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給湯器がぶっ壊れて5ヶ月に渡り家の風呂に入れなかった喜劇

人は愚かな生き物だ。

失って初めて大事さに気付くことができる。

そう、10年寄り添った妻が出て行って………ない。めちゃめちゃ夫婦仲は円満だ。GLAYの「ずっと二人で」を熱唱できるくらいには仲良くやっている。壊れたのは給湯器であり、失ったのは家の風呂。

これは「1~2週間で修理されて元通りになるやろ」と呑気に考えていたら、実際には5ヵ月も銭湯通いをする羽目になった男の汗と涙の物語である。

【2022年3月初旬】
給湯器にエラーの数字が表示された。ネットで調べると「高温注意」らしい。「なんじゃコレ」が素直な感想。エラーはたまにしか表示されないが、その時はお湯が出なくなる。あまり重要に考えていなかったが、カタストロフィ(家の風呂が使えなくなること)は着々と近づいていたのだった。

【2022年3月下旬】
給湯器がお亡くなりになる。エラーしか表示されねえ…。偶然にも、その日私は髪を切りに美容院に行っていた。嫁からのLINEで「給湯器急逝」の訃報を受け取っていた私は「今日の風呂はここやな」と心に決めた。美容師に念入りに髪を洗ってもらうように泣きついた。

いよいよ修理するしかない。だが翌日、衝撃の事実が発覚する!

私は3年前から今の賃貸マンションに住んでいる。私の名義ではなく、会社が法人契約して、だ。1階の部屋に大家が住んでいて、大家は不動産会社に管理を委託している。よって最初に連絡するのは不動産会社だ。電話して修理について聞いてみると…

「うちの会社はもう、そちらの物件を管理してないんですよ」
「は?」

という想定外の事態に。

「どーゆーこと?」な気分だったが、直接大家に問い合わせることにした。すると…

「このマンション、売ってしまったんですわ」
「は??」

見事に想定外を超えてきた。「聞いてないよおぉぉ」である。そりゃ、法人契約ですがね。住人に何も知らせないものなの?しかし、まだ慌てるような時間じゃない(by仙道)。オーナーサイドが駄目ならば、私の会社サイドを当たればいいのだ。

会社サイドと言っても、会社本体が従業員の賃貸不動産を管理しているわけではない。第三者の不動産管理会社に丸投げしている。その会社に電話して、給湯器が壊れたことと大家が変わってしまったことを伝える。担当してくれたのはKさんという好青年(声の感じ)だった。

Kさんは大家に連絡すると言ってくれた。ついでに現・大家についても聞いてみる。

「ええと、中国人のRさんという個人ですね」

チャイナマネー!!

中国人が日本の不動産を買いまくっているという情報は知っていたが、俺んちもそうだったとは。知らぬうちに我が家もグローバリゼーションの嵐に巻き込まれていたのだ。

この日から私たち夫婦の銭湯通いの日々が始まった。正直、新鮮な体験でそれなりに楽しかった。家の近くだけではなく、会社の近くの銭湯に行ってみたりもした。色々な銭湯を試してみようとする余裕があったとも言える。それは、この日々はすぐに終わると信じていたからだ。

【2022年4月上旬】
修理屋がやってきた。嫁に対応してもらっていたが、雲行きが怪しい。どうも今日復旧することはできないようだ。大人なので「なんでやねん、ワレ!」とは言えない。せめて「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ、Poison」とは言いたかった。

どうも、うちの給湯器はいまどき珍しいタイプらしい。このタイプの部品は在庫が非常に少なくて修理できないとのこと。てか、作られたの20年前ですやん。給湯器の死亡原因は老衰であることが判明した。給湯器のくせに大往生しとるな。

修理は難しいので、取り換える必要がある。それまで銭湯生活が続くことになる。

【2022年4月下旬】
銭湯通い1ヶ月経過。この頃になると「銭湯通いも悪くない」など微塵も思わなくなる。「面倒くせーしカネもかかるし」と精神面がダークサイドに飲み込まれていく。悪に染まっていったアナキン・スカイウォーカーみたいになってくる。(ちなみにスターウォーズはあまり知らない)

