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「電力会社の憂鬱」 第四章

第四章 改革と挫折

補修センター

あれから一年後、ようやく「補修センター」の竣工にこぎつけた。
竣工式には西日本電力からは小村社長もかけつけた。
来賓は通産省次長、副知事、地元町長と華やかであった。
社長や来賓の挨拶の後、テープカット。
施設は海野が案内した。
その後、パーティーへと進んでいった。
席上、海野は小村に礼を言った。
「社長。遠路ありがとうございます。」
小村は上機嫌であった。
「海野君ご苦労さま。良い施設が出来たね。
君の提言通り、訓練設備を併設したのは大ヒットだったね。
来賓のみなさんも感心しておられたよ。
若手の優秀な補修マンを育てるのには最適の設備だ。
通産省の次長は、他電力の職員の訓練も受け入れるべきだ。
とまでおっしゃっていたよ。」
「ありがとうございます。苦労した甲斐がありました。」
「しかしこの町も美しい町だね。
道中、車中からだけど、本当に目の保養をさせてもらったよ。」

この補修センターが立地しているのは、日本海発電所が立地している地域の隣町である。
海の美しさと海岸沿いまで迫る山とのコントラストが素晴らしい。
海水浴だけでなくヨットハーバーもある。山にはロッジ風のお洒落なレストランもあり、いろいろバリエーションに富んだ時間を過ごすことができる。

その時、小村が以外な質問をした。
「ところで君はこれからどうするんだ?」
「えっ?
ここの所長をやらせてもらえるとばかり思っていましたが・・・」
「あっ、そうか。ここにも所長は必要だったな。」
「今度は少し長くなると思い、下の子供が東京の大学に入学したのをきっかけに、妻を呼び寄せました。」
「家、買ったのか?」
「いえ、もちろん借家です。」
「ならいい。奥さん、気に入っておられるのか?」
「まだ1か月でよくわからないようですが自然の美しさには喜んでいるようです。」
「それは良かった。」
と言いつつ、小村は来賓に呼ばれて、離れていった。
海野は日本海2号機の事故の引責のつもりでこの仕事に取り組んできた。
これからは隠居のつもりであった。
でも、まだ社長は俺に何かやらせるつもりなのかと、却って不安になった。

この「補修センター」のコンセプトは、
「原子力の負の遺産」を後世にまで引き継ぐことが一義である。
日本海発電所2号機事故だけではなく、全プラントで過去に起きた事故事例を、隠すことなく教訓として社外にオープンにする。
また設備を扱う社員はここに来て、心新たに安全への取り組みを誓う。
原子力関係者は、目を背けるのではなく、安全への道しるべとして、見つめ直し、以降の業務の糧とする。
ということだが、実際に設計図面を引いてみると、何となくしっくりとこなかった。
何か安っぽいパネルと、一般の人には意味不明な機械が雑然と置かれている部屋が並んでみえた。
海野はそこで一計を案じた。
運転業務の訓練センターは全国に存在するが、補修に関するものはどこにもない。事故や故障の初期対応は運転員の仕事に間違いないが、検査や原因究明の段階になると、必ず電気・機械補修の領域に帰着する。
展示している事故事例も、つまるところ補修業務である。
ならそっちの訓練センターを併設しようということになった。

発電所にある設備がそのまま必要ではなく、原子炉などの大型設備は実物の二分の一。ポンプ・蒸気発生器・各種配管などは、補修に必要な部分のみ。
ただし温度・湿度・音はリアルに現場を再現する。現場と違うのは放射能がないだけとした。

このことが功を奏し、放射能もなく発電所を見るよりリアルで詳細だとして見学者が後を絶たない状況となっている。
また、記者に説明するのに、ポンチ絵の何倍もわかりやすいとして大変好評な施設となった。

海野は正式に所長となり、ようやく妻と二人で安寧な時間を過ごせることになった。

某所高級料亭

ふぐ鍋をつつきながら、ひそひそと4人の男が密談していた。
日本海電力の人事担当常務の石田と、伊賀、高橋。それと失脚したはずの坂本である。
一応、「坂本を慰める会」ということだった。
石田が切り出した。
「今は何をしているんだ?」
「何にも仕事なんてありませんよ。」
吐き捨てるように坂本。
「性急に事を進めようとし過ぎたんだな。
困ったことがあったら、言ってこい。」
「ありがとうございます。
今、私の脳細胞の9割は、海野への復讐しかありません。
善人ぶって山本を篭絡し、今度は小村社長に上手く取り入っています。
本来は事故の責任者のはずなのに!」
「まあまあ。海野はあれでも引責して、センターの所長に引っ込んでいるつもりらしい。」
坂本は何かを思い出したように質問した。
「その補修センターなのですが、懸案になっていた業務所管はどうなったんですか?」
「展示部分は広報部。訓練部分は人事部教育課ということになりました。
原子力管理部が介在しないのはおかしいとかなり粘られましたが、展示も教育も、コンテンツに関しては原子力管理部が主導権を持つということで落ち着きました。」
伊賀が答えた。
伊賀は、地経連の事件後すぐに人事部に復帰し、坂本の失脚のあと、あれよあれよという間に部長に上りつめていた。
「そうか・・・。
石田常務、一つお願いがあります。
この高橋を、補修センターのしかるべきポジションに就けていただけませんでしょうか?こいつは教育の専門家なので、ピッタリはまると思います。
お願いします。」
石田は首をかしげながらも高橋に。
「お前はどうなんだ?いまは東京で冷や飯だが、そろそろ良いだろう?」
「もちろん、常務命令ということなら、いかようにも。」
「わかった。じゃあ伊賀、段取りしてやってくれ。次は必ず人事にもどす。
でも、坂本。
よく考えて、早まったことはするなよ。
まあ、何かあれば、俺がフォローするがな。
坂本には早く復権してもらわないと、俺が困るしな。今は村田だけしかいなくて、片腕をもぎ取られたみたいな状態だからな。」
坂本はやっと笑顔になり。
「もちろん常務にご迷惑などおかけいたしません。」 
懲りない人間が、また何かを始めようとしている雰囲気である。

一か月後、高橋が研修課長として赴任した。
「高橋でございます。原子力は不慣れでございますが、これまでの経験を活かし、精一杯お役に立ちたいと思います。」
何をおめおめと、と思いながらも海野は。
「君が高橋君か。日本海発電所にいた山本から噂は聞いているよ。
教育と決算の専門家らしいね。」
「いや。決算の方は・・・。」
「とにかく、ここの利用者の半分が他電力の社員という状況にまでなっている。ホスピタリティー第一にお願いする。」
余計なことを考えるなという意味である。

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