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経済学Ph.D.について知ろう!

このnoteでは、『経済セミナー』2021年6・7月号に掲載された記事「経済学Ph.D.について知ろう!」の拡大版をお届けします!

本記事は、2020年11月14日に開催された、海外の経済学Ph.D.コースの学生有志によるオンラインイベント、「経済学Ph.D.について知ろう!」の内容をまとめたものです。

この拡大版noteでは、本誌に収録できなかった、詳細情報、特にPh.D.進学への多様な経路と、出願準備に関する基礎知識についての情報を大幅に拡充して、お届けしています。

(イベントのホームページはコチラ

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このイベントには、400名を超える事前申し込みがあり、当日も大盛況の中で現役学生たちが合格までの道程や、研究・生活の実情などを生の声を発信しました。

参加されたパネリストのプロフィールは以下。皆さんの個性的で多様なモチベーションやバックグラウンドにもご注目ください!

【パネリスト紹介(五十音順。所属・学年は収録当時)】

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1 はじめに

菊池 それでは、オンラインイベント「経済学Ph.D.について知ろう!」を始めます 。コーディネーターを務める、マサチューセッツ工科大学(MIT)の菊池信之介(きくち・しんのすけ)です。本日は、主に北米経済学Ph.D.(博士)課程に関心をお持ちの皆さまに向けて、志望動機や出願から留学先での生活のことなども交えてお伝えしていきたいと思います。

本イベントには400人を超える方々から事前申込みをいただきました。すでに具体的な留学計画や希望をお持ちの学生社会人、「そもそもPh.D.って何?」という高校生、「そんなところへ行って大丈夫?」と心配されるご家族の方まで、多様な皆さまにご視聴いただいています。この機会に、Ph.D.学生に関する生の情報をお届けできればと考えています。

最初に、Ph.D.とは何かを簡単にご紹介します。Ph.D.プログラムは、5~7年をかけていわゆる博士号の取得を目指すものです。同じ留学でも、1~2年のマスター(修士)プログラムとは明確に異なります。マスターは、――特にビジネス・スクールや公共政策大学院が有名ですが――基本的には自身の費用でキャリアアップを目指すところです。一方、Ph.D.は程度の差はありますが、ティーチングアシスタント(TA)、リサーチアシスタント(RA)を通じて給与が得られ、奨学金や学費免除などの制度もあるので自己負担額は多くはなく、原則として研究に専念することになります。

2 なぜPh.D.を目指したか?

菊池 最初のテーマは「なぜPh.D.を目指したか?」です。自己紹介を兼ねて50音順で、まず私からお話ししたいと思います。

私はマサチューセッツ工科大学(MIT)のPh.D.課程に所属する2年生です。学部と修士は東京大学なのですが、修士課程の途中で「自分のやっている研究が社会の役に立っているのかよくわからない」と思い悩んでしまい、一度大学院を離れて外資系コンサルティング会社で1年強働きました。仕事もとても面白かったのですが、働く中で、勉強しているだけではよく見えていなかった経済現象が、目の前にある社会の現実として見えてくるようになりました。このリアルに体験したことをアカデミックに分析したら面白いのではないかと思うようになり、大学院に戻りました。現在は、経済発展、労働経済学、空間経済学に関心があります。

立石 こんにちは、立石泰佳(たていし・やすか)と申します。現在はPh.D.への入学が内定しているのですが、新型コロナウイルスの影響を考慮して1年入学を延期している状態です。学部は東大教養学部の国際関係論コース出身で、当時から国際開発に携わりたいと思っていました。国際機関でのインターンを通じて学術的な知見を実務に役立てたいと考えるようになり、修士に進みました。そして、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の開発学コースとイェール大学の経済学コースの修士課程で学ぶ中で、エコノミストという職業に憧れを抱くようになりました。

現在は世界銀行で働いていますが、キャリアの面でも役立つような研究を取り入れていきたいという思いから、経済学Ph.D.を目指すことにしました。専攻は開発経済学と政治経済学で、学部で学んだ政治学の知見なども取り入れられるような研究をしたいと考えています。

寺本 はじめまして、寺本和弘(てらもと・かずひろ)と申します。現在、ニューヨーク大学(NYU)の5年生で、研究分野はマクロ経済学です。経歴を紹介しますと、私は慶應義塾大学商学部を卒業し、その後、東大大学院の経済学研究科に進みました。東大大学院の修士で2年、博士で1年半過ごしてからNYUに留学し、現在に至ります。学部生のころは、商学部の所属であったため経済学の授業はあまり多くなかったのですが、(当時リーマンショックによる世界同時不況下にあったこともあり)もともとマクロ経済政策に関心があり、学部3年生のころから経済学部のゼミに参加して本格的にマクロ経済学を勉強しはじめました。研究者を志したのはそのゼミで卒業論文に向けた研究を行っているころで、特にゼミの先生から東大大学院と留学を薦められてPh.D.留学を意識し始め、さらに大学院進学後に、実際に留学を強く意識するようになりました。

袴田袴田麻衣(はかまだ・まい)と申します。カリフォルニア大学サンタクルーズ校の経済学Ph.D.プログラムで私も現在5年生です。ロサンゼルス校(UCLA)などのカリフォルニア大学の系列校の1つで、サンタクルーズ校はシリコンバレーのエリアから少し南にあります。

私はまず、慶應義塾大学法学部で法律学を学びました。その後、短い期間ですが金融機関で働きながら経済や金融に初めて関わり、実際にマーケットに触れる中で市場参加者の意思決定を深く体系的に勉強したいと思うようになりました。また、将来的には国際通貨基金(IMF)などの国際機関でのキャリアを考えていました。この2点からPh.D.を目指すようになり、早稲田大学の経済学修士課程に進んでからPh.D.留学をしました。専門は、金融政策やマクロファイナンスと呼ばれる分野です。金融機関での勤務経験からリサーチクエスチョンを得て研究しています。

