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大学院ではなにをやるのか(2)

具体的なアカデミックスキルの内容

臨床疫学における背景

私は臨床疫学系の研究をしているため、社会科学や人文系の専門分野などとはまた内容が異なるだろうことはご理解いただきたい。医学系の中でも臨床疫学系はなんらかの形で医療に関わる職種の人が多く集まってくるため、医師・看護師・理学療法士、心理職、行政や医療翻訳など比較的多彩なバックグラウンドの人が多い。

医学研究には大きく分けてスピノザやライプニッツなどを祖とする大陸合理論の流れを組む基礎医学系と、ロックやヒュームといったイギリス経験論からの流れの疫学系があり、明治時代にドイツから医療を導入した日本は前者の流れが主流であったが、2000年代以降のエビデンス重視の流れからアングロサクソン系の臨床疫学が日本にも導入されてきた。

私が2011年にスイスに行ったときは知り合いの高齢の医師などに聞くとやはりスイスでも疫学系学問が導入されたのはかなり最近のことで同じ西欧地域でも流れが違うことに驚いた記憶がある。

この差を一言で言うといわゆる「演繹法」と「帰納法」の差であり、臨床疫学は後者でありそのため数多くのデータから真実を炙り出そうとする意味で統計学の知識が非常に重要になる。現在のデータサイエンス全盛期の流れとはちょうど合致している傾向である。

アカデミックスキルの重要な能力

大学院に入学してきたばかりの院生や、専門的な教育を受けていない臨床家と研究をしていると「このような疑問が湧きこのようなことがわかるのではないか」という形で仮説を立てて相談してくることが多い。

残念ながらこのような仮説のほとんどはほぼ願望の域を出ておらず、色々と質問をしてみるとほとんどまだ過去の知見を検討していない、あるいはピンポイントで調べているだけのことが多い。

まず全てのアカデミアで持つべきスキルの最も重要と考えるものは研究対象に関する「過不足ない網羅的な検索とレビュー」の能力である。これは言うのは簡単だが、過不足なく検索することも網羅的にレビュー(してプレゼンできるようにまとめる)ことも極めて不十分なことが多い。研究課題を確定させる上でもその後のプランを立てる上でもここが少しでも不十分だといわゆるチェリーピッキングな研究になるか、そもそも既に過去に証明されていたり否定されていたりすることがのちに判明することが結構ある。

この部分はかなりしつこく指導しても本人がどうも興味を持たないのか発想がひっくり返っている(この結論を出したい)場合が多くて口うるさく言ってもやらない・やれない人が結構多く、こう言う人はアカデミアには向いていないと個人的には考えている。これはおそらく分野を問わないだろう。実際にはこう言う人は多いのだが。

逆にこの部分ができるようになると、何が現在までにわかっていて何がまだ調べられていないのかなどがはっきり浮き出てくるので、研究を行う上での方法を組み立てるのが浮き上がってくるようになる。

次に必要と考えるのはその分野における「研究デザインの方法論の系統的な理解・習得」である。一般に研究課題を決定した場合、それに合わせて方法論や解析方法を選ぶと考えがちで実際そういう動きになるのだろうが、実は人間自分が知らない新しい手法を見つけ出すよりも既に持っている手の内の中から研究課題を選ぶ傾向の方が断然強いと思っている。自分は成書を頭から最後まで読み下すタイプであるが、新しい理論を読みながら「この方法を使ったら〜ができるのではないだろうか」と思いつくことが多く、実際そのままそれを実行していることが多い。

現在、いくつかの大学の研究グループと一緒に研究を行っているが、臨床や研究の困りごとや現状を聞きながら、「この方法を用いてこう言うことを調べてみたらどうか」と提案し、「そんなことができるんですか」という流れから研究を始めることが多く、それはつまり先方もそう言う発想を持っていないことを意味し、そもそも発想がないことは思いつくことはないと考えている。

また系統的な方法論の理解は「過去の文献の批判的吟味、Critical appraisal」を行うためにも必須である。最近はいわゆるハゲタカジャーナルのようなお金さえ出せば必ず掲載されるような雑誌が氾濫しており、また査読を通さないPreprint serverというものがあるため自力で科学的手法に基づいた批判的吟味ができなければまさに玉石混交の情報の中から信頼に値する論文を選び出すのは不可能に近い。

ちなみにこれができるようになると実はテレビなどで顔出しで専門家として喋っている人が実にいい加減な論文を書いていることがわかったりするのでやはり何事も自分で判断できることは重要だなと残念な気分になることもある。個人的にはコロナ禍の間に最初期から山のように出てきた論文を取捨選択して読むことができ、色々な方面でまさに芸は身を助ける、を実感した次第である。

長くなるので今日はこの辺で。まだこの話題を次回も続ける予定です。
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