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銀行員へのノルマ廃止は本当か?

メガバンクや地銀、ゆうちょ銀行など主要な金融機関が「ノルマを廃止した」と数年前から報じられています。

出典:日経電子版 2019年4月23日付
出典:日経電子版 2019年5月19日付

「ノルマ」とは個人や組織に強制的に割り当てた数値目標のことです。

私は元銀行員なので当然ノルマの経験があります。どうやっても達成できそうにないノルマを課された経験もあります。

私はノルマをそこまで深刻に考えずに銀行員を続けられましたが、ノルマ達成できないことに悩んだ結果、休職したり銀行を辞めたりした人も数多く知っています。

あの過酷なノルマは本当に金融機関から消えているのでしょうか?

ノルマは目標に変更

結論からいえばノルマは廃止されつつあります。

私が転職した企業にはメガバンクや地銀など、たくさん来社してくれます。

そこで、取引のある金融機関9行の担当者に「ノルマは無くなった?」と聞いてみました。

結果は次のとおりです。

1. ある・・・ 3行
2. ない・・・ 2行
3. 形を変えて 4行

明確に「ある」と答えてくれた銀行はすべて地銀です。

「ない」と答えたメガバンクも「個人向け金融商品の目標はなくなった」という話です。

「形を変えて」とは「ノルマという表現は無くなったけど…」という回答です。

形を変えてノルマは存在する

多くの銀行は「ノルマという表現が変わった」と言ってます。

ノルマは無くなっても「自主目標」とか「業績への貢献度」などが設定されているようです。

これはビジネスの定石として理解できます。

企業や組織が事業を継続するためには「売上」「収益」が必要です。

なぜなら収益を得なければ企業は存続できません。収益がなければ従業員への報酬支払いが難しくなります。

自分勝手な目標を立てるだけなら組織の体を成していません。「共通目標」として数値目標があるのは組織の存続要件です。

そのため、組織が達成しなければならない数値を逆算し、割り当てる方法は仕方がないと理解しています。

ただ強制的な割当は、結局ノルマです。

そこで強制的ではなく「各人の自主的な目標」という形にしてノルマを無くしたことにしています。

ノルマ廃止の流れ

では、なぜ多くの金融機関は「ノルマ廃止」に動いたのか。

答えは金融庁の方針にあります。

金融庁は2015年頃から顧客目線に立った金融商品販売を促すフィデューシャリー・デューティー(顧客本位の業務運営)の浸透を推奨しています。

ただし「顧客目線に立った販売」は、よく考えてみれば当たり前の話です。

確かに、それまで金融機関の金融商品販売手法は「押し売り」に近く、購入者の金融商品の知識が乏しいまま契約に至ったケースは数多くあるはずです。

元本割れリスク等がある金融商品をよく理解しないまま販売していたため、:¥¥3多くの金融機関に対して顧客からの苦情が増えました。

そこで金融庁は金融機関に対して資産運用の高度化を求めました。

これまでの金融機関の健全性に重心を置いていた監督・検査方針から、金融庁は投資信託など金融商品の提案力の向上に舵を切ったのです。

金融機関の動き

金融庁から「顧客本位の業務運営」を推進するよう指導がありましたが、多くの金融機関には、まだ高度な資産運用提案などできる人材は揃っていませんでした。

しかし金融庁の方針は遵守する必要があり、2018年頃からとりあえず「ノルマ廃止」を各金融機関が発表し始めました。

また、かんぽ生命による多数の不適切契約が明るみに出てきたことも、金融機関のノルマ廃止が加速した要因でしょう。

ノルマ廃止で何が起こったか

「ノルマ」を廃止すると何が起こったでしょうか。

強引な営業は減りましたが、銀行は収益力が落ちました。無理な融資や運用商品の販売により収益確保していた銀行は課題を抱えました。

またノルマ達成が昇進や昇格などの評価に直結していたため、行員は評価基準の曖昧さに困惑しました。評価者も同様です。

銀行内にはノルマ廃止に耐えうる制度がまだ未整備でした。こうしてノルマ廃止の流れは一瞬で終わります。

「強制的なノルマはダメだが、自主的ならよかろう」という、銀行特有の収益至上主義によって、ノルマは形を変えて残りました。

顧客志向ではない銀行

ノルマが残った背景には銀行の伝統的な体質が影響しています。それは社外よりも社内を優先する考え方です。

顧客志向は銀行にとって紙一重の考え方といえます。なぜなら、銀行は顧客より優位な立場でなければ価値を提供しにくいからです。

その考え方が根底にあるため、行員へのノルマは形を変えて残ったと考えます。

需要のない融資 

銀行員なら誰もが理解すると思いますが、銀行融資の多くは顧客需要に基づいていません。

銀行の収益源である融資取引が、いわば力づくの営業で成り立っている点は否めません。

適切なタイミングで適切なリスクを取った相互理解の上で組み立てられた融資取引は稀です。

これは顧客の事業を深く理解せぬまま「運転資金」「設備資金」といった大雑把な資金使途を名目に継続的に貸し付けてきた歴史から起きる現象です。

そのため突然の企業破綻などが起きて慌ててしまうこともあります。

回避手段として融資金の元本返済を先延ばし、利息支払いのみで取引先を存続させることもよくあります。いわゆる「ゾンビ企業」です。

このゾンビ企業の存在が日本経済の正常な循環を邪魔しているのではないかと個人的には考えます。

破綻してもおかしくない取引先を生き残らせているという点で、ある意味、銀行は顧客志向といえなくもありません。

しかし、これは顧客のためではなく、銀行のために取引先を生き残らせているだけです。

定期預金を運用資産にシフト

また個人資産の運用も顧客優先の販売体制ではありません。