 こんにちは、星紀翔(ほし・きしょう)と申します。今年(2020年)カナダのブリティッシュコロンビア大学に入学したのですが、現在は日本からオンライン授業を受けています。学部、修士ともに一橋大学で、学部生のときに、交換留学で1年間アメリカのミネソタ大学に行きました。入学当初は社会学部に所属していて、社会問題全般に関心を持っていたのですが、その後経済学のリーチの広さと分析の厳密さに惹かれて経済学部に転学部して、修士過程も経済学研究科に進みました。専門は医療経済学と労働経済学です。

海外Ph.D.を意識し始めたのは交換留学から帰ってきた頃です。他国で暮らしてみたことで地域ごとの社会の仕組みや人々の価値観の違いを痛感し、社会の問題を考えるうえで住む場所を移して研究することによって新たな視点が得られるのではないかと考えるようになりました。また学問的にも本場はどうしても北米なので、そこに行く必要性も感じ留学を目指しました。

村上 はじめまして、アメリカのノースウェスタン大学4年の村上愛(むらかみ・めぐみ)と申します。私は学部も修士も東大ですが、学部2年生のときに1年間休学してアメリカに行きました。大学卒業後海外で就職したいと思っていたので下見をかねて行きました。当時は法学部に進むかどうか悩んでいたのですが (注)、休学を経て経済学部に決めました。というのも、アメリカでは裁判所で3カ月間インターンをしたのですが、その際に法学でアメリカ留学する場合にはロースクールに行く必要があること、奨学金などは経済学で留学する場合と比べて少なく、アメリカの学生でもローンを組む場合が多いことなどを知りました。それなら経済学でPh.D.留学する方が海外で就職しやすいのではないかと考えて、経済学部に進学しました。

(注)東京大学では、入学時は全員教養学部に所属し、2年次に3年以降進む学部を選択する。詳しくは、市村英彦他編『経済学を味わう』(日本評論社、2020年)の第1章の松井彰彦「経済学がおもしろい:ゲーム理論と制度設計」参照。

今は研究者志望ですが、そのきっかけは学部ゼミで書いた卒論です。ベイズ統計学とゲーム理論のゼミに入っていたのですが、自分の好きなテーマで卒論を書くことが推奨されていました。今まで誰も書いていない新しいことを書くのはとても楽しく、研究を続けたいと思いました。

研究者になるならば、やはりアメリカで学びたいと思い、その後は悩むことなく北米のPh.D.を目指し、現在に至ります。専門はいろいろ変わっているのですが、ノースウェスタン大学でよい先生に出会い、経済史に決めました。

山縣 ワシントン大学セントルイス校で3年の山縣昂平(やまがた・こうへい)と申します。私は神戸大学経済学部にいた当時から大学院に行くことは決めていて、留学も先生方からお話を伺う中で考え始めてはいました。その頃から留学するなら東大修士がよいと聞いており、海外Ph.D.を目指して東大修士を受験するか、当時学んでいた経済成長論に強い大阪大学、神戸大学、京都大学のいずれかに進むかを比較し、当時はやはり成長論が楽しかったので阪大に進学しました。

その後、ミクロ経済学、マクロ経済学、計量経済学のいわゆるコアコースの授業を受け、面白いセミナーに参加する中で視野を広げたいと思い、そのためには北米Ph.D.が魅力的だと考えるようになりました。何人かの先生方からも「留学したらいいんじゃない。面白いと思うよ」と言っていただいたこともあり、実際に北米Ph.D.を目指しました。神戸大学時代からお世話になっていた先生からも推薦状をいただき、無事にアメリカに来ることができました。

山崎 はじめまして。山崎陽子(やまさき・ようこ)と申します。現在はアメリカのイリノイ大学アーバナシャンペーン校というところで農業経済学、開発経済学を専攻しながら、農業生産と紛争問題に関する研究を行っています。私が大学院進学を考え始めたのは学部3年生のときです。高校生の頃から国際協力に興味があったのですが、実際にこの目で貧困を見て、感じてから自分の進路を決定したいという思いがあり、3年生のときに1年間休学してフィリピンに留学し、現地のスラムという最貧困地域にある幼稚園に住み込んで生活しました。その経験を通じて、たとえばフィリピンでは「ゴミ山」と呼ばれる廃棄物集積場の問題があるのですが、この問題1つとってもNGOや国際機関、また現地の人々の中でも意見が異なるということを実感しました。そして、感情論ではなく客観的に問題を考えるための知識を得たいと思い、そこから研究者を目指して現在に至ります。

北米を選んだ理由は、世界的な研究者がたくさんいるということ以外にも3つあります。第1に、充実した金銭的な支援です。第2に、女性研究者が数多く世界中から集まってきている北米に身を置くことで、ロールモデルをみつけやすいと考えたという点です。そして第3は、フィリピンに関する研究をしたいと考えていたのですが、同国は一時期アメリカの植民地でしたので、その影響を色濃く受けているという点です。そういう背景からその地で自身の研究を深めたいと思い、北米Ph.D.に進学しました。

3 Ph.D.に進むにはどんな道が?

菊池 皆さん、ありがとうございました。実際に多様なきっかけと経路でPh.D.に進んだことがお伝えできたかと思います。とはいえ、最もスタンダードなのは「日本で学部・修士を出た後に海外Ph.D.へ」というパスだと思います。そこで次に、「どうやってPh.D.に進むか?」について、立石さんから具体的にご説明いただきます。

■Ph.D.へのさまざまな道筋

立石 改めまして、立石です。私は、学部は経済学部でなく政治系の国際関係論コース出身で、かつ海外修士や社会人経験もあるので、国内の経済学部・経済学修士からの留学以外の道にも触れながらご紹介していきたいと思います。また、実は東大経済の修士課程にも1学期間在籍していました。その経験をもとに、海外修士と国内修士の違いについても比較したいと思います。

