渡辺大輔・新刊『さよならデパート』全国書店にて発売中

山形県山形市で、料理店と出版業を営んでいます。 著作『キャバレーに花束を』『この街は彼…

渡辺大輔・新刊『さよならデパート』全国書店にて発売中

山形県山形市で、料理店と出版業を営んでいます。 著作『キャバレーに花束を』『この街は彼が燃やした』 新刊は、2020年1月に自己破産した大沼デパートの盛衰を追うノンフィクション『さよならデパート』です。 全国書店・ネット書店にて販売中(流通:トランスビュー)。

最近の記事

「さよなら」——『さよならデパート』ができるまで(最終回)

父は、私が25歳の時に突然亡くなった。 実家から離れて、とはいえ車で15分かからないくらいの所にある借家に住んでいた頃だ。工業団地の木工会社に勤め、キッチン用の吊り戸などを組み立ていた。毎日握る電動ドリルやゴムハンマーのおかげで、腱鞘炎になるわ指が太くなるわで、「生活のために健康を支払っているのだ」なんてことを考えたものだ。 その日は休みだった。 友人の結婚式が開かれ、盛り上がりは3次会まで続いていた。 ふと携帯電話が鳴る。珍しく弟からだった。 祝いの場だし、いつもなら翌

    • 「日曜日」——『さよならデパート』ができるまで(25)

      本作りの仕上げが「校正・校閲」だ。 誤字脱字を見つけたり、事実関係に間違いがないか確かめたりする作業なのだけど、これが「地獄」と呼ぶにふさわしい。 いや、他の人が書いたものなら割と楽しいのかもしれない。 新しい情報に接することができるし、 「あっ、『証明』が『照明』になってるよ」 とか言って、間違いを見つけるたびに純米せんべいでもバリバリやっておけばいいのだから。 まあ、ミスを見逃したら著者に対して責任が発生するのだから、気楽なはずはないのだけども。 ともかく、自作の見直

      • 「さよならデパート」——『さよならデパート』ができるまで(24)

        ずいぶんと間が空いてしまった。 理由は明らかで、新作を書いていたのだ。 ビールと一緒に日本酒を飲む、とかだと難なくこなせるのだけど、文章に関しては同時に進めることがあまりできない。一方の世界に夢中になってしまうからだろう。とはいえ、そうも言っていられない原稿依頼を頂戴したりもしたので、同時進行にも挑戦していきたいと思う。 今書いているものについて少し触れると、次作は「戦後のとある温泉町」を舞台にしたノンフィクションだ。 置屋がひしめき、芸者たちが旅館をにぎわし、遊郭が男た

        • 「家族」——『さよならデパート』ができるまで(23)

          本文の完成は間近だ。 考えなきゃいけないのは装丁だけじゃない。 いずれ仕上がる本を「どこで売るか」についても検討しなければならなかった。 『キャバレーに花束を』『この街は彼が燃やした』の過去2作は、主に山形市内の書店さんに直接交渉し、委託販売をしていた。 「委託販売」とはつまり、実際にお客さんが買ってくれた分だけの売り上げを受け取る、という仕組みだ。 例えば◯◯書店さんに30冊を委託したとする。 しばらく売り場に並べてもらって、3ヶ月後に20冊が売れていたとしたら、その分

        「さよなら」——『さよならデパート』ができるまで(最終回)

          「脱落」——『さよならデパート』ができるまで(22)

          平成編の始まりだ。 章題が示す通り、昭和期に大沼と斬り合ったライバルたちが、新しい時代になぎ払われて次々と脱落してゆく。 ミキさんという協力者を得たのに加え、ここまで来ると資料調査が格段に楽になる。平成以降のことはネット上でさまざまな情報が手に入るし(もちろん精査は必要だけど)、何より図書館に行けばキーワード検索で目当ての記事を探し出すことができるのだ。 例えば山形新聞のデータベースを使用したとしよう。 検索窓に「大沼」と入力すれば、大沼について書かれた記事が画面にずらっ

