【1000字小説】きれい
その山あいの村には、かんたんな診療所がひとつしかありません。
その診療所には、今年から、免許をとったばかりの若い医師が赴任してきて務めていました。
若い医師は、村の人に頼り頼られながら、慣れない田舎暮らしの毎日をなんとか過ごしていました。
ある日のことでした。
診療所の冊子扉ががらりと空いて、ひとりの少女が入ってきました。
その少女は、肌は白く、髪は黒くてつややかにまっすぐで、着ている服もブラウスにミニスカートと、村にいる子には見えないような風貌をしていました。
その少女は、足を指さして言いました。
「山に入ったら、足を葉っぱで切ってしまったの。手当てをしてくれる?」
見ると、少女のしろい絹肌にすっと細い赤の線が切れて、涙しずくのような血が、その線のはしに垂れていました。
「あたりまえだよ、きみ。そんな短いスカートなんかで山に入っちゃあけがしちゃうでしょ」
「……ごめんなさい」
若い医師は、少女を手当てしてやりました。
「ありがとう……。やさしくしてくれるのね」
治療が終わると、少女はふとそうつぶやくように言葉をのこして、帰っていきました。
どうしてか、気になる子だったなと若い医師は思いました。
***
そして次の日、少女はまたやってきました。
「今度は、別の足を葉っぱで切ってしまったの」
そう言いながら。
「だから言っただろう。足を出して山に入ってはだめだ」
そう怒ってみせながらも、若い医師は、少女を手当てしてやりました。
「ありがとう。やさしくしてくれるのね」
少女はまたそう言って、帰っていきました。
***
果たして、少女は次の日もやってきました。
「腕を切ってしまったの」
若い医師は、少女が自分で傷をつけているのだと気づきました。
「ご両親とお話しできるかな」
「お父さんは街に置いてきた。お母さんとは会わないほうがいいと思うよ」
少女は、いつもつぶやくようにして言葉を発しました。
「どうして?」
「お母さんはいじわるなひとだから。あなたもいじわるされてしまうかもしれない」
それを聞いて、若い医師は、自分が少女に向き合わなければならないと思いました。
「……どうして、きみは傷をつけるの?」
「やさしくしてくれるから。あと、きれいになるから」
「……きれい?」
「そうだよ。女の子は、傷がつけばつくほど、きれいになるの。お母さんが言ってた。だからお父さんを街に置いてきたんだって言ってた。きれいになるためだって」
「……そっか」
「わたし、きれい?」
そう聞かれて、若い医師は、少女をまじまじと見ることになりました。
すると、みずをもとめるようにくるしんでいる白い絹肌と、少女の運命に重く流れおちる黒い髪と、両足の傷の肌跡と、あたらしく生きる腕の赤い線が。
なんだかきれいに見えて、くるのでした。
読んでくださる方がまいにち増えていて、作者として、とてもしあわせです。 サポートされたお金は、書籍代に充てたいと思います。