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その土地と空気の中で料理をつくり、味わう喜び – #02 安田由佳子 –

2回目となる「Chef in Residence in 郡上」の趣旨に賛同し、参加してくださったのは、東京で和菓子教室を主宰し、さまざまな茶席や茶会での和菓子製作・提供など幅広く活動されている安田由佳子(やすだ・ゆかこ)さん。家庭でつくりやすい和菓子レシピと、丁寧であたたかい教え方が人気を集めています。

今回は、初めて訪れた郡上の地で全身で感じた想いを、現地の素材・食材を使ってオリジナルの和菓子として表現してくださいました。郡上での滞在やレシピ開発、地元の人たちと一緒に和菓子をつくったワークショップ、和菓子とお茶やお酒のコラボレーションを楽しんだ茶寮の様子を振り返りつつ、安田さんにお話をお聞きしました。

訪れてこそ感じた「郡上の秋」

安田さんが郡上滞在の間にレシピを考案した和菓子は、栗餡(あん)を使った蒸し菓子「浮島(うきしま)」と、秋ならではの「亥の子餅(いのこもち)」。郡上産の栗で餡から手作りした浮島は、郡上の風土が詰まった「FUDOSHU」の酒粕入りで、水引草の花が描かれました。同じく郡上産のもち米と黒米でつくった餅で、木の実入りのささげ豆餡を包んだ亥の子餅は、ワークショップの参加者から「食感がとても楽しい!」と声が上がりま
した。

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▲ほんのり栗色の浮島。描かれた水引草との調和が素朴で美しい。ささげ豆餡の中に木の実をふんだんに混ぜ込んだ亥の子餅

― まずは郡上での滞在全体を振り返って、いかがでしたか。

安田:郡上に来る前は「秋だから、ういろう生地を使って柿をかたどった和菓子をつくろうかな」などと考えていました。でも実際に来てみると、まだ熟れた柿は見かけませんでしたし、訪れたことで全くイメージが変わり、もう一度ゼロからレシピを考えました。こうした作業はむしろ楽しかったです。例えば、源流の森のフィールドワークでは、水引草などきれいな季節の植物が目についたので、それらを表現したくなりました。

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▲源流の森で見かけた水引草

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▲ワークショップでは参加者が水引草を描くことに挑戦

― 今回、この企画に参加したいと思われた理由は何でしょう。

安田:食をつくる人はきっと参加したい企画だと思うんですよね。いろいろな料理に携わり、つくることが好きな人ならば、行った先でそこにしかない食材と出合い、新しいものを創造するなんて喜びでしかない。思っていたことと変わっていくことも面白いのです。

― 郡上では、一つひとつの発見を本当に楽しんでいらっしゃいました。

安田:例えば、郡上の食材を使ったレストランが東京やどこかの地方にできたとしても、郡上でじかに採りたてのものを食べたり、この土地で、この空気で、この水に囲まれた中で食べたりするのとは絶対に味が違うと思います。やっぱり、まずは「来ることに意味がある」と思うんですよね。その土地とか、空気とか水とかを含めて料理を味わう。今日のお菓子も、今日この空気の中で食べるから「ああ、栗の季節が来たんだね」などと感じられるのです。

― 考案した和菓子をつくるワークショップに続いて、茶寮も開きました。

安田:
茶寮の会場も、周辺の自然と調和したすてきな場所でした。(窓で仕切られていない和室空間で)季節ならではの空気や風などを感じながら和菓子を楽しんでいただけたと思います。

― 今回主に滞在した大和地区は、中世に和歌の名家・東氏(とうし)が治めた土地として知られ、「古今伝授の里」「和歌の里」とも呼ばれています。

安田:私が通った小学校は日本の古典文学を教えるのに熱心で、和歌もよく暗唱しました。今回、くしくも和歌にゆかりの深い土地に滞在させていただき、子どもの頃に覚えた万葉集の歌などを思い出す瞬間がありました。

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▲郡上の自然と一体になったような茶寮会場

― 後日、東京でもワークショップを開かれると聞いています。

安田:今回の企画はこれで終わりではなく、東京でも郡上産の食材を使った和菓子づくりのワークショップを開催します。今回は私自身が郡上を体験しているので、どんな魅力があるのかを伝えやすくなりますね。このワークショップがきっかけとなり、東京で参加された方が、実際に郡上に行ってみたい!と思ってくれると、とても良い関係性になると思います。

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▲郡上でのワークショップの様子

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健やかな循環と「始末がいい生活」

安田さんは今回、森で木の実採りを体験したり、こだわりを持つ味噌やお酒のつくり手を訪ねたりしながら、郡上の食材を集めました。
 
― 木の実採りのフィールドワークはどうでしたか。

安田:初めての体験でした。クルミの実がどんな状態で木になっていて、地面に落ちて果肉が黒くなってから中の殻を取り出して、といったことはこれまで知りませんでした。由留木(ゆるき)さんの「自然のサイクルの中の一部として、それを壊さないように生きたい」という言葉が印象的でした。木の実は来年のために枝や蔓を伐採し尽くさないようきちんと残すという知識を知らない人も多いと思います。

家庭の料理も同じで、生活のなかで昔から受け継がれてきたものが、今は断絶してしまっているところがあると感じているので、由留木さんが「昔と今を結びなおせたら」と活動されているところには共感します。

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▲ワークショップでは、煎ったクルミを殻から丁寧に取り出して、亥の子餅の餡に混ぜ込んだ

― 郡上の味噌づくり、日本酒づくりに取り組む方々からもお話を聞きました。

安田:「宝暦みそ」は、独特なやわらかさや、大豆を全量麹にして仕込むつくり方にびっくりしました。「母情」の蔵元では、新しいお酒を精力的に、ご本人たちが楽しまれながらつくっていることがいいなと思いました。