          「脱落」——『さよならデパート』ができるまで(22)

          「炎は消える」——『さよならデパート』ができるまで(21)

          長かった昭和が、この章で終わる。 山形中心街の戦後を牽引してきた人間たちが、次々とその寿命を燃やし尽くす、書いていても悲しいパートだった。 さて以前書いたのだけど、次章の平成からはやや語りの視点を変えようと考えていた。第三者としての俯瞰では新聞のつなぎ合わせと似てしまう。それならすでに出ている記事で事足りるわけで、本にする理由がない。何より読まれる方が飽きてしまうかもしれないと考えたからだ。 もっと生々しく、大沼の中に居た人の目で終焉までを描きたい。 『さよならデパート』

          「炎は消える」——『さよならデパート』ができるまで(21)

          「灰から灰へ」——『さよならデパート』ができるまで(20)

          ある事情により、この章については書くのをしばらく保留していた。 そうしているうちに配慮すべき理由も薄くなってきたものだから、先に進みたいと思う。 今年の4月に『さよならデパート』を発表してから、ありがたいことにさまざまなメディアが取材を申し込んでくださった。 「渡辺さんが、一番印象に残っている場面はどこですか」 こういった質問をされることが多い。 たいてい私は「酒田の話です」と答えてきた。 この本の主題は「山形本店の創業から破綻に至る物語」なわけで、記者さんもそれにまつわ

          「灰から灰へ」——『さよならデパート』ができるまで(20)

          「事件」——『さよならデパート』ができるまで(19)

          この辺りから、長かった昭和編の終わりがかすかに見えてきた。 実は、明治・大正編が割とさくさく進んだので「発売日は2022年1月26日にしようかな」などと考えていたのだ。大沼デパートが営業を終了した、ちょうど2年後に当たる。 見積もりは甘かった。 この前、庄内出張へ行った際に、ホテル近くのスーパーで「モンブラン大福」なるものを見つけて買った。いちご大福のように、大福の中身がマロンクリームというわけじゃない。大福の上に、モンブランがどっかり腰を下ろしているという凶悪な品だ。 酔

          「事件」——『さよならデパート』ができるまで(19)

          「激突」——『さよならデパート』ができるまで(18)

          「そうじゃない方も多いはず」と前置きをした上で告白するけども、私にとって文章を書くこと自体は楽しい作業ではない。はっきり言って苦痛ですらある。 それでも本を作るのは、出来上がって、読んでもらって、面白かったと感想をもらうという一連が非常に刺激的だからだ。 飲み会の前に水分補給をがまんしているようなものだろうか。体じゅうがしびれるような1杯のために、ひたすら苦しみに耐えているのに似ているかもしれない。 音楽ライブみたいに、1行書くごとにお客さんの歓声でも上がればもっとモチベー

          「激突」——『さよならデパート』ができるまで(18)

          「新興」——『さよならデパート』ができるまで(17)

          長編ものを書くときは、設計図を作るのが一般的だ。 例えば推理小説だったら「最初にどんな事件が起こって」「誰が登場して」「どういった手順で捜査をして」「いつ犯人を暴いて」「どのシーンで終わる」といったことを決めていく。いわゆる「起承転結」を組み立てるわけだ。 じゃあ、その設計図はどこまで細かく作るべきなのだろう。 どうやら、人によってかなり違うらしい。 ある方に話を聞いたら、それはもう緻密に仕上げるという。 会話の内容や情景描写まで含めるものだから、そのまま書籍にしてもおか

          「新興」——『さよならデパート』ができるまで(17)

          「摩擦」——『さよならデパート』ができるまで(16)

          「圧倒的な規模のデパート」vs.「小さな商店」 この対立の激化を描いた章だ。 ふと「元エレベーターガールの話が欲しい」と頭に浮かんだ。 短絡的な思い付きかもしれない。でも、デパートの本にはやっぱりエレベーターガールが必要だと考えた。「駄菓子詰め合わせ」と言われて、キャベツ太郎が入ってなかったら拍子抜けだろう。そんな感じだ。 とはいえ当てがない。 例えばふらりと入ったバーで、奥のカウンター席に座った婦人が、きれいに後ろでまとめた髪に少しだけ白いものを忍ばせながら 「あたしも