まずは、「Ph.D.に行くにはどうすればよいか?」という点です。実は、北米では修士課程の修了が要件になっていない大学も多く、学部を卒業してすぐにPh.D.に行くことができるのですが、最もポピュラーなのは修士課程を経て進学するという道筋です。最近では、後で説明する「プレドク」と呼ばれるプログラムも人気になっており、そこからPh.D.に進む人も増えています。また、職務経験を間に挟む人もいます(図1参照)。

図1 Ph.D.進学までの道筋

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 以下では、3本の軸に沿ってお話します。第1に、他学部出身でも経済学Ph.D.に行けるのか。行けるとしたら、どういう戦略を練るべきなのか。第2に、プレドクからPh.D.に進むにはどのような道筋があり、どうやって応募すればいいのか。第3に、海外修士と国内修士を比較しながら、留学にはそれぞれどんなメリット、デメリットがあるのかについてお話したいと思います。

■他学部から進む

立石 まずは、経済学部以外からでもPh.D.に進学できるのかという点です。実は、北米などのPh.D.では学士号が経済学であることが必須条件とされているわけではありません。一方で、学部レベルの経済学、特に経済理論や数学が必要だと書かれている大学が多いのが実情です(注) 。競争が厳しい中で他学部出身者が経済学と数学の準備ができていることを示すのは簡単ではないので、経済学の修士課程に進学する、経済学や数学の授業で良い成績をとる、経済学に絡めて卒論や修論を書いて経済学の先生の指導を受け推薦状を書いてもらう、「プレドク」など経済学に関連した職務経験を積む、など工夫が必要になると思います。

(注)例として、MIT経済学部、大学院プログラムのホームページの「Admission」を参照。

そこで、他学部出身者の出願戦略としては大きく分けて次の4つが考えられると思います。1つめは経済学の修士課程に進学することです。修士課程でよい成績をとれば、出願時には経済学部出身者と変わらないアピールができると思います。また、経済学部への学士編入も選択肢の1つだと思います。

2つめは経済学の授業でよい成績を修めることです。GPAなどはPh.D.選考の際に見られますし、優秀な成績をとれば推薦状でも言及してもらうことができます。特にミクロ経済学、マクロ経済学、計量経済学といったコアコースと、経済学で必要になる線形代数、解析学などの数学の授業ではよい成績をとることが重要だと思います。

3つめは、Ph.D.留学するうえで大きなウェイトを占める推薦状です。基本的には経済学部の先生に推薦状を書いてもらうのがよいと思います。経済学部の先生に卒論や修論を指導してもらうこと、RAやTAをすることで、アメリカに行っても経済学で通用すると推薦状に書いてもらうことが重要です。

4つめは経済学に深く関連した職務経験です。後でお話しする「プレドク」などもかなり強い材料になると思います。

私自身は、経済学に転向してまず数学で苦労しました。特に線形代数をしっかりと学ばないままに大学院の授業を受け始めてしまい、最初は何も分からない状態でした。数学はしっかり勉強して準備した方がよいと思います。また、経済学にとって面白い研究とは何かを把握するのにも時間を要しました。自分でもまだ模索中の部分ではありますが、どういうリサーチクエスチョンに意義があるのかを意識して関連分野の論文を読み、どのようなテーマを探るべきかという感覚を経済学に合わせていく必要があると思っています。他にも苦労した経験はあるのですが、一方で研究に他分野の先行研究や手法を活かそうと思えたり、他の人とは少し違う視点で論文が読めてコメントできたりすることもあるので、他学部出身であることにはメリットもあります。経済学部出身でなくても経済学Ph.D.に進学できる可能性はあると思っていただければ幸いです。

■プレドクから進む

立石 次に、「プレドク(pre-doctoral programあるいはpre-doctoral fellowship)と呼ばれるプログラムについてご説明します。最近は、このようなプログラムを経てPh.D.に進学する人が急激に増えています。ほとんどが1~2年間フルタイムでRAとして勤務する形式で、実証系の研究者に付いてデータ処理を手伝うといったものが多い印象があります。

プレドクでは、トップレベルの研究に参加しながら給与をもらうことができるだけではなく、研究能力に関する推薦状を書いてもらえること、働きながらその大学のPh.D.コースの授業が受けられること、場合によっては先輩に出願書類を添削してもらえること、メンター制度があること、出願時に業務量を減らしてもらえることなど、さまざまなPh.D.進学へのメリットがあります。

一方で、倍率が非常に高いこと、RAとして付く先生によって業務内容や勤務環境が異なり、進学に有利になる場合とならない場合のばらつきが大きい点などはデメリットです。加えて、すでにプレドクの枠が増えすぎていて、たとえトップスクールでプレドクをしてもトップスクールのPh.D.への入学が約束されるわけではないという状況も生じているようです。

プレドクの採用プロセスは、まずインターネットで募集情報をみつけて書類を提出し、オンラインまたは電話での面接を経て内定に至るという形です。場合によっては関連分野の理解を問われる試験も受ける必要があります。実証研究のRAでは特にコーディングなど即戦力になりうることをアピールしなければならないと思います。プレドクは大学だけでなく、研究所やシンクタンク、公的機関などさまざまな機関が募集しています。Twitterで「@econ_ra」というアカウントが募集情報をリツイートしているほか、

NBER(全米経済研究所)もウェブサイト(注)でまとまった情報を提供しています。

(注)たとえば、「Research Assistant positions – not at NBER」のページを参照。

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最後に、応募に際してアドバイスをいくつかご紹介します。まず、就労ビザがないと働けないなど個別の要件がさまざまなので、注意して応募書類を読む必要があります。加えて倍率が非常に高く、極端な場合は300倍などと聞くので、返事がないのが当たり前と思って、気を落とさずに応募し続けるのが重要です。採用に至るにはコネクションも意外に大事で、先生やスタッフからのプッシュがある場合には面接に呼ばれやすい場合もあるので、可能であればコネクションを探ってみるとよいと思います。また、StataやRのコーディングサンプルや、writing sampleを選考過程で聞かれることもあるので、いつ要求されてもよいように準備しておくことが望ましいです。プレドク自体はすごくよいプログラムだと思うので、興味のあるものにとにかく応募し続けることをおすすめします。