料理もピリピリしながらやるよりも、適度に緊張感を持ちつつ適度にリラックスしつつ、「おいしくなあれ」と思ってつくるとおいしくなる気がします。つくり手の皆さんの良い雰囲気や空気感が、味噌やお酒の味にも影響しているのではないかと思います。

― 宿では自然栽培の畑も見せていただきました。

安田:感じたのは、すべてが健やかに循環していること、言うならば「始末がいい生活」です。土地や土に合わせて工夫しながら、自然に沿ったかたちでその畑に合った作物を育てる。以前読んだ本の内容ですが、戦前の農家は畑仕事をしながら山にも入って木の世話もし、生活の道具もつくっていた。それでもって地域の中だけでうまく循環していたといいます。郡上に来てこうしたことを思い出しつつ、無理や無駄のない地域の循環を垣間見ることができました。

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「家でつくる」和菓子を伝えたい

ワークショップの参加者からは、「和菓子づくりは心が落ち着く」「仕事や家事、子育てで慌ただしい時こそ、自分のための小さな和菓子をつくるっていいと思う」といった声が聞かれました。改めて今回レシピを考案した和菓子の解説、そして家庭でつくる和菓子について聞いてみました。

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▲自分でつくった和菓子をスマホでパチリ

― 栗餡の浮島について。

安田:栗のふわっとした香りと、酒粕が持っている酸味のある味わいは、なじむのではと思いました。蒸し菓子にすれば酒粕のアルコール分も飛んで、いい具合になるかなと。あとは水引草を表現したかったので、絵を描けるようなお菓子がいいと思い浮島になりました。

― 亥の子餅については、ワークショップの参加者に由来も説明していました。

安田:亥の子餅は、旧暦の10月10日(玄猪の日)の10時(亥の刻:午後10時ごろ)に食べたと伝わっています。また、亥は水の属性のため火伏(ひぶせ)の力、つまり火災を逃れる力があると信じられ、火事が多かった江戸時代にはこの日に囲炉裏などの火を入れる風習がありました。茶道とお茶菓子の世界では、この日を炉開きとして、亥の子を模したお菓子を食べる風習が今も残っています。

亥の子餅は紫式部の「源氏物語」にも登場し、大豆、小豆、大角豆、ゴマ、栗、柿、糖(あめ)といった「その年の実り」を粉にして餅を練って丸めたお菓子だったみたいです。なので、採取したクルミやムカゴを餡に混ぜて閉じ込め、新米を粉にして蒸した餅で包んだ亥の子餅をつくってみたんです。

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▲餅で餡を包むシンプルな作業ながらも、つくる人の個性が出てくる亥の子餅

― 食に携わる仕事を長く続けられてきた中で、和菓子にたどり着いた理由は。

安田:私自身、初めはお茶を習いながら和菓子を習うばかりでしたが、その際に聞く和菓子の文化的な背景、名前(銘)一つとってもその裏に流れている歴史などがすごく楽しくて。料理教室を続けるにあたり、一つに絞るなら何がいいかなと考えた時に、すんなりと和菓子に行き着きました。

あと、和菓子屋さんがつくる和菓子と、家庭でつくり続けてほしい和菓子はちょっと違う。例えば、私はおばあちゃんが手づくりしていたおはぎやあんころ餅が途切れてしまうのがもったいないと考えています。家で餡を炊いてみたり、簡単なものでいいので日々のおやつにクッキーやプリンではなく和のお菓子をつくってみたりする家庭が増えたらいいなと。そんな和菓子づくりを伝えていきたいです。

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子どもたちに郡上を体験してほしい

最後に、“郡上再訪”への思いについて少しだけ聞いてみました。

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▲笑顔で話す安田さん

― 今回の郡上滞在は秋でした。ほかの季節はいかがでしょう。

安田:山菜など春の食材を使ったワークショップはやってみたいです。あと、知り合いや友人の子どもたちを郡上へ連れて来たいなと。子どもたちにとって郡上の自然はきっと楽しいはずなので、体験してもらいたいです。湧き水のおいしさとか、びっくりすると思います。東京へ持っていきたいくらいですが、難しいかな。

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参加いただいた料理人のプロフィール

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安田由佳子(やすだ・ゆかこ)
東京都生まれ。学生時代よりケータリング会社 Party Design に携わる。大学卒業後、ジャパンフードコーディネータースクール、FFCC(フランス料理文化センター)にて学ぶ。貝印株式会社にフードコーディネーターとして勤務する傍ら、ケータリングユニットTont(トント)を立ち上げ活動。和菓子を金塚晴子氏に師事、北京料理をウー・ウェン氏に師事。
2012年より料理教室エプロンメモ主宰。2014年より和菓子教室ももとせ主宰。2016年より独立し、英語での和菓子レッスン、茶席への和菓子製作、中国茶会への菓子製作、ロシア料理教室での和菓子講師、海外での企画など活動の幅を広げる。

和菓子ももとせ
ウェブサイト: https://www.momotose.info/
Facebook: @wagashi.momotose
Instagram: @wagashi_momotose

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クレジット

取材・編集協力:中村紘子
写真:上村大輔
主催・写真:NULL DESIGN オオツカサヨコ

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郡上の素材を味わえる!和菓子づくりレッスン in 東京の開催

今回記事でとりあげた、郡上の素材を使った和菓子づくりのレッスンが、東京でも開催されます。10月25日、26日の2日間の開催で、事前お申し込みが必要です。残席が少なくなっていますが、まだ間に合いますので、貴重な機会をぜひ、お見逃しなく。


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