          「摩擦」——『さよならデパート』ができるまで(16)

          【番外編2】腹がへる。——『さよならデパート』事件簿

          舟に乗ってみることにした。 『さよならデパート』を読んでくださった方ならご存知だと思うけども、序盤は「最上川」を中心に物語が展開する。内陸各地の産物を舟に積み、河口まで下して交易をしたというやつだ。 それで栄えた山形が、明治維新をきっかけに暗転するところに序盤の盛り上がりが、と言っては昔の人に悪いけども、興味深いポイントがあり、私個人としても最上川に惹かれていった。 「大石田」という町の、船着場跡に立って川の流れを見つめたこともある。天気の悪い日だった。傘を持参しておら

          【番外編2】腹がへる。——『さよならデパート』事件簿

          「旅せよ日本」——『さよならデパート』ができるまで(15)

          クラスのみんなが何の話をしているのか分からなかった。 うわさが飛び交う「とんねるず」の番組は知らないし、「ドラゴンボール」の新展開にも付いていけない。一斉に「それが大事」って歌を口ずさんでいるけど、私は聞いたことがあるふりをして両肩を揺らすだけしていた。 ある日の移動中、私も鼻歌交じりで歩いてみた。 後ろから誰かが近づいてくる。気配を察しながらも声は落とさなかった。僕も歌えるんだぞと示したかったからだろう。 「大ちゃん、その曲って」 背後に立ったのは、転校生の中村君だった。

          「旅せよ日本」——『さよならデパート』ができるまで(15)

          「双頭」——『さよならデパート』ができるまで(14)

          ノンフィクションの執筆には、ある悪魔が潜んでいる。 彼は原稿の空白を住処にした。時折そこから顔をのぞかせ、ぬらりとした肌を光らせながら私に向かってほほ笑む。 「そういうことに、しておきな」 彼がささやいた。 広い聖堂に響く鐘のように心地よい。思わずふらふらと足を前に出す。 私の袖を誰かがつかんだ。振り返ってその姿を目に映し、ふと我に返る。そんなことが幾度もあった。 資料探索をしていると、しばしばドラマのようなエピソードに出会う。 葛藤や対立、挫折や克服がうまく配置され、本

          「双頭」——『さよならデパート』ができるまで(14)

          【番外編1】大いなる悩み。——『さよならデパート』の重版を決める。

          ツイッターやインスタグラムをのぞいている人なら、作家さんが「重版決定!」や「重版出来!」と歓喜するさまを目撃したことがあるかもしれない。 想定していたよりも多くの人が作品を手に取ってくれ、出版社が「もっと売れる」と判断したわけだから、嬉しいのも当然だ。それに、印税収入も追加される。 一方、私のような資本の小さい「ひとり出版社」の場合は、増刷をすべきかそうでないかは大きな悩み事となる。 いや前提として、一生懸命作った本の反響がこうして数として返ってくるのは何よりの喜びだ。2,

          【番外編1】大いなる悩み。——『さよならデパート』の重版を決める。

          「挫折」——『さよならデパート』ができるまで(13)

          店を休業して以来、朝にお腹が鳴る。 簡単な話で、夕食を19時頃に食べるようになったからだ。 店をやっている時は、食事中に日付が変わるということも珍しくなかった。深夜にお酒を飲みながら、部屋でひとり「太田上田」や昔の「内村さまぁ〜ず」を観る。それも悪くはなかったのだけど、いざ生活が変わり、これまで夕食を始めていた時間に就寝してみると、体の調子が全く違った。 まず目覚めがいい。 同じお酒の量、同じ睡眠量でも、床に着く時間が早いだけでこんなに変わるものかと驚いた。まぶたを開けた

          「挫折」——『さよならデパート』ができるまで(13)