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ML Shenzhen 2018 [後編] - 'ラボ'と'工場'を、'実装すること'を尺度に地続きで繋ぐ研究のあり方 -

(嗚呼…前編を公開してから半年以上が経ってしまったし、深センに行ってから一年…遅筆どころではない。。。)

前編のnoteでは、MIT Media Lab(ML)の研究プロジェクト、ML Shenzhen(研究者・学生を1ヶ月深センの工場に派遣し、現地で研究を進めるという実験的な新しい研究のアプローチ)について、参加者としての主観的な視点で取り組みの概要を紹介した。

今回の後編では、研究者が工場で研究をする意義や価値はどこにあるのか!みたいなことを客観的に書こう、、、と思ってたのだが、半年あまりそんなものをどう体系的に書くものかなあ…と、手がついていなかったわけだ。だが最近、ふとしたことがきっかけで書き方がわかった気がしてきたので、やっと書いてみようと思う。

'実装すること'の定義と尺度
をキーワードに説くことを試みる。

1. '実装'ってなに? - 多様な'実装'の解釈

いきなり中国の工場から話は変わるのだが、ちょっと聞いてほしい。少し前に、ラボの企業からの訪問研究員の方と話した内容なのだが、、

皆さんは、'実装'という言葉の意味をどのように捉えているでしょう?

その訪問研究員の方は、ラボの中の何人かの人にその質問を聞いて回ったそうだ。そうすると、エンジニアや研究者などその人のバックグラウンド・分野によってのその解釈・定義が異なるのだ。

たとえば、

① 研究者やMakerタイプの人は、アイデアだったものを、体験できる形に落とし込んだプロトタイプ(試作物)に作り上げることを'実装'と言う。

② 企業のSEのようなタイプの人は、仕事として受けとった仕様書や設計図から、製品のプロトタイプ(あるいは製品そのもの)となるモノ(ソフト・ハード)を作り上げることを'実装'と認識する。

③ また、企業でもよりコンシューマーやユーザに近い職をしているような人は、試作・開発段階にあるものを社会に展開し実際に人に使ってもらうようにすること、つまり'社会実装'と捉える人が多いそうだ。

なるほど、'実装'の定義が多様なのはなんだかおもしろいぞ。社会一般だと③の認識が多いのだろうか?ラボ・大学界隈だと①かなと個人的には思う。職種というか人によっても全然違うかもしれないが、まあどれが正しい・間違ってるということを議論したいのではない。

備考として、実装の定義について少し調べてみると、定義そのものが変遷・拡大してきているという記事も出てきた。広辞苑に載ったのも1998年が初めてだそうで結構新しい言葉のよう。ググって一番上に出てきたgoo辞書の定義装置などを構成する部品を、実際に取り付けることetc)だと、上の②に近いようだ。

2. '実装すること'の尺度

僕の気づきとしては、これら多様な'実装'は、"形になってないアイデアや思考を、実際の環境・社会への実現に近づける" という意味で共通していること。そしてさらに、それぞれの'実装'がその実現へと近づける中で異なるレイヤー・段階を指しているということだ。つまりは、あるアイデアを'どれだけ実現に近づけたか'ということを尺度に、①も②も③もそれぞれ段階的に位置付けることができるのでは?という気づきだった。そもそも実装という言葉を分解してみると、'実'を'装う'という解釈ができて、この解釈の広さがおもしろい。(というか漢字・日本語の解釈の多様性がおもしろい。)

僕の気づきを、'実装すること'の尺度と定義し、そんな一次元の尺度にいろんな'実装'をマッピングしてみたのが以下の図だ。(文章より、こっちの方がわかりやすいかも。)

左は全く実装されていない状態[人のアイデア・思考段階]で、右は実装されまくっている(?)状態[環境・社会に展開されている段階]を表す。この図では少しでもアイデア・思考が頭の中から出てきたら'実'に近づいているとして、その程度は低くとも、'実装'と捉えている。尺度といいながら、それぞれ数値化できる話では無いので、細かい位置付けは適当だ。

例えばこれに先ほどの①②③の実装をマッピングするならば以下の図のようになるだろう。

この図では、メインの軸上には、様々なプロトタイピングの手法(アイデアを形にする手法)を段階的に位置付けている(スケッチ、フィジカルプロトタイピングからDeployableプロトタイプなど)。僕が普段やっているような研究的なプロトタイピングが中心にリストアップしてるが細かくは他にもあるだろう。図の下半分はリソース(時間・お金・環境・道具など)、上半分は、アウトプットスペース(いかにその形にしたアイデアを世に出していくか)を表す。

