが?」
「.......! こん声は寿典たい。どけおる、寿典?」
「親父、こけおるばい。おるはラジオんまえで親父たちん会話ばずっと聴いとったけん」
「そぎゃんね。こっが噂に聞いとった下界に通ずるラジオ番組やったんやなぁ」
「じゅんな今ごろ気づいたと? 遅かばい。おるなんて、こけ入ってきたときに気づいとったばい」
「ぬしゃ、あとぜきばちゃんとせんかったばってんな」
「せからしかね!」
「寿典か? ほんなこつ久しぶりやなあ。たまーにおまえんこつは見とったけん。最近辛かことばっかりあったんは知っとるばい。いまは、どうね? 大丈夫ね?」
「親父、そぎゃんこつより、言おごたること、聞こごたることが山んごついっぱいあるとばってん」
「なんね? 寿典」
「親父......親父ん最期に間に合わんですみまっせんでした」
「なんね、そぎゃんこつね。なんも気にしとらんばい、そぎゃんこつは」
「それと、ほんなこつ迷惑かけっぱなしで、親孝行らしいことも、恩返しも十分できんで、すみまっせんでした」
「なんばいっとっと。恩ば返してもらうために我が子ば育つる親がどけおっとか? ただ、むぞらしか、愛おしか、それだけばい。こぎゃんこつば口にするんな、ちょっと恥ずかしかばってん」
「親父......」
「うわーん、うわーん、ひっく......。なんちゅうよか話やろう......」
親父の幼馴染は、しゃくり上げているようだった。
「親父、でくればそっちんこつば教えてもらえんやろうか? どぎゃんところ? 楽しかところね?」
もし、私が天国へ行けるとすれば、私もいつかは行くことになるところだ、それは興味がある。
なんでもいいから知りたかった。
「寿典、悪かばってん、そら教えたらいかんて、ガラスん向こう側んひとが、ヘッドホンで怒鳴りよらす」
どうやら親父たちの他に、番組を管理、進行している誰かが近くにいるみたいだ。
「なんやって、あと一分で終わりやって?......」
また誰からか指示があったんだろう。
親父は声を荒らげた。
「寿典、自分の人生ば思うごつ、十分味わうったいぞ。泣いたっちゃ、笑うたっちゃ、人生っちゅうやつは楽しんだモン勝ちだけん。それと、これだけは忘れんでほしか。他人にはいつも優しゅうせにゃいかんばい。ならね......バイバイばいね」
「親父、そっちで元気にしとってね」
「おまえも元気にしとってな、寿典......」
*
私はラジオのザーザー音で目が覚めた。
いつの間にか眠っていたらしい。
テーブルの上の時計を見ると、零時を十五分ほど過ぎていた。
傍らには、空になったいきなり団子がのっていた皿と、お茶が入っていた湯呑みと急須が残されていた。
私はこの夜のことを死ぬまで忘れないだろう。
もう一度親父の声が聞きたい、親父と話がしたいと願っていたことが、叶った奇跡の夜だった。
たとえそれが夢のなかでのことだったとしても、私のなかでは現実のことのように生々しく感じられた。
たぶん、親父のみならず、おふくろ、そして、若くして亡くなった兄貴も、今でも、私のことを見守ってくれているに違いない。
そう思うと、親父たちに恥ずかしくない生き方をしなくては、と今さらながら思うのだ。
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最後までお読みいただきありがとうございます。
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