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【成長】人に嫌われることが恐くなくなってきました。

今日は自分(37歳男性)のことについて書きます🙇
2000字を超えてしまいました💦

息子たちは元気ですが、あせもが出てきて、かわいそうです😢
毎日暑いからね☀️
公園に行くにも、涼しい時間帯を狙って行く日々です🥵



さて、37年間の自分の人生を思い返すと、僕はかなり人の目を気にしていたように感じている。

「これを言ったら、相手はどう思うだろうか?」
「今の行動はまずかったかもしれない。」

相手を想うことは素晴らしいことだが、過度に相手を気にすることは美徳にはならない。

さらに厄介なのが、

「嫌われたらどうしよう」

と不安になっていたことだ。

恋人、友達、同僚、先輩・後輩などなど・・・
嫌われることが恐いから、相手にしがみつく。執着する。好かれるために我慢する。言いたいことがあっても、ぐっと飲みこむ。こらえる。そんな20代だった。

けれども、30代を過ぎてから相手に執着することが少なくなってきた。特にここ最近は、嫌われてもまぁいいかとどんと構えることができつつある。

「嫌われても大丈夫」と思えると、自分らしくあれる。自分は自分でいいんだ、という感覚が湧いてくる。言いづらいけれど言わなければならないことを相手にしっかり言うことができる。自分の考えを、思いを正直に伝えることができる。ありのままの自分を認め、すがすがしい気持ちになれる。

今まで、人に嫌われないように、あんなに気にして生きてきたのに。我ながら、よい成長を遂げていると思う。自分で自分をほめてあげたい。


**


とても大きな気づきの一つに、

「言うべきことを言う」

ということがある。

嫌われることを恐れていると、相手に意見することを遠慮してしまったり、避けてしまったりするようになる。

自分の意図をくんでくれなかった恋人、自分勝手に振舞っているように見える友人、思い通りに動いてくれない同僚などに対して、言うべきことを言えていない。伝えるべきことを伝えていない。「こちらの真意を理解してくれるだろう」と言いづらいことを避けてきた。

「穏便に収めよう」「自分が折れて丸く収めよう」とこれまでの自分はしてきたのかもしれない。けれども、自分の心の中では納得していない。ずっと心の中に残っている。くすぶっている。わだかまりが溜まっていく。

そして、言うべきことを言わないと相手には伝わらず、問題は解決されることはない。未解決のまま、問題はどんどん大きくなっていく。

言うべきことは言ってよい。分からないことは聞いてよい。


***


嫌われるのが恐くなくなると、相手に言うべきことを言えるようになる。そうすると、相手との関係が悪くなってしまう可能性もある。

昔の自分なら、ずっと落ち込んでいたと思う。いてもたってもいれなくて、自分から謝ったりしたかもしれない。

それだけ、相手にすがっていたのだと思う。

一人になるのを恐れて、相手に執着していた。

けれども、最近は一人になることを避けなくなってきた。自分が自分らしくいれるのなら、嫌われることは恐くない。言うべきことを言ったのなら、嫌われても仕方がない。その結果、一人になっても大丈夫。離れていく人に固執しない。そう自然に思えるようになった。心の底から自然に溢れる感覚がある。

結局、友達も仕事仲間もずっと一緒なんてありえない、と気づけたのかもしれない。言うべきことを言ってよりよい関係性をつくっていくような、お互いの努力がなければ人間関係なんて続かないのだ。

お互いが固執せず、自立している者同士は、きっとよい関係を築きながら人生を歩んでいけるのだろう。おそらく、「どこまでも一人だが、どこまでも二人」という感覚なのかもしれない。

昔は、「人生どこまで行っても一人」ということが分かっていなかったのだと思う。でも今は、結局自分が一人だということを認め、受け入れることができつつある。自分が自分であるのならば、人に嫌われても大丈夫。それは一人になることを恐れないということなのだ。そして、自立することができれば、その人はよりよい人間関係を作っていける。


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けれども、どうして最近になって自分の心に変化が起きたのだろうか。

20代のときほどではないが、30代になっても、言うべきことを言わず、トラブルを避けることは少なからずあった。相手に嫌われないよう、穏便に丸く収めようとしたこともあった。

嫌われることが恐くなくなった要因。

それは、嫌われて一人になっても大丈夫だという「心の支え」が見つかったからではないかと思っている。

その心の支えは「家族」である。

本当に大事にしなければいけないものは、僕にとっては家族である。そういう思いが以前よりもどんどん増している。

長男が生まれて2年半、次男が生まれて半年、妻とともに4人家族になった。そして4月からは育休を取っている。仕事をせず、一日中家族で過ごす日々を送っている。長く一緒にいると停滞してしまうときもあるが、それでもとても幸せな毎日である。この家族がいてくれるのなら、失うものは恐くないという感覚がある。

特に、息子の存在は大きい。僕は息子たちに対して求めるものはほとんどない。息子が息子であればいい。表現しづらいのだが、息子が息子であることとか、息子がそこにいてくれることそれ自体が僕に大きなパワーを与えてくれている。

ちなみに妻にも感謝している。ただ妻は大切な存在であるけれども、どこまでいっても他人であるので、努力してよい関係を築く必要がある。これは感覚的に息子とは違っている。夫婦はお互いに言うべきことは言って、自立し合った関係をつくっていかなければならない。

ゆえに、妻に嫌われないようにして言うべきことを言わないでいるようではいけない。すがってはいけない。これは息子にも然りである。家族にすがってはいけない。

妻に嫌われようと、息子に嫌われようと、言うべきことは言っていく。一人であるが、家族とともにある。そんな人生をつくっていきたい。





おしまい

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参考文献↓
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