僕自身の研究やML Shenzhenが背景にあるので、ハードウェア・デバイス系の実装・プロトタイピングを中心にプロットしているが、ソフトウェア・アプリ系だとそもそも工場はいらないし異なるスケール・スピード感だろう。
'実装'の英語訳は、一般的に辞書だとImplementationになるのだが、ここでの解釈としてとりあえず今はRealizationとしている。ラボで他の人に聞いたらPractitionもいいかもと言われた。確かに。

左側の'実装'はリソースが少なくてもできるが、右に行くほどリソースが必要になり、右側の'実装'を大企業が担うことがこれまでの、社会・市場の通念だろう。最近だと、クラウドファンディングなどネットを利用してリソースが集めやすくなってきたため、壁は薄くなってきている。

3. '実装'のための道具の発展と、ラボと工場の'隔たり'

最近では、技術と市場の発達によって、左側の'実装'のための道具がかなり充実・普及してきた。ソフトウェア系だと、スマホで映像編集する女子高生やYoutuberの小学生がいたり、アプリ開発などで起業する小・中学生も耳にする。ハードウェア系も、様々なツールが電子工作のハードルを専門外の人が使えるまで下げたし、大学の図書館にも3Dプリンタが入っている時代だ。

僕のような研究者・学生もそんな恩恵を受けて、3Dプリンタなどの道具を当たり前のように使いながら、アイデアを形にする'実装'の日々。しかし、やはりまだ壁が厚いのは、これをどう右側の'実装'に移行させるか、ということ。特に前の図でいうと、ラボとファクトリーの間にはまだまだ大きな'隔たり'があるのだ。

そう、そういう意味で、ML Shenzhenにはとても大きな意味がある(お待たせしました)。'実装すること'を尺度にしたときに、'ラボベースのプロトタイピング'と、'工場での大量生産'の間を地続きに繋ぐことこそがML Shenzhenという試みの価値なのだ。メディアラボ自身が研究のスローガンとして提唱してきた Demo or Die、またそこからシフトしたDeploy or Dieもこの尺度・ベクトルに連続的に綺麗にハマる。

4. 様々な'隔たり'の埋め方

この'隔たり'の埋め方は結構色々あって、ML Shenzhenではいくつかのテーマを掲げながらいろんな埋め方を広く模索しているのがおもしろい。前編でも書いた内容だが簡単にまとめると:

Hacking Manufacturing:研究者が工場の製造工程そのものをハック・改変し新しい価値を模索する。(工場設備ベース)

Research at Scale
:研究者の研究そのものを様々な工場を横断して、大量生産可能にする。(研究テーマベース)

最近慶応SFCの田中先生が提唱されたFactory Scientistという新しい職のあり方およびその育成プログラムも、ラボと工場のギャップを埋める新しい試みだと思う。(これは、研究者視点というよりは、町工場視点でラボが持つデジタル・IT専門知識・ハンズオンスキルを獲得してもらうアプローチ。)

僕がいるHCI系の分野でも、GoogleATAPのProject Jaquardをはじめに、工場でのプロトタイピングを経た研究成果が論文として発表されており、'実装の尺度'を大きく横断している。日本の町工場と大学のコラボなどもよく聞く話ではあるし、他にもアプローチ的に面白い事例があったら教えていただきたい。

個人的には、特にハンズオンな研究者のプロトタイピングのサイクル(下ツイート)に、工場という環境がいかに介入してくるのかが興味がある。上の図では様々なプロトタイプのあり方を一直線に並べたが、実際は 【考えて、試作して、大量生産して、はいできた!】 みたいに一直線にできるものではない。作って考え試して作って考えて...。そんなサイクルの中に、工場が入ってくるとどうなるかなーという興味・好奇心。

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最後に、このようなラボと工場の壁を取り払うような未完成で特殊な研究のあり方は様々なネックがある(お金、時間、工場の利益・余裕etc)。ML Shenzhenはラボの資金や看板のおかげでできている部分も少なからずあるはずだが、MITでなくともこんな実験的な研究ができるようなプラットフォーム(仕組み・環境・文化etc)そのものも、'実装'していかなければならないのだろう。

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