■海外修士と国内修士の違い

立石 最後に、海外修士と国内修士の比較をしてみたいと思います。海外修士については、私が修士課程で在籍したイェール大学International and Development Economics(IDE)プログラムでの経験に基づいてお話します。そもそも海外修士には、terminal master's degreeとPh.D.に付随する修士号の2種類があるのですが、私がお話するのは前者です。後者はPh.D.の過程で自動的に付与されるのに対し、terminal master's degreeは修士のみで、エスカレーター式にPh.D.に進学することはできません。だいたい1~2年で完結して、内容はコースワークと修士論文の執筆が主です。ミクロ経済学、マクロ経済学、計量経済学、数学が必修のところが多いです。2年コースではこれに加えて修論を書くことが多いと思います。私が在籍したIDEプログラムでは、学期末に書く論文(term paper)を修論とみなすことになっていました。また、コースワークだけのプログラムもあります。

海外修士からのPh.D.進学については、特に1年プログラムの場合は修了後すぐの進学はスケジュール的に厳しいと思います。たとえば、9月に入学したら、12月から1月に出願に備えて10月頃から準備することになり、出願時点では成績も出ていません。修士を終えてから出願する方が有利です。また、修士の中にはPh.D.進学を想定していないプログラムもあるので注意が必要です。各大学のコースのホームページでは、「placement」として修了後の進路が公開されているので参考になります。私がイェールにいたときの同級生は、卒業後多くの人がプレドクに進むか、国際機関やシンクタンク、銀行や民間企業に就職していました。卒業後2~3年後にPh.D.に進学する人は多いのですが、修士を出たらすぐというケースはそれほど多くはない印象です。

海外修士のメリットとしては、トップスクールのプログラムでよい成績をとればPh.D.受験の際に非常に強いシグナリングになるという点が挙げられます。また、有名な先生の授業を取ったり、RAとして働くことができたりすれば強い推薦状につながります。プレドク志望の場合も顔見知りの先生に雇ってもらえる、学生ビザの延長で就労できる、などの点で有利だと思います。また、単純に早く海外に出ることで、英語や海外生活のトレーニングになります。海外で学位を取得している場合、Ph.D.出願の際に英語試験(TOEFLやIELTS)が免除になる大学も多いです。

一方で、国内修士と比べた場合のデメリットもあります。最も大きいのは、授業料が高額で、利用できる奨学金も少ないことです。私の場合は奨学金を受給していたのですが、生活は本当にギリギリでした。また、コースワーク、修論、さらに就活もあって忙しく、時間を割いて研究に集中するのは難しいです。加えて、1年間のプログラムの場合は、先生と密な関係を築きにくいというデメリットもあります。Ph.D.出願に有利になるような推薦状を書いてもらうには戦略を練る必要があります。特に北米の大学では指導の重点がPh.D.の学生に置かれているので、修士の学生指導に労力を割かない先生が多いともよく言われています。私の場合は履修していた少人数授業の先生に積極的にオフィスアワーで質問し、論文指導を受けて推薦状を書いていただくことができました。他にもいろいろと差はあるので国内修士と海外修士のどちらがよいかは一概に言えないのですが、比較・検討していただければと思います。

以上が私からのお話です。参考になれば幸いです。

4 出願準備には何が必要か?

菊池 立石さん、ありがとうございました。まだなかなかまとまった情報が少ないので、私たちも知らなかったことがありました。ぜひ参考にしてみてください。

それでは次に、「出願のためには何が必要か?」というテーマで、星さんに関連情報を整理しながらご説明いただきます。

 それでは、Ph.D.留学に必要となる出願準備について紹介させていただきます。Ph.D.出願に必要な書類は、推薦状TOEFL・GREのスコアSOP(Statement of Purpose:志望理由書)、Writing SampleCV(Curriculum Vitae:履歴書)、成績表の6つで、中でも特に重要なのが推薦状です。

以下では推薦状について詳しくお話します。次にTOEFL・GREについて、必要とされる点数や対策についてご紹介します。3つめに出願費用についてお話したいと思います。

なおここでの話は、基本的には私や他の登壇者の個人的な経験に基づくものです。あくまで一例であり、合格を保証するようなものではないことをご了承ください。

■推薦状をもらうために

 まずは推薦状ですが、これを簡潔に定義してみると、「推薦人が出願する学生の能力、研究者としてのポテンシャルについて、成績・研究能力に基づき下した評価」と言えると思います。推薦状は出願書類の中で最もばらつきがあり、多くの情報を含んでいるため、合否を決める重要なアイテムだと認識されていると思います。一般的に、出願先の大学に3通提出することが求められます。

合格のためには「強い推薦状」が必要です。出願する学生の研究・資質を良く理解していて、過去にPh.D.進学した学生に推薦状を書いており、ご自身も国際的に評価の高い雑誌に論文を掲載している先生に書いていただければ、説得力があり国際的な研究者コミュニティからも信頼性の高い強力な推薦状になりうると思います。

では、実際に強い推薦状を書いていただくにはどうすればよいでしょうか。以下では、現在学部生であるケースと、修士課程に進学しているケースについてお話します。

まずこの2つのケースに共通して重要なのは、学部・大学院の経済学や数学の授業、中でも推薦状を書いていただきたい先生の授業でよい成績をとることだと思います。成績は審査段階で必ず見られますし、推薦状を書いていただく際にも重要な要素だと考えています。

そのうえで、現在学部生である場合、登壇者のある程度一致した見解は、東大の経済学修士課程への進学がPh.D.に進むうえではよいのではないかというものでした。過去に東大の経済学修士課程から海外Ph.D.に進学された方が非常に多いので、先生方も説得力のある推薦状を書きやすい環境にあるためです。もちろん、先生方の層が厚いのもよい点です。ただ、学部生の段階で自身の研究分野がある程度定まっている場合には、その分野が強くてPh.D.進学実績のある大学の修士課程に行くのも選択肢の1つだと思います。たとえば一橋大学は、貿易・開発分野の教授陣の層が厚く、過去5年ではほぼ毎年トップ20の大学のPh.D.に進学する学生が出ています。