しかし、これには理由があるのだ。あれから大家から何の連絡も来ないのだから。とりあえず不動産管理会社のKさんに電話すると…

「それが…大家のRさんが修理費用が高くなるのに難色を示してまして…」

その瞬間、私はダースベーダーとなった。

銅鑼の轟音が鳴り響く。「出陣じゃああああ!!」と鬨の声があがり、大家への電話をスタンバイする。

もう法律という伝家の宝刀を抜くこともやぶさかではない。大家には修繕義務があり、修繕されない場合は家賃減額請求も可能なのだ。(詳しく知りたい人はググってほしい)仏の顔は三度までかもしれないが、1ヶ月我慢を強いられてきた私の顔は一度で仁王と化す。

かなりキレ気味で電話したら、慌てた大家は「すぐに対応する」と言った。もちろん法律も引き合いに出した。冷静と情熱の間とは、このことだろう。

大家の事情は知らないが、その後に大家サイドの不動産管理会社から電話がかかってきた。担当はOさんという社会人になりたての青年(独断と偏見)だ。「給湯器取り換えの下見に行きたい」と言う。また来んのかい…。

下見が来て、ようやく取り換えが具体化したが、新たな問題が発生する。次から次へと…、もはや気分はプロジェクトXである。それは半導体不足だ。時事ニュース2回目の直撃!誰が悪いわけでもないので、待つしかない。

この段階で銭湯通いは終わりの見えない長期戦へと突入した。

一番の問題はカネだ。

東京の場合、銭湯代は約250円で統一されている。夫婦で500円、これが1ヶ月となると3万円もの金額となる。なんとビッグマックセット40食分である。毎日ビッグマックを食べても追いつかない。なんなら1日2食はビッグマック!夢のような、地獄のような生活を送ることができる大金だ。

泣き寝入りは馬鹿らしいので、大家と交渉して毎月月末に銭湯代を振り込んでもらうことになった。

【2022年5~7月】
慣れた。人間の適応力は凄まじい。ここで毎日の銭湯通いがどんなものかを伝えたい。

私の場合、仕事帰りに家の近くの銭湯に通うルーティンとなった。一度帰宅して銭湯に向かうのは、フルマラソンを終えたランナーにパシリを命じることに等しい。よって、バスタオルや下着を入れた荷物を職場に持っていく。死ぬほどどーでもいいが、荷物を入れていたのは庵野秀明の展覧会で購入した黒いトートバッグだ。思いっきり「庵野秀明展」とプリントされたヤツ。

銭湯は古く、例によって湯船の温度はクソ高い。毎日同じような時間に行くため、同じような面子がいる(勝手にあだ名をつけたりする)。銭湯通いが苦では無くなってきたが、それでも休日の雨の日はゲンナリする。気温が上がってくると帰り道で汗だくになって、何をしているのか分からなくなる。

プラスの面もある。それは毎日の運動量の増加だ。引きこもり気質の私には強制的に外出するイベントとなった。それと気になった飲食店を開拓したことかな。

【2022年8月初旬】
37.5度の発熱。世の中は第7波の真っただ中。「医療崩壊してんのか?」と思うほど診療所の予約ができない。やっと医者に診てもらえたがPCRの結果が分かるまで銭湯に行けなくなった。しばらくは蒸しタオルで凌いでいたが、体調が良くなってからは家のシャワー(真水)を断行。

「真夏だし、水でもなんとかなるわ」と思っていた私は大海を知らない蛙であった。寒い、寒いのだ。でも蒸しタオルではベッタリ感が拭えない。滝行のような寒さを数日間繰り返した。結局、陰性だったのだが、その後に嫁から「水風呂に入っていた時、ちょっと匂ったよ。やっぱりお湯じゃないと油って落ちないんだね。アラフォー舐めない方がいい」と言われた…。

完治した数日後、ようやく念願の新しい給湯器が設置された。

苦節5ヶ月!長い道のりだった。

家の風呂はやっぱり最高だ。いつでも入れるし、大声で歌えるし、風呂上りにクーラーの効いた部屋に入れば「キンキンに冷えてやがる…!」とカイジごっこをすることもできる。嗚呼、幸せ。

ミスチルも歌っているではないか。幸せとはきっと、奪うでも与えるでもなくて、気がつけばそこにあるもの。

当たり前の中にこそ幸せはある。我々はそれに気づいていないだけだ。もしかしたら、失わないと気づけないのかもしれない。幸せは探さなくても、そこにある。それが風呂に入れなかった5ヶ月間で得た教訓だ。

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宇宙旅行が夢の一つなので、サポート代は将来の宇宙旅行用に積み立てます。それを記事にするのも面白そうですねー。