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モッコウバラの思い出とおいしい花芽

※まえがき ヘッダーのつぼみはたぶんシャクヤクです


ほんのちょっと前まで小さくひそひそ声で喋っていた若葉が、いつのまにかぐんぐんと大きくなって笑い声をあげている。そんな季節になると、昔実家の庭に植えられていたモッコウバラを思い出す。

それはいつだか母が友人から貰ってきたもので、冷夏にも大雪にも耐えてぐんぐんと蔓を伸ばした。そして毎年初夏になるとカスタードクリーム色の花が一斉に咲き出して、壁一面を次々と縁どっていった。
私はそんなモッコウバラの花が大好きで、学校から帰った後も真っ先にモッコウバラの様子を見に行っていた。その年初めての1輪が咲いてからは、毎日のように香ばしい風と香ばしい色をした犬と一緒に眺めていた。
当時はティーンエイジャー。進学やクラス替え、新しい友だち、新しい先輩と後輩。何かと悩む時期ではあったが、甘く優しい花の色に包まれているときはおだやかな気持ちになれた。

そんな我が家のモッコウバラだが、花が咲く前―若葉や花芽が萌え出した途端、待ってましたと言わんばかりにどこからともなく毛虫が付いた。モッコウバラはバ比較的病害虫に強い種類のバラだと聞いていたが、小さな花芽はしばしば無残に食い散らかされた。
毛虫(あいつ)ら…駆逐してやる!このモッコウバラから…一匹…残らず!
母は毛虫を見つけては、奴らを割りばしでパチンパチンと弾いていった。私は毛虫を憎いと思いながらも、虫が苦手で戦力にならなかったため遠巻きに母を応援していた。
毛虫を追い払ったあとにそおっとモッコウバラを見てみると、ぷるんとした花芽に小さな歯型がいくつもついていた。
薄緑色で柔らかな、春のごちそう。そりゃあ毛虫も齧りたくなるよね。だけどこのモッコウバラは我が家の大切な花なんだよ。ごめん。私は毛虫たちにそっと謝った。


あれから10年以上の間に、我が家のモッコウバラは別の人の手に渡った。
それでも、今でも私はモッコウバラの花が大好きだ。道端の民家で目いっぱいに蔓を伸ばし、小ぶりな薄黄色の花が鞠のようにコロコロと風に揺れる様を見かけると、つい足を止めてしまう。花が咲く時期はあのときより少しばかり早いけど、ここでも薫り高い風に吹かれる花はきれいだ。

そしてモッコウバラが咲く時期(正確には咲く幾分か前からだが)は花芽がおいしい。菜の花を筆頭に、スティックセニョール、蕾菜、そのほか菜っ葉系の花芽。春キャベツだってパコンと切ってみると蕾がついていたりする。そういえば1回しか見かけたことがないが、ルッコラに白く小さな花がちょんとついていた時にはいたく感動した。
この間は近所のスーパーで「にんにくの芽」を買ってみた。

膨らんだ部分は花芽

花芽の部分を縦に切ると、ネギ坊主のこどもみたいなものが出てくる。茎は思いのほか固いので、じっくり火を通してやらないといけない。
豚肉と一緒に中華炒めにしたり、鶏手羽元と一緒にスープに仕立てたところとてもおいしかった。ニラほど香りは強くないけど、噛めばほんのりとにんにくの風味が広がる。十分に火を通した茎はほっくりと甘い。

にんにくの芽も、5月半ばを過ぎたころから途端に見かけなくなった。それと入れ替わってか、最近は新にんにくの走りを見かけることが多い。
ブロッコリーのような例外もあるけど、たいてい花芽系の野菜は短い季節限定だ。柔らかでぎゅっと生命力あふれる、春のごちそう。あのときの毛虫になったかのように、逃してしまわないようついつい口へ運んでしまう。

まばたきすれば梅雨が、もうひとまばたきすれば夏がやってくる。
初夏もあっという間に去ってしまうだろう。それまでにまだまだおいしい花芽は見つけられるだろうか。
モッコウバラが咲いている間は探してみようかな。



花芽系の野菜には高確率で芋虫がいるのである意味博打です 芳田