次に、東大の経済学修士課程以外に在籍しているケースについて私の経験も交えてお話ししたいと思います。。私が取り組んだ工夫として、1つはネットワークを広げること、もう1つは推薦者に依存しない評価を得るということです。

最初に、ネットワークを広げるための取り組んだことからお話ししたいと思います。Ph.D.進学を考え始めた時分から関連分野の学内外の先生方にコンタクトを取り,リサーチアイデアに関してフィードバックをいただきました。また、学内のワークショップに参加して発表者の方とも面会し、コメントをいただきました。ここで取り組んだことは、説得的にプレゼンするためのトレーニングにもなり、結果的に有意義だったと感じています。

次に、推薦者に依存しない評価を得るという点では、学会報告や査読付きの論文賞に応募しました。過去に受賞者がPh.D.に進んでいるところをねらって出して、うまくいけば推薦状に「過去の受賞者と同等です」といったことを書いてもらえる可能性が出るのではないかと考えて続けました。

■TOEFL、GRE

 次は留学の際に必要になるTOEFL・GREについてです。TOEFLについては、「100点以上をとるのがベター」というのが登壇者の一致した見解でした。日本での奨学金申請の基準が100点であるところが多いことと、募集要項に書かれている基準点よりもずっと高い点を持っている学生が合格しているケースが多いことが理由です。多くの学校の募集要項を精査したところ、105点以上であるならば、ほぼすべての学校で要求される基準の点数を満たせると思いますがより高い点数を取るに越したことはないと思います。対策には、ネット上の模擬試験を利用するのがオススメです。「TOEFL Resources」などで検索すれば、模擬試験や解説がたくさんみつかるので、十分な対策ができるのではないかなと思います。

GREについては、特にQuantitative(Q)とWriting(W)が重視されており、Qに関しては170点満点中169点以上、Wは6点満点中3.5点以上あるとよいと思いますが同様に高い点数をとるに越したことはないと思います。

■出願費用の実際

 次は出願費用についてです。以下の表1では、出願にかかる費用の一例を示しました。TOEFLを3回、GREを2回受験して、20校に出願したケースです。この場合最低でも3600ドルくらい、最大で5500ドルくらいかかると思います。また、フライアウト(審査してもらう大学への訪問)にかかるお金は学校によってさまざまなのですが、それなりに出願費用が必要だということを考慮に入れて準備されたほうがよいと思います。

表1 出願費用の例

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5 出願校はどう決めた?

菊池 星さん、非常にわかりやすくまとめていただき、ありがとうございました。今回、「どうやったら受かるのか?」などのより突っ込んだご質問もいただいています。しかし残念ながら、私たちは審査する側に回ったことがないのでお答えできないというのが正直なところです。たとえば、イェール大学の伊神満先生がご自身のホームページで「経済学PhD応募のコツ」(注) としてまとめておられる情報などがあるので、ぜひ参考にしてみてください。

次に、「どのように出願校を決めて実際に何校受験したか?」それぞれ簡単にご紹介していこうと思います。50音順に私からお話すると、トップスクール10校とマクロ経済学の強い4校を足して、14校受験しました。ほかの皆さんはいかがでしょうか。

立石 私の場合は、中堅校を中心に本当に行きたいトップスクールを少し加えるという形で選びました。推薦状をお願いした先生に相談して、開発経済学、政治経済学を学びたい場合に適した学校という基準で助言をもらって決めました。

寺本 私は記憶している限りで13校受けました。私も推薦してくださる先生と相談して、「ここに受かったらいいな」というチャレンジングな気持ちで4校、「ここくらいには受かりたい」という6校、加えて「このあたりなら受かるだろう」という3校を決めて、13校になりました。

袴田 私はアメリカの大学を中心に10校程度受験しました。その中でも、特にカリフォルニアにある大学にたくさん応募しました。自分の専攻分野に強い大学というよりは、気候や過ごしやすさという観点で選んだ面があります。地理的な好みで決めるというのもありえますね。実際、それで自分の気持ちのコントロールにもプラスになる部分はあるので、いろいろ選び方があっていいと思っています。

 私は20校以上出願しました。でもリサーチはきちんととして、トップ50校くらいまでの学校は全部調べて、その中で自分にあっていそうな学校を選びました。個人的に、暑さと花粉に非常に弱いのでそういう地域は除いて、アメリカ、カナダ、イギリスの学校に出願しました。

山縣 私の場合は、TOEFLとGREの点が全然足りなかったので、それで足切りをされない学校、あるいは足切りより下でも考慮すると要綱に書かれている学校から選びました。その中でランクの高い方から、当時はマクロ経済学に関心があったので経済成長論の研究ができそうな大学を選び、結局は8校ほどに出願しました。その中で合格したのがワシントン大学セントルイス校だけという形でした。

山崎 今日のメンバーは皆さん出願校が少ないと思ったのですが、私は出願時に先輩から「30くらい出したほうがいいよ」と言われました。ただ、お金の制約があったので、私も結局は10校程度しか出願できませんでした。選ぶ際には、自分が関心のある開発経済学や農業経済学の研究者がたくさん在籍されていて強い大学という基準で考えました。

6 留学には東大修士?

