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壊れた家族のその先へ、山田太一ドラマ『春の一族(1993)』

山田太一の作品が大好きです。キャラクターが勝手に動いて、それを追いかけて書いているような脚本の、躍動感がスゴいと思うのです。
「どうしたらこんな作品が書けるのだろう」と訳もわからずに、『男たちの旅路』の話(第一話の非常階段とか)を、シナリオをそのままノートに書き写したりしたことがあります。書いてみても面白さの謎は全然解けなかったのですが、好きなセリフを覚えてしまいました。

『春の一族(1993)』の一年後に『秋の一族(1994)』が作られ、そのまた一年後に『夏の一族(1995)』の順番に、NHKの土曜ドラマの枠(各作品全3話)で作られました(冬はないです)。

おなじ「一族」がタイトルに付きますが、それぞれ舞台も出演者(春と秋は緒形拳で、夏は渡哲也)も設定も違う個別の作品になります。
『一族シリーズ』は脚本:山田太一、演出:深町幸男の傑作と思います。特に内容が「攻めている」と思うのです。

『春の一族』は、家族が壊れた後の、ある男の生き方を描いたお話です。
中井(緒形拳)という男が家族が壊れて会社も首になって、東京は文京区本郷にある、時の流れに取り残されたような木造二階建てのアパートでの新しい生活をはじめます。そこで彼は「今まで人と関わらないようにしてきた、そういう生き方がわずらわしくなくていいと思ってきた、でも今はそんな生き方うんざりだ!」と言って、同じアパートに住む若い人のことに、わざわざ自分から関わっていく。

その若者というのが引きこもりの若い青年の生方うぶかた(浅野忠信)、AVにスカウトされて出演しようとする女子大生の桂子(国生さゆり)、新興宗教にのめり込む桂子の友人の久恵(中島唱子)で、他に同じアパートに住む、夫が政治家の杉本(十朱幸代)、中井(緒形拳)の元部下の高田(天宮良)も関わってきます。

出演している中で、まだ若い頃の浅野忠信の存在が大きかったです。このときはまだ山田太一も彼の存在をあまり知らなかったらしく、インタビューでは「浅野忠信さんのことをもっと知ってれば、もっと違う描き方ができたかもしれない」と少し残念そうでした。
でも観たら全然残念なんかではなくて、浅野忠信は完全に引きこもりの若い青年にしか見えなくて、「なんでここまでリアルに描けるんだ」と驚きました。
ノートに書き殴った「ダメダメダメ、俺ダメな奴」みたいなのは、ほとんど自分をどこからか見られて書かれたかのように、そのままの引きこもりの時の私の姿に見えました。

怒りをぶつける国生さゆりもハマり役でしたし、『ふぞろいの林檎たち』で活躍してた中島唱子もよかったです。
中年が若者とぶつかる図式は『男たちの旅路』がありますが、今作でのアプローチはそれとは全然違うように思います。『春の一族』は、家族が壊れるようなドラマをいくつも書いてきた山田太一が、壊れたその後に向き合ってる気がしました。

「今の若いやつらは何考えてるのかわからない、だから関わらない」という姿勢は私もよくわかります。引きこもりの時の私なんかも、ほとんど周りの人から見放されて、「こんな面倒な奴は、相手にしないのが一番だ」という扱いでした。そういうのが当時の世の中の空気があったのに、そこにあえて「そういうことでいいんでしょうか?」と挑んでいったのが山田太一であったし『春の一族』だったと思います。

山田太一は決まった考えがあって、それをパターンを変えて作る作家ではなかったと思います。本人が現在進行形で「これはこういうことでいいんだろうか?」試行錯誤しているのを、あえて結論を決めずにどう転がっていくかを、そのまま見つめるように描こうとしていた作家だったと思います。

だから作品内のキャラクターも、同じ考えを何度も言い続けるわけではなくて、「いい加減にしろ、もうこんなの(人との関わらない生き方をすること)は、うんざりなんだ!」と中井(緒形拳)が若者に怒鳴りますが、騒ぎを聞いて出て来た杉本(十朱幸代)に「そういうあなたの考えを、若い人や私たちに押し付けないでもらえます」とキツく注意されると、さっきまでの勢いが一気に引っ込んでしまい、「そうだよな、俺どうかしてた」と小さくなってしまうのでした。

『春の一族(1993)』『秋の一族(1994)』『夏の一族(1995)』のすべてが違うパターンで、それぞれよくできていますが、特に『夏の一族』は映画でも描きにくいところに挑んでいます。
戦争の空襲で逃げた時に見ず知らずの少年を引き取った女性。少年とは姉のような年の差でありながら、少年を成人まで育てた。そんな『子供のような弟ような存在の男』が結婚する時に、どうしてもこのまま別れるのは嫌だと思ってしまう。ひとりの女として『子供のような弟ような存在の男』のことを、今はひとりの男として見てしまうという葛藤。
当時この作品を見ていて「こんなデープな内容を、テレビドラマで流していいのだろうか」と心配になったほどでした。


今のところ一族シリーズは配信はないですし、レンタルDVDでも見かけたことがないです(私は3作品を中古DVDで買いました)。こんなに心揺さぶられるドラマ作品なのに、多くの人に見られないのは残念です。

(山田太一さんが2023年11月29日、老衰のため神奈川県川崎市の施設で亡くなられました。89歳でした。)

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