【朗読】『桜の森の満開の下』坂口安吾【其の二】

この投稿は青空文庫の『桜の森の満開の下』を朗読して作成しております。

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▼【朗読】『桜の森の満開の下』坂口安吾シリーズ▼
【其の一】(4/4 18:00公開)https://youtu.be/oNJnr1ArtNs

▼あらすじ(Wikipediaから引用)▼
昔、鈴鹿峠に山賊が棲み着いた。通りかかった旅人を身ぐるみ剥がし、連れの女は気に入れば自分の女房にしていた。山賊はこの山のすべて、この谷のすべては自分の物と思っていたが、桜の森だけは恐ろしいと思っていた。桜が満開のときに下を通れば、ゴーゴーと音が鳴り、気が狂ってしまうのだと信じていた。
ある春の日、山賊は都からの旅人を襲って殺し、連れの美女を女房にした。亭主を殺された女は、山賊を怖れもせずにあれこれ指図をする。女は山賊に、家に住まわせていた七人の女房を次々に殺させた。ただ足の不自由なビッコの女房だけは女中代わりとして残した。わがままな女はやがて都を恋しがり、山賊は女とともに山を出て都に移った。
都で女がしたことは、山賊が狩ってくる生首をならべて遊ぶ「首遊び」であった。その目をえぐったりする残酷な女は次々と新しい首を持ってくるように命じるが、さすがの山賊もキリがない行為に嫌気がさした。山賊は都暮らしにも馴染めず、山に帰ると決めた。女も執着していた首をあきらめ、山賊と一緒に戻ることにした。出発のとき、女はビッコの女に向って、じき帰ってくるから待っておいで、とひそかに言い残した。
山賊は女を背負って山に戻ると、桜の森は満開であった。山賊は山に戻ったことがうれしく、忌避していた桜の森を通ることを躊躇しなかった。風の吹く中、桜の下をゆく山賊が振り返ると、女は醜い鬼に変化していた。全身が紫色の顔の大きな老婆の鬼は山賊の首を絞めてきた。山賊は必死で鬼を振り払い、鬼の首を締め上げた。
我にかえると、元の通りの女が桜の花びらにまみれて死んでいた。山賊は桜吹雪の中、声を上げて泣いた。山賊が死んだ女に触れようとするが、女はいつのまにか、ただの花びらだけになっていた。そして花びらを掻き分けようとする山賊自身の手も身体も、延した時にはもはや消えていた。あとに花びらと、冷めたい虚空がはりつめているばかりだった。

▼著者略歴(Wikipediaから引用)▼
坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年〈明治39年〉10月20日 - 1955年〈昭和30年〉2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。
昭和の、第二次世界大戦前から戦後にかけて活躍した、近現代日本文学を代表する小説家の一人である。純文学のみならず、歴史小説や推理小説、文芸や時代風俗から古代史まで広範に材を採る随筆、囲碁・将棋におけるタイトル戦の観戦記など多彩な活動を通し、無頼派・新戯作派と呼ばれる地歩を築いた。
新潟県新潟市出身。東洋大学印度哲学倫理学科(現・文学部 東洋思想文化学科)卒業。アテネ・フランセでフランス語習得。
戦前はファルス的ナンセンス作品『風博士』で文壇に注目され、一時低迷した後、終戦直後に発表した『堕落論』『白痴』により時代の寵児となり、太宰治、織田作之助、石川淳らと共に、無頼派・新戯作派と呼ばれ地歩を築いた[1][2]。
文学においての新人賞である芥川龍之介賞の選考委員を第21回から第31回の間務め、松本清張や辻亮一、五味康祐などの作家を推した。歴史小説では黒田如水を主人公とした『二流の人』、推理小説では『不連続殺人事件』が注目された[1][3]。
坂口安吾は純文学だけではなく、歴史小説や推理小説、文芸、時代風俗から古代まで広範な歴史における題材を扱った随筆や、フランス文学の翻訳出版、囲碁・将棋におけるタイトル戦の観戦記など、多彩な活動をした。一方で気まぐれに途中で放棄された未完、未発表の作品も多く、小説家としての観点からはけっして「器用な」小説家とはいえないが[1]、その作風には独特の不思議な魅力があり、狂気じみた爆発的性格と風が吹き通っている「がらんどう」のような風格の稀有な作家だといわれている[1][4][5]。
晩年に生まれた一人息子の坂口綱男は写真家である[6]。
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