菊池 では次に、事前にたくさんご質問いただいたテーマである「Ph.D.留学するには東大経済の修士課程に行った方がよいか?」にお答えしたいと思います。これについては東大修士に行かれた寺本さんと、行かなかった山縣さんのお二人に伺います。

寺本 修士課程から東大に入学した立場としてお話すると、経験上は行ってよかったと思っています。でも、東大を経なければPh.D.留学できない、研究者になれないというのは間違っていて、別の大学であってもお世話になっている先生のところでしっかり研究ができる、Ph.D.に行けるという自信があれば、そこで研究を続けて能力を磨いていく方法もあると思います。東大修士ではまたコースワークがあったりして時間がかかるので、それを節約して早く研究者になるという道もありえます。

東大修士のよい点は、東大の修士課程は1年目にミクロ経済学、マクロ経済学、計量経済学というコアコースが整備されていて、コースワークの成績要件をクリアし、さらに修士論文の審査を経て、博士課程に進学できるという北米大学のPh.D.プログラムに近いスタイルをとっている点です。(このシステムが研究者養成の観点から良いか悪いかという議論は別として)東大の修士課程を経験することは、北米Ph.D.留学になじめるか否かを判断するよい機会になると思います。

もう1つは、他の大学院に比べて一学年の人数が圧倒的に多いという点です。コアコースの受講者は毎年、同学年で30~40人程度おり、さまざまな研究分野を専攻する同世代の学生と知識やスキルを共有し合えることは、東大修士課程に進学する1つの大きなアドバンテージだと思います。大きくはこの2点だと思うのですが、山縣さんいかがですか。

山縣 私は、東大修士を受験しなかった立場ですが、東大に行けばよかったなと思うことは多いです。修士は大阪大学でしたが、阪大の場合はPh.D.留学をする人自体が年に1人くらいです。こういう環境だと、目指しているということ自体も周りとシェアするのが難しく、「受からなかったら恥ずかしい」といった考えも持ってしまうことがありましたし、他の学生と協力して勉強し、英語試験の情報をシェアするといった環境もありませんでした。お世話になっている先生方の中に海外でPh.D.を取得されている方々も多いのでいろいろ聴きに行くことはできたはずなのですが、なかなかうまくできませんでしたね。なので、海外留学を目指す可能性のある人は、東大修士についても検討されるとよいのではないかと思います。

一方で、神戸大学や大阪大学の修士・博士課程は本当にいいところだったということは強調したいです。

7 社会人経験はPh.D.留学に活かせる?

菊池 お二人とも、ご自身の経験に基づいたリアルな情報をありがとうございました。次は、「なぜ社会人から修士に戻って出願したのか?」「社会人からPh.D.に出願するのは大変か?」というご質問にお答えしたいと思います。1つめは金融機関での勤務経験のある袴田さんにお答えいただき、2つめは世界銀行で働きながら出願された立石さんにお答えいただきます。また、「出願時に社会人経験はどう扱われるのか?」といった点についてもお話いただければと思います。まずは袴田さんからお願いします。

袴田 なぜ修士に戻ってからPh.D.出願したかという点ですが、私の場合はこれが必須でした。学部は法学部で法律学を学んでいたので、経済学や数学の授業を1つもとっていなかったからです。合格には経済学のコアコースや数学の授業でよい成績をとることが大事ですが、それらを履修していなかったために修士に行く必要がありました。

もしかしたら出願準備だけなら社会人のままでも可能なのかもしれませんが、今は私の時と状況が変わっている可能性もあります。最近はプレドクなど、直近の研究経験や実績が重視される傾向もあるので、フルタイムで働きながらそれを同時並行でこなすのは難しいかもしれません。直近の状況をふまえてご検討いただければ幸いです。

次に、出願時に社会人経験が評価されるかという点です。Ph.D.とMBAなどではまったく異なっていて、Ph.D.の場合は国際機関や中央銀行などの研究部門で仕事をしていたケースやプレドクをやっていたケースを除けば、合否において一切プラスにならないと思います。むしろ、研究からのブランクだと受け取られネガティブに評価されるリスクもあります。社会人経験を長く積んだ人は、そのブランクをどう埋め合わせて他の学生と同レベルまで持っていけるかを面接などで聞かれたりするようです。

菊池 ありがとうございます。私もまったく同感です。次に世界銀行で働いている立石さん、特に勤務しながら出願した難しさやタイムスケジュールについてお願いします。

立石 私の場合は、世界銀行で、フルタイムで働きながら出願しました。9月の時点で英語試験のスコアを揃え、SOPも書き終えていました。そのうえで10月頃に先生や先輩に添削していただきました。11月の出願直前に急に仕事が忙しくなり平日に出願準備に充てる時間がなくなってしまい、結果的には余裕を持って準備をしていたことに助けられました。働きながら出願する場合には仕事の状況に左右される可能性を考えて、早めに準備しておくのがよいと思います。

8 海外Ph.D.生活の実際は?

菊池 次は大きく話題を変えて、「実際に進学した後にPh.D.プログラムではどんなタイムスケジュールで学び、どんな生活をしているか?」という点についてご紹介していきたいと思います。

まずは山縣さんから概要をご説明いただき、次に皆さんに日常の様子をご紹介いただきます。では山縣さん、よろしくお願いします。

山縣 一口に経済学Ph.D.といっても、大学によっても時代によっても必須要件や生活、タイムライン等はさまざまなので、ここではあくまでも私が所属するワシントン大学セントルイス校での経験や仕組みに基づいてお話します。まず私の場合は、9月に入学する前の夏に現地へ行き、最初に数学や統計学の授業を受けました。

次に、1年目はコアコースとして主にミクロ経済学、マクロ経済学、計量経済学に取り組みます。うちの大学の場合は間に数学の授業も入りました。

ここで、今日たびたび登場している「コアコース」について詳しくお話しておきます。コアコースとは、その大学が期待する水準の基本的な経済学を学ぶ授業です。私たちはこれを乗り切るために、院生たちでグループをつくって一緒に勉強しました。宿題を一緒に解き、わからないところをシェアして教えあったりします。一般的にもそういうケースは多いと思います。私の場合は決まったグループに所属していたわけではないのですが、いろいろな学生と議論し、夜中まで学校でホワイトボードを使って勉強していました。全員が同じ時間帯に生活して、同じ時間帯に授業が終わるので、みんなで集まってパーティーするなど楽しい時間でもありました。この時間が孤独になってしまう前の最後の幸せな時間だからしっかり楽しんでおくといいよ、と私も助言されました。成績の要件が厳しくてつらかったのですが、みんなで必死になって一緒にわいわいできるという意味では楽しくもありました。