低金利のご時世に定期預金などの預金で資産運用する人はほとんどいません。しかし日本人は預貯金の呪縛からなかなか逃れられません。

預貯金の呪縛とは、他の運用商品と比較すれば「元本が減らない」という安全神話のことです。

実際はこの考え方は間違っています。

預貯金も預けている金融機関が破綻すれば基本的には1,000万円までしか保証されません。

この安全神話は「銀行は破綻しない」という前提で成立しています。

リスクとリターンの観点から考えれば、業績の芳しくない金融機関への預け入れはリスクが高いため預金利息は高く設定されるべきです。

そのリスクを取るかどうかの意思決定は顧客です。預貯金での運用を好まないならば、運用商品に手を出すのは懸命な選択です。

また、そのような顧客に対し、銀行員が運用商品を推奨するのは間違いではありません。

ただ前提条件があります。それは顧客の資産背景や将来の計画に沿った運用を彼らが提案できるかどうかです。

しかし、「とにかくノルマを達成しろ」というのが銀行の営業です。

一応、ヒアリングを重ねて適切な商品を販売するという業務フローになっていますが、実態は銀行取扱い商品からしか選択が出来ません。

これは本来の運用商品の販売方法としては間違っています。

もし顧客の意向に沿った商品が無いのであれば販売しない、もしくは他の金融機関の商品を案内してあげるのが本来の姿です。

しかし、よその金融機関で運用商品を買っても自分のところには1円にもならず、自分の評価にはつながりません。ならば顧客の意向に付き合っても仕方ありません。

とりあえず現状の運用商品のラインナップの中から販売してノルマをこなす方を優先します。

行員はノルマ達成で評価されてきた

銀行では、優秀ではない行員は大切にはされません。

何を持って優秀と呼ぶかは銀行によって異なりますが、概ねトップの意向を汲む人材です。

トップの意向とは簡単に言えば「業績の向上」です。

ノルマ達成で評価される体質

銀行は本部が支店の販売目標を決めるのが一般的です。本部>支店の考えはほとんどの銀行の共通認識です。

そのため本部からノルマを与えられた支店長は、部下に目標という名のノルマを割り振ります。
部下は「目標=達成すべきノルマ」と受け止めます。

ノルマ達成は人事評価の基準になります。達成すれば評価は上がり、未達成なら評価は落ちます。

取り柄のないアホな行員も、人柄が最悪な行員でも、ノルマさえ達成し続ければ人事評価が悪くなることは、まずありません。

しかし、ノルマが未達成の行員は能力や人柄が十分でも、なかなか認めてもらえません。これほど分かりやすい判断基準はありません。

知識やスキルを身に付けなくても、とにかくノルマさえ達成し続ければ優秀な行員として評価されます。

若手の人材流出によって変わった銀行の戦略

頭が悪かろうが人柄に問題があろうが、ノルマさえ達成すれば評価される銀行の人事制度のおかげで、浮かばれる行員もいれば、ノルマに苦しむ行員もいます。

特に若い人材です。伝統的な銀行のビジネスモデルについていけない若い行員はどんどん流出しています。

若い行員が減少すれば、その負担は中堅・ベテランの行員にしわ寄せされます。中高年の行員がノルマをこなし続けるにも限界があります。

そのため中堅・ベテラン行員でさえも銀行からの脱出を考える人が増えてしまいました。

そこで銀行は戦略の見直しを迫られました。
考えた末に出した結論が次の3つの戦略です。

1. コンサルティング営業
2. デジタル化の推進
3. 多角化

1. コンサルティング営業

顧客の悩みや課題を解決するコンサルティング営業に力を入れる銀行が増えました。

中堅・ベテランの経験豊かな銀行員の知識を活用して、貸出金や預かり資産の販売に頼らず、コンサル手数料収入を増やそうとする戦略です。

ただ、金融機関の営業は本来すべてコンサルティング営業であるべきです。

これまでパワー営業やお願いセールスに頼ってきたために、わざわざ「コンサルティング営業」と言わないといけません。

2. デジタル化の推進

人材流出によって人が減れば支店経営が成り立たなくなります。

そこで多くの銀行はモバイルバンキングなどデジタル化を推進し、支店を減らしています。

しかし、これも戦略としては遅すぎました。

決済機能は今や電子マネーが主流です。
電子マネーに銀行口座からチャージするのが面倒なため、給料などを直接電子マネーにチャージすることも検討され始めています。

おそらく決済機能がなくなれば、ほとんどの銀行は潰れます。

出典:日経電子版 2020年9月8日付

3.多角化

ノルマに耐えられない行員が増えたのが直接的な理由ではありませんが、銀行が様々な事業を運営する動きがあります。

いわゆる多角化戦略です。

この戦略の良いところは、銀行のノルマがきついという行員を引き止める手段にも繋がる点です。

別会社に出向すれば銀行の厳しいノルマから解放されるかもしれません。

しかし、ノルマがない企業など、もともと存在しません。

どんな組織でも「予算」や「計画」や「目標」と言葉や形を変えているだけで、実態としてノルマは存在します。

出典:日経電子版 2021年11月1日付

ノルマの無い企業はないという事実

企業は事業継続が前提です。そのためノルマは無くせません。

ノルマという用語が「目標」「予算」「計画」「貢献度」など、変わるだけです。

問題は、労使相互の理解を得た上で成立しているかどうかだけでしょう。

銀行の場合は、それが半強制的である点に問題があります。現状、形を変えて残っている組織ならば顧客志向の経営はできません。

あなたの組織はどうでしょうか。

最後まで読んで頂きありがとうございます


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