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ハーバートを継ぐ者。#2

 刑務所の裏側に一台の車が停まった。真っ黒なSUVだ。車輪が徐々にスピードを緩めると正式な駐車スペースがすぐ横にあるのにも関わらず、それを突っ切って刑務所の西棟の壁の裏に停まった。


扉が開くと操縦席と助手席、その後ろの席から合わせて六人の男が出てきた。皆黒か茶色の革靴を履いていて、その長身と奇麗な目鼻立ち。洗練されたスーツの着こなし具合と体格のバランスが男達の男性的魅力を一層引き出していた。


車と同系色のスーツに身を包んだその男達はポケットからガーゴイルズのサングラスを取り出すと素早く付けた。六人の内三人はトランクへ向かい、その内三人はドリルを持って壁へ近づいた。


位置を確認すると、丁寧に穴を四つ空ける。ドリルを抜いた男は手の甲で額の汗を拭った。


 作業を終えた男達がふと上を見上げると一人の男が独房の窓からこちらを覗いている。独房の男はVサインを作ってみせた。男達も応えるように親指を立てた。


すると、トランクへ向かった男達がキャリーケースを担いでこちらへ歩いてくる。「慎重にな。」丁重に扱うことを確認し合う男達は静かにキャリーケースを地面に置いた。


リーダー格の男がキャリーケースに鍵を入れて捻るとパカリと蓋が開いた。至極単純な動作だった。


姿を現したのは巨大な爆弾だった。


それを六人がかりで持ち上げ、先程空けた穴へ密着させると一人が手を離す。両膝を曲げてガニ股の姿勢をとりながら一つずつ慎重に、丁寧に、ゆっくりと、ビスをはめ込んでいく。


ギュイ———ンというドリル特有の鈍い音が四回小さく響いたと思うと、迷彩柄の爆弾は銀色の壁にぴったりとくっついていた。一人の男が爆弾の側面についているボールペンを手に取った。一見ボールペンに見間違える程正確にカモフラージュされた爆破スイッチを懐にしまい込むと唾を飲んだ。


男達は頷き合ってドリルとキャリーケースをトランクにしまう。車の鍵は差したままにして、その訝しげな目つきをサングラスの下からギョロギョロさせながら裏口の刑務所と併設されている事務所へと回った。


一人の男が扉へ拳を伸ばし、ありきたりなコンコンという音を鳴らす。男達はスーツのボタンを留めて背筋を伸ばした。これから今世紀最大といっても過言では無い程重要な交渉が始まる。


それは一方的な要求でもあり、視点を変えると合理的とも言えるものになるだろう。


 扉を開けたのは三十歳ぐらいの警察官だった。怪訝そうにこちらを睨んでいるその目には警戒の二文字が現れているようでもあった。


六人の男達は段差越しにその警察官を見上げた。最初に開口したのは警察官の方だった。「何の御用でしょうか?まずは身分証の提示をお願いします。」そういいながら警察官は自分の身分証を提示した。


六人は素早くディビット・ローゼンバーグという名前を確認した。


一番手前にいた男が頷きながら、すっと歩み寄って「インディアナ州保安官です。マイケル・デリンジャーを州刑務所へ輸送するための手続きに参りました。」と要件を口にした。


ローゼンバーグは細くした目にさらに翳りをつけるように眉を潜めた。


何故ならマイケル・デリンジャーを別の刑務所へ輸送することなどあり得ないからだ。


マイケル・デリンジャーという男は「ディリンジャー」というギャング集団のボスであり、過去に二回の脱獄、三回の銀行強盗など悪逆非道の限りをつくしていたが警察の尽力が実り、半年前にようやく逮捕されたパブリックエネミーなのだ。


今まで何回逮捕して、何回投獄しても仲間と連携をとってすぐに脱獄してしまっていた。これでは埒が明かないと状況打破を試みたオハイオ州の警視庁官が、仲間とコンタクトを取りづらくするべくこの辺境の土地に投獄するよう命を下したのだった。


警視庁官の声明はメディアを通して大々的に報道された。インディアナ州の警察庁にも当然伝わっているはずなのだ。


つまりは仲間が混ざっているかもしれない人口密集地帯の州刑務所などに輸送されるはずがないのだ。


 六人の男達は「身分証ですか?分かりました。」といって一斉に懐に手を入れる。六人同時に右手を曲げて、スーツの内ポケットを見て、真っ直ぐと伸ばした手を入れた。


シンクロした六人の動きに、ローゼンバーグは思わず二度見した。


数秒経った後に、六人の手に握られていたのは銃とボールペンだった。

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