2年目には「プレリム(preliminary exams)」という試験があり、さらに専門科目を学ぶフィールドコースの授業を受講して、リサーチペーパーの準備もすることになります。プレリムとは、これも大学によって異なる面は多いですが、これに落ちると大学院に残れなくなるという試験です。これに落ちた場合、その時点で取得単位が所定の要件を満たしていれば修士号をもって卒業することになります。コアコースの成績がよかった人は試験が免除される大学院もあります。また北米全体として、追い出される割合は下がっているという噂もあります。ともあれプレリムは、その後の5年間に及ぶPh.D.コースの最初の関門で、学生の中で明確にランク付けされるものでもあります。このランクが博士論文のパフォーマンスに影響するわけではないとは言われますが、プレリムの存在は学生にとっては大きなプレッシャーになっています。

3年目にはリサーチペーパーを書き終えて、フィールドコースを続けて受講しつつ、博士論文の準備が始まります。4年目は博士論文の準備を続けつつ、「job market paper」というアカデミアの就職市場で審査対象となる論文の準備を始めます。そして5年目にjob marketに行く(アカデミアでの就職活動をする)ことになります。これが終わると、博士論文審査があって、認められれば博士号(Ph.D.)の取得となります。

ここでjob marketについてもご説明しておきます。北米の経済学Ph.D.の人たちは、ある程度統一的なjob marketに出ていくことになります。だいたいは5~6年目になりますが、最近は7年目に出る人もいます。それまでにjob market paperを準備して、候補者(job market candidate)になります。このjob market paperのクオリティが非常に重視されており、この執筆に最大の努力を費やすことになります。就職先の大学側も、学生の最大のパフォーマンスを期待して審査し、採用してくれるという形です。毎年冬に行われるミーティングに参加して、そこで面接等を経て、フライアウト(大学訪問)などの機会に各地に赴いて先生方と面談等をして自分を売り込んでいって、採用の可否が決まっていきます。

以上、駆け足ではありますが、ざっくりとワシントン大学セントルイス校の事情に基づいて、Ph.D.プログラムの5~6年間の生活をご紹介しました。繰り返しになりますが、この点は大学によって大きく異なることが多い部分です。詳しくは各大学のウェブサイトに「Graduate Requirements」という形で情報が公開されていますので、関心のある大学についてぜひチェックしてみてください。また、job marketについてはアメリカ経済学会(American Economic Association:AEA)のウェブサイト「JOE Network」にも詳しく書かれていますので 、こちらも参考にしてみてください。

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9 Ph.D.はどれくらい勉強・研究する?

菊池 ありがとうございました。5~6年続くPh.D.プログラムの全体像がおわかりいただけたのではないかと思います。次は、「勉強・研究と余暇時間の配分はどれくらいか?」「北米での生活はつらくないか?」といったプライベートに関するご質問もいただいているので、全員でこれにお答えしていきましょう。

また50音順に私から、普段の生活はどうなっているかというと、平日はほぼ一日中机に向かい、土日のどちらかは半日休むことにしています。他の皆さんはいかがでしょうか。

寺本 私の場合はそんなに時間配分をはっきり決めないので、土日なども関係なく状況に応じて仕事や研究をしています。でも、余裕があったり疲れてしまったりしたら平日でも突然ふと休むときもあります。リサーチアシスタントやティーチングの仕事がある場合は別ですが、余暇と研究の配分が外から決められるようなことはあまりないので、きっちり身体だけでなく心も休む時間をつくるというのは、長く研究を続けるうえでは大事だと思います。

一方、1年目はコースワークがあるので高校生みたいな生活でした。平日は朝から晩まで学校に行き、夜に宿題をやるという生活をずっと繰り返して、学期末には試験を受けます。

袴田 1~2年目は寺本さんがお話された通りで、3年生になったら楽になるのではないかと考えていたのですが、実はそうではありませんでした。この時期から自分で研究を進めるステージになっていくのですが、そうするとどんどんオンとオフの差が曖昧になってきて、結局ほとんどの時間を研究に費やすような形になっています。コロナの前は大学のキャンパスの中に住んでいて、朝起きてから夜の12時ぐらいまでずっと研究して、深夜に帰って寝て起きて……、という暮らしです。

でも、全員がそういう生活だというわけではなくて、友人の中には頻繁にサーフィンに行ってオン・オフをうまく切り替えている人もいるので、どうすれば生産性を上げられるかを自分で考えていくのが重要だと思います。

 私は今年入学したばかりで、今は日本からオンラインでコアコースを受講しています。学期が始まった当初は北米西海岸の時間にあわせて生活をしていたのですが、いろいろ限界が来てしまったのでそれはやめて、今は基本的に録画を日本時間に見ています。1年目なので授業は忙しいのですが、先ほど寺本さんがおっしゃったように高校生の受験勉強みたいな感じでやることは決まっているので、比較的気楽に生活できています。 余暇と勉強については私もあまり分けるタイプではないので、朝起きたら料理したり走ったりといった時間を細々といれながら、週末の夜は勉強はやめて全然関係ない分野の本を読んだりしています。今は勉強ばかりでなかなか研究に時間が割けないのですが、余裕があれば論文を読むといった感じで、それが自分にとっての余暇になっています。

村上 私の場合は、勉強や研究と趣味の時間が区別しづらいです。特に経済史が専門なので、経済学の論文ではなく図書館に行って歴史資料を探したり、いろいろな古いデータベースの中身を見たり、歴史の本を読んでいる時間も多いです。私にとってはそういう時間は趣味なのですが研究の材料を探している時間でもあるので、研究といえば研究です。でも、楽しんでいるだけという感じもあります。研究の段階によって時間の使い方はかなり異なっていて、初期の段階で歴史資料を探す場合はそういうところに時間をとられますが、材料が揃っていざ論文を書く段階になると1日中パソコンに向かっています。

