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New York Timesがアメリカ大統領選挙で「封印」した地図表現

11月3日に行われたアメリカの大統領選挙では、メディア各社が様々な地図によるビジュアル表現を公開しました。

地図によるデータ表現は、数あるデータ可視化(データビジュアライゼーション)の中でも最も種類が多く、かつ実用の機会が多いと言ってよいでしょう。古くは1854年にイギリスの医師ジョン・スノウがコレラの発症例を地図に表現して、原因が細菌に汚染された水であることを突き止めたように、地図表現は地域的な傾向や地理的要因を見る上で極めて有益な表現です。

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アメリカでは、世界の中でも比較的早くからデータ可視化に取り組んできた報道機関が多く、大統領選挙でも前回2016年の時からすでに現代的な地図表現を公開していた事例があります。大統領選挙のシステム自体は2016年も2020年もまったく同じですから、別の見方をすれば「この4年間で報道におけるインタラクティブな地図表現がどう進歩してきたか」を見る絶好の機会でもあります。

ひとつの事例がNew York Times(ニューヨーク・タイムズ)です。2016年も2020年も、同社はインタラクティブな地図を特設ウェブサイトに公開して、記者からの情報をもとにリアルタイムで選挙戦の行く末をアップデートしていました。

その可視化方法は4年前と基本的には変わっていませんが、要所要所で進化を遂げており、中でも最も大きな変化として「封印」した可視化手法が1つあることがわかります。

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ここでアメリカの大統領選挙の形式について簡単におさらいします。大統領選挙では、州ごとの人口に応じた数の大統領選挙人の枠が割り当てられます。たとえばテキサス州は38人、カリフォルニア州は55人です。メーン州など一部を除いて、それぞれの州で少しでも勝った候補者がその州のすべての選挙人の票を獲得します。

これを踏まえて2020年のインタラクティブページを見てみます。デフォルトは「By winner」すなわち州ごとの勝利者(正確には政党)を色で示しています。上記のシステムを踏まえれば、これが最も素直な可視化方法でしょう。

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ただ一口に「大統領選挙結果の地図表現」といっても、切り口によって様々な可視化がありえます。そのためこのページでは地図の下部に他の表示形式も用意し、計4種類を切り替えられるようになっています。

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余談ですが、アメリカ合衆国はおおむね横にやや長い長方形の国土になっており、さらに2大政党である民主党、共和党はそれぞれ青、赤のアイデンティティカラーを持っているので、可視化の手法に迷わないだろうなあと感じます。日本の場合は国土が細長く、都道府県の面積差も大きいので全体表示とクリック領域のバランス確保が難しい。全体を表示すると各地域が小さくなり、各地域を大きく表示しようとしても海が広いので限界があります。また政党の色もそこまで浸透しているとは言い難い。かろうじて自民党=赤は認識されていると思いますが、野党はそもそも離合が多くて把握されていないのが実情でしょう。

次に「Size of lead」です。先ほどとはかなり印象が変わった地図になると思います。これは民主党、共和党がそれぞれの郡(州よりも細かい行政単位。日本でいう東京23区のような特別区も含めると3000強あるそうです)においてどれだけリードしたかを示します。バイデン=民主党がリードすれば青いバブル、トランプ=共和党がリードすれば赤いバブルが表示されます。

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これを見ると、民主党は特に沿岸部で大きく勝っている郡が多く、対照的に共和党は内陸部で小さく勝っている郡が多いことがわかります。

続いて「Shift from 2016」を見てみます。前回2016年の大統領選挙から、それぞれの郡においてどれだけ民主党/共和党寄りにシフトしたかを確認できます。青い矢印であれば民主党寄りに、赤い矢印であれば共和党寄りにシフトしたことになります。2大政党制が長らく続いているアメリカだからこそできる可視化だといえます。

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ちなみに矢印の向きはリベラル=左、保守=右の投票率が上がったという意味かと思われます。地図表現において矢印を使うと、どうしても地理的な方向を意識してしまうため、こちらもバブルで表現してもよいのではと個人的には思いましたが、Size of leadと視覚的に混同されるのを避けたのかなと推測します。

この可視化からは、たとえばコロラド州(中央やや左側)やミシガン州(やや右上)で民主党寄りに変わっていることがわかります。実際、ミシガン州では前回2016年にトランプがヒラリー・クリントンに勝利しましたが、今回2020年にはバイデンが取り返しています。他方でユタ州やアーカンソー州など、もともとトランプが勝利していた州でさらにトランプ人気が強くなっているケースもあります。

2016年との違い

ここまでは2016年と共通ですが、2016年にあった郡ごとの投票結果である「Counties」は2020年には姿を消し、「Electoral votes」に代わっているのがわかります。

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州を選挙人数に応じたブロックで表現しています。これによって、各州の視覚的な面積が「地図上の面積」ではなく「大統領選挙人数」に比例します。先ほどのBy winnerと比較すると、内陸部でトランプが優勢になっている州の存在感が小さくなり、変わって沿岸部の「面積は小さいけど人口が多い=選挙人数が多い州」が大きめに表示されているのがわかると思います(たとえばニューヨーク州など)。上部に表示されている選挙人数とも、この表示がわかりやすいかもしれません。それぞれのマスを合計すると、合計の選挙人の数である538になります。

再び余談ですが、アメリカの統計学者ネイト・シルバーはこの数字にちなんで、大統領選挙の予測や世論調査の分析などを掲載するサイト「FiveThirtyEight」を立ち上げています。

2016年の「Counties」を開くと、これが2020年に「封印」された理由がわかります。州ごとの投票結果である「By winner」よりもさらに赤の面積が広く、トランプの圧勝であるような印象を受けます。

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原因はBy winnerと同じく、人口と面積の不均衡です。人口が都市部に集中し、かつ都市部住民は民主党への投票が多いことから、面積で見ると圧倒的に共和党が強く見えています。たとえばオレゴン州やニューヨーク州では、クリントンがトランプに10ポイント以上の差をつけて勝利したものの、Countiesのビジュアルを見るとまるでトランプが勝っているような印象を受けます。

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総計で見ると、2016年の大統領選挙での得票数はクリントンのほうが上回っていました(クリントン6585万票、トランプ6298万票)。この地図からそれを読み取るのは、よほどアメリカの地理に精通していなければ難しいでしょう。「間違いではないが誤解を与えるおそれが強い」として、より選挙人の実勢を正確に示すElectoral votesに差し替えたのではないかと想像します。

ロイターの記事によると、トランプ大統領はこの地図がお気に入りで、選挙から4ヶ月経っても取材に来た記者にわざわざこの地図を見せるほどご満悦だったそうです。

「客観的な地図表現」は存在しない

以上見てきたように、完璧に客観的な地図表現というものは存在せず、まったく同じデータであっても文脈や社会情勢によって適切なビジュアライズ方法は変わります。今回の場合、アメリカの大統領選挙のシステムや各州・各郡の人口や面積の不均衡がそれに当たります。

機械的に均等な見せ方が、人間の目で見た時にも均等・公正であるとは限りません。現実の様々な社会事象をビジュアライズする際は、データや文脈などの具体的な条件を考慮して可視化方法を細かく調整することが不可欠です。



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