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chocolat test #シロクマ文芸部

「チョコレート?」
金庫の前で俺は途方にくれていた。

タワーマンションの一室。
羽振りのよさそうな住人の留守を見計らって、俺は部屋の中に入り、程なく金庫を見つけた。
泥棒を生業なりわいとして十年以上が経つ。
セキュリティに守られたマンションも、金庫に守られたお宝も、俺にとっては簡単に入れるし、簡単に盗み出せる。
ただ……金庫の中に入っているのが、チョコレートだとは、夢にも思っていなかった。

俺はチョコレートを手に取ってみた。
金庫の中に入っているぐらいだから、よほど高価なチョコレートなのだろう。
濃厚なカカオの香りにも誘われて、俺は欲求を抑えきれず、チョコレートを口にした。

「うまい……」
思わず俺はつぶやいた。
甘ったるくない、少しビターな味わいのチョコレートが、俺の口の中で溶けていく。
溶けたチョコレートが全身に行き渡るような感じを俺は味わった。
頭から足先まで、チョコレートが浸透し、心なしか痺れるような感覚が……。

「テストはうまくいきました」
この部屋の住人である青年は、金庫の前で倒れている男を見下ろしながら、電話で誰かと話している。
「えぇ。怪しまれずに口にするかと。このチョコレートを贈り物として……」
青年はどこか誇らしげな声だ。
「はい? あぁ、テストをした男のことですか。大丈夫です。ちゃちな泥棒なんで、いなくなったところで……」

小牧幸助さんの企画に参加させていただきました。

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