ただ、体調管理は非常に重要だと思っていて、生活時間を除いても1日の中で絶対に4時間程度は研究と関係ないことをするようにしています。現在北米のPh.D.は5、6年、時には7年かかると言われています。非常に長いので、体調や精神面を崩してしまうと続けられなくなってしまいます。体調管理のため、毎日1時間以上は歩くようにしています。寝る前の2時間はメールなども一切見ないように、研究に関わることもしないようにして、良質な睡眠時間を確保するように心掛けています。

山縣 私も余暇と研究を結構混ぜこぜにしてしまうタイプで、疲れたらのんびりしたり、それこそずっとYouTubeを眺めていたりする時間もあります。研究では数式をゴリゴリといじって証明をやることがあるのですが、気分が乗らないと何も浮かんでこないので、どうやって自分をおだてて乗せるかを模索しています。証明をゴリゴリやるマインドになる瞬間を一生懸命探しているという感じです。そこをみつけるのになかなか苦労しているのですが。

山崎 私も皆さんとほとんど同じで、起きているときは基本的にずっと勉強や研究のことを考えてしまっているのですが、コロナ以前は、週に1回は友人とコーヒーを飲みながら、研究の進捗とか、夢や悩みなんかを共有してエネルギーをチャージする時間をとるようにしていました。現在は、近所に住んでいる友人と空き時間に散歩したり、週末にZoomで友人と話したり、そういう形で息抜きをしています。

10 研究活動のどこにやりがいを感じる?

菊池 皆さんありがとうございました。次はいよいよ最後のテーマです。「どのような充実感・やりがいを得て、研究をしているのか?」というご質問をいただいています。寺本さんから、いかがですか。

寺本 なかなか難しいご質問でうまく答えられるか心配ですが、自分のアイデアや成果物を発表したときに、理解してくれたり興味を持ってくれたりする人を意識してやっています。マクロ経済学では特にアプローチについていろいろな意見が出て、なかなか納得してくれない人も多いのですが、中には理解してくれる人もいます。もっとよい論文が書ければすぐに多くの人に理解してもらえると思うのですが、プレゼンがうまくいかなかったりしても、まずはその理解してくれる人に向けて論文を書こうと思ってやっていくことで、自分の中に虚無感のようなものが生まれないようにモチベートしています。やはり研究は、いかに自分をモチベートしながら続けていくかが大切で、ダラダラやってもよいアイデアは出てこないので、フレッシュな気持ちで集中してやる環境を自分の中でつくれるかを日々考えながらやっています。

袴田 私も寺本さんとかなり話が近いのですけれども、3年生以上になると研究を消費する側から、自分で研究を進めて生産する側にシフトしなければならなくなります。それで、セミナーや学会で発表したり、学生のワークショップで議論したりと、いろいろな機会で自分の研究について話をするのですが、その中で面白いと言ってもらえたり、フィードバックをもらって自分の中でうまくつながったりとか、そういう一瞬一瞬がすごく楽しくて、「ここまで来てよかったな」と思います。この点がやりがいを感じるところです。

特に最近、自分の専門分野である金融政策の分野ですごく有名な先生が学校にいて、その先生の指導を受けたくてここの学校に来たのですが、その先生から彼が書いた論文についてコメントを求められて、それを論文に反映してもらえる機会がありました。自分がすごく尊敬していた先生に認められたときは、研究分野に貢献できた気がして本当にすごくうれしくて、自分をモチベートできる機会になりました。

村上 私の場合は経済史が専門です。直接現在の政策に直結するものではありませんが、世界で誰もやっていない自分だけの研究ができるということが楽しいです。

もちろん研究は仕事なので、人に伝えて評価してもらうことが重要です。自分が面白いと思っていることをどう人に伝えるかは日々苦心しますが、留学して日々いろいろなセミナーに出て、アドバイザーと話しをしていると伝え方も磨かれていきます。その点は留学の大きなメリットだと思っています。

自分で締切を設定しないと、なかなかアウトプットを出していけないという面もありますが、私が思う研究者の醍醐味はやはり自分がやりたいことをやれることだと思っていて、それ自体がやりがいです。

山縣 私の場合は、やりがいというよりは単に経済学が好きなので、息をするように経済学で戯れている感じです。モデルを考えて、自分で仮定を考えていじっているときが一番楽しいので、「この仮定をこう変えたら、こういう結果に変わるんだ」「すごく面白い研究だと思ったけど、この結果はあの関数型に依存していたんだ」といったことを考えているときが一番楽しいです。社会的の役に立ちたいとか貢献したいとかは、そういう思いがないわけではないですが、それ自体が大きな人生の目標になるわけではなくて、日々「経済学は楽しい。この数式と戯れているのが楽しい。この仮定、この均衡条件が楽しい」みたいな、そういうところからモチベートされています。

菊池 ありがとうございました。皆さん個性的で多様なモチベーションで日々研究、勉強をされていることがわかりました。決してどれかが正しいというわけではないと思っており、誰かのどこかの部分に共感していただけたらうれしいなというのが登壇者一同の思いです。

ご視聴いただいた皆さん、夜遅くまで本当にありがとうございました。

[2020年11月14日収録]

■開催後記

パネリストの皆様を含めて様々な方々の協力を得ながら、この企画を皮切りに、経済学Ph.D.についてのアウトリーチ企画を行ってきました。個人的には、一連の企画を通じて、経済学Ph.D.の実情、特に現役学生の個性的で多様なモチベーションとバックグラウンドをお伝えすることで、より幅広い方々に経済学Ph.D.進学への関心を持っていただければと思っております。その他の企画も個人HP(リンク) に掲載しておりますので、ぜひご覧ください。

[菊池信之介]

(掲載誌=『経済セミナー』の最新号はこちら)

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