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【旅行記】私と旅②「ドイツⅠ~ハンブルク」

心の故郷、ドイツ

 私が最も多く訪れたヨーロッパの街は、ハンブルクとベルリンであろう。
 ハンブルクはケント・ナガノのオペラを聴き、ジョン・ノイマイヤーのバレエを観るため。ベルリンはサイモン・ラトルの振るベルリン・フィルを聴くため。

 後者はすでに監督の任を降り、ロンドンへ行ったものの、もうミュンヘンへ行くことが決まっている。次はミュンヘンが多くなるだろう。ベルリンより物価が高いものの、美味しいものや美術館が充実しているのでうれしい。
 いずれにせよ、私にとってドイツはとても親しみのある国である。

ハンブルクのバレエは世界最高

 ハンブルクで最も印象に残っているのはノイマイヤーの演出・振付による『ジゼル』である。

 私はそれまでバレエの何が面白いのかさっぱりわからなかった。
 とりわけ『ジゼル』に代表されるロマンティック・バレエは音楽も物語も退屈に感じられた。だから、あくまでナガノの「ついで」に観に来ており、さして期待もしていなかったのである。

 ところが幕が開いた瞬間、まさに雷に打たれたような衝撃が走った。今までわけのわからなかった動きのひとつひとつが意味を持ち、退屈だった音楽が活き活きと躍動し、バカバカしく思われた物語が切実なものと感じられた。
 こういう経験はペーター・コンヴィチュニー演出のオペラを観て以来かもしれない。

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神は細部に宿る

 マシュー・ボーンのように現代的な演出がなされたり、マッツ・エックのようにあっと驚くような解釈が試みられたりというわけではない。子供がクレヨンで描いたような書き割りだけの舞台という点を除けば、基本的にはオーソドックスだ。

 では何がそんなに素晴らしいのかと言えば、端役に至るまで登場人物それぞれの掘り下げが深く、踊り手の演技が細部に至るまで徹底していることだ。
 たとえば、第1幕でバティルド一行が村を訪れるシーン。
 ちょこまかとした動きで登場する下級クラスの衛兵とそれをこき使う上級クラスの衛兵、その上級クラスの中にも数名女性がいてヒエラルキーの頂点に君臨する様子が示される。若い村人による歓迎の踊りが披露されている最中も上官は椅子に座れるが、下っ端は直立不動という芸の細かさ。
 まさに神は細部に宿る!

 貴族の令嬢であるバティルドは、クマのぬいぐるみを抱えてぴょんぴょん飛び跳ねながら登場。まだ幼さの残る好奇心いっぱいのわがままお嬢様という設定だ。
 なるほど、その手があったか!

恐ろしいウィリーの群舞

 第2幕ではウィリーたちがバラバラにまったく異なる振付で、それぞれの置かれた境遇を身体全体で表現する。
 音楽が止んでも、唸り声を上げながら苦悩に打ちひしがれている。もともとはそれぞれがまったく別々の人生を歩んでいた人間であり、好きでこんなことをやっているわけではないという切実さがある。だからこそ、この作品の代名詞ともいえる片足を上げたウィリーたちの群舞が、非人間的な恐ろしさを持ってくるのだ。

オペラハウスはかくあるべし!


 ハンブルクのオペラハウスは会場の雰囲気が良いことも印象に残っている。休憩中に常連さんと係員が仲良くおしゃべりしていたり、フレキシブルに席を移動したり、私も前の席に座らせてもらったり、係員も空席に座って観ていたり。こんなこと、日本では絶対にあり得ないこれこそが劇場文化だと思った。
 ああ、またハンブルクに行きたくなってきた!


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