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宙ぶらりんこそ最強?


宙ぶらりんでい続ける力

について、ここに書き綴ってるうちに、自分の思考の頑なさに気づいて、うわあああとなったというオチ(笑)


心理学で宙ぶらりん力が注目されてるよ、と聞いたのは2年前だったか、ひょんなことで精神科の先生の話を聞く機会があって、その時彼が面白いんだよ、これーと紹介してくれた話だっだ。

最近、心理学会の中で、解決しない曖昧のままでいられる力が注目されてるんだー
というような話だったと思う。

聞いた当初は、何を言ってるんだと、困惑した。

人は悩むと物事を解決したくなるもの。
解決とはいかなくても、どのようにその事象を捉えるか、心の中で整理をつけてしか安寧など得られないのではないかと思った。

悩む原因は様々であり、もちろん簡単に解決できない問題は多々あるのだけど、
ただ、自分の中で「こういう風に考えよう」と答えが出るまで、悩みは居座り続けるものだろうと。

でも、鬱になってみて、今はなんとなく、宙ぶらりんの大事さもわかるような気がしている。

自己解釈なので、先生がおっしゃっていた話とは異なるのかもしれないが…

宙ぶらりんでいる、とは、その物事を善ともせず悪とせず、ありのまま理解して、なんの判断もせずに放置すること。

ありのままを受け入れること。

私はこれまで割と潔癖に生きるタイプだったので、何か身の回りで悩むような事案が起こったら、分析して整理して、何が起こったのか細かに判断し、今後どうするのか方針を決めるということを繰り返してきた。

物事を明瞭にしたら安心するし、方針が決まりさえすれば脳内からその物事は上手に出ていって、思考も落ち着く。

そうしてやっていくのが、最善の道のりだと思っていた。自分らしく生きていける方法だとすら思っていた。
逆に物事を自分でちゃんと判断しないで適当に生きるなんて、ただ周りに流されているだけだろう、なんて考えて。それは自分の人生に対して無責任だとすら思っていた。

ただ、あまりに整理解決に時間がかかりすぎると、脳は疲弊するようで、バグっておかしくなってからでは後の祭りというやつだったらしい。

人とのトラブルについて、向こうの落ち度だの、こちらの落ち度だの、それぞれの善し悪しだのを、全て、それこそ米粒一つの要素も見逃さず判断しようとするのは、あまり意味のあることではなかったのかもしれない。

ただありのまま。
自分にとってこういうことが、起こりました。悲しかったです。あーあ。

と、そのまま終わる。そのまま終わることができる力。

曖昧にしたまま、細部を判断などせず、事実と感情をありのままに。

これがこうしてこうなりました。おしまい。

とシンプルに受け入れ、そのまま過去にできたら、それはなんというか、確かに

強いような気がする。

認知も感情も、そのまま受け入れる。善い悪いを判断しない。

一番に思い浮かぶ考えと別の要素が無限にあるかもしれなくても、そんなの考えなくたって、一番にこの感情が浮かんだんだから、大変だったよね、ちゃんちゃん。と終わらせる。

問題を気にして忘れられないとか、考えに考えて必死に整理して納得しようとするとか、足掻けば足掻くほど疲弊するくるいなら、疲れ果ててしまう前に、オチをつけ、諦められたら、そっちの方が楽なのだろう。

性格上難しいというタイプの人、の方が多いんじゃないかとか思ってしまうのだけど。

起こったことを、良く分からない曖昧なままにしておいて平気になれたら、それは、もう確かに。強い。

悩みを言語化したり、整理して、他人に共有できる人ほど、ストレス耐性は上なんじゃないかとか思っていた。

でも、そうじゃなくて、"そもそも悩まない"が最強だったのか。そりゃそうか。
そんな人間いないだろうとか思ってた私は視野が狭かったのか。

表面で悩まないけど無意識にはストレスをかけていた、ではなく、深層の方にも持ち込まないレベルで悩まない。

良くないことが起こりました。
そういうこともあるよね、人間だもの。
そういうこともあるよね、私もみんなも完璧じゃないから。
そういうこともあるけど、別に人生は続くし、さして今後への影響あるもんじゃないよ、
影響しないように生きれるよ大丈夫

そう、思えるなら、最強…

ここまで書いてみて、当たり前すぎるオチと、悩みすぎる性格だったのか、自分!
という気づきに打ちのめされて、

ベッドで、しばらくジタバタするしかないわ。

いや、いいわ、もう。
この文の善し悪しも、曖昧で終わろう。うん。

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