見出し画像

命の意味 ~動物病院のカルテ~

春から初夏にかけて、動物病院に連れて来られるのが増える動物がいます。
「野鳥のヒナ」です。
「可哀相に地面におちていたんです。このままだと危ないと思って・・・」
そう言って優しい大人が、大抵は段ボール箱に入れて、やって来るのです。

鳥はある程度まで巣の中で育ち、それから巣立っていきます。
成長したからといって自然に飛べるようになるわけでは無く、親についていてもらって、飛ぶ練習をする必要があります。
それは巣の近くの平地で行われます。
バタバタバタ・・・・。
必死で羽をはばたかせますが、なかなか上手く行きません。
そうこうするうちに飛べる様になり、エサも自分で捕れるようになり、無事に巣立ち、とあいなるわけです。
ところで、残念ながら全てのヒナが、巣立ちを迎えられるわけではありません。
練習の際は、外敵からすると恰好の獲物、となってしまいます。
ハクビシン、テン、猛禽類、は少ないかも知れませんが、ネコやカラスからも狙われる身です。
ちなみにカラスは貪欲で、仔猫をさらっていく事もあります。
しかし運ぶのに重いのか、途中で落としてしまったりします。
「仔猫が空から降って来ました」
そう言って、動物病院に連れて来られた仔猫を見て、新卒の頃の羽尾先生はただひたすらびっくりして繰り返しました。
「仔猫が・・・。空から・・・。」
一緒に診療にあたっていた看護師さんから、バカになったみたいな顔をしていましたよ、と後でいわれたときに、自身でも全くその通りだっただろうと思った物でした。
照れ隠しに「これがホントのcat&dogですね」
(注釈:英語でどしゃぶりを意味します)
と言ってみたものの、意味がわかったのかわからないのか、看護師さんはあいまいに「ええ」と言うだけでした。
羽尾先生も、それ以上は何も言いませんでした。
すべったギャグの解説をするほど、愚かでは無いのです。

見渡す限りどこまでも続いている平原。
まばらに裸の木が生えていて、葉っぱはほとんどついていません。
下は草原で、こちらもまばらに地面が見えていて、水たまりの大きい物や小さい物があちこちにあります。
そこでは毎日、食物連鎖が繰り広げられています。
弱ったり幼かったり年老いたりしているシマウマやガゼルが、ライオンやハイエナに食べられます。
その残りをハゲワシが食べに来ます。

羽尾先生は、野鳥が連れて来られて診察をするときに、いつもサバンナの情景が頭に思い浮かびます。
そして、野鳥を見て、何ともいえない気持ちになるのです。
「このメジロとシマウマの間には、どんな違いがあるのだろう?」
果たしてこの野鳥を保護するのは正しい事なのか?
サバンナで亡くなった動物は、他の肉食動物のエサになります。
ある意味では命をつないでいると言えます。

保護した野鳥の大半は、入院中に命を落とします。
そして動物霊園に埋葬することになります。
連れて来た人は、例外なく正しい事をしていると信じています。
そして動物病院に鳥を預けて、晴れやかな顔で帰っていきます。
「少なくともこの人たちに対しては、良い事をしている」
羽尾先生はそう思う様にしています。

看護師さんは、羽尾先生が野鳥を嫌い?なわけではないよね?と、なんとなく違和感を感じています。
しかし、その違和感の正体は、よく分かっていません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?