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たった4週間の家族

去年の夏、私はゼミでカナダに留学した。でも泊まるところはみんなバラバラのところでホームステイ。

私の受け入れ先は年の離れた老夫婦の家だった。
バンドのボーカルで週に何回もライブをするファンキーなおばあちゃんと足が悪くてあまり外に出られない読書家のおじいちゃんの家。

本当に最初の日、家に迎え入れてもらって家の過ごし方について早口の説明を受ける。
「洗濯機はここで、こうしてああして…」とても早口で物のある場所しかわからなかった。
でも、なにがわからないかもわからなくて、
"Do you understand?"に
思わず"Yes"と答えて続けてしまった。

もともと日本から持ってきた不安に加えて、会話ができないことでさらに不安が募ってしまった。


おどおどしながら簡単な自己紹介をした後、長時間のフライトの疲れと寂しさで私はすぐ部屋に閉じこもってしまった。

次の日、家族は私の朝ごはんを用意して待っていてくれた。
昨日の愛想の悪さを反省して肩身が狭くなった。
「いただきます」に代わる言葉が見つからなくて、でも無言で食べ始めるのは私の日本心が許さなくて、ボソッと日本語で「いただきます」って言った。
その目の前で繰り広げられる夫婦の会話はその時さっぱりだったけど、手元のベーグルがおいしくて、なんとなく大丈夫だろうと思うことにした。

それから数日は朝早く起きて支度して学校に行って、いろんな手続きをして、放課後はゼミの活動で勉強して、暗くなってから帰る生活。

瞬きもしていられないくらい目まぐるしく過ぎていった。
本当に時間がなくて、家での会話は
"Good morning"”Can I take a shower?”"Good night"くらいの業務的な会話だけだった。

やっと落ち着いてきた頃、おじいちゃんが私の部屋のドアを数回叩いた。
そして、扉越しに"Come on"という声が聞こえた。


なにもわからずついて行くと、庭へ出て椅子を差し出された。
座れってことかな?と思ったので、私は腰を下ろした。
すると”Coffee or Tea?”と聞かれて私は気が付いた。

私とコミュニケーションをとろうとしてくれている、と。

おばあちゃんとは今日何時に出て、何時に帰るという話をしていたが、おじいちゃんとはほとんど話していなかった。
だから、その時嬉しくてニマニマしてしまった。

”日本ではどんなことしてるの?””カナダはどう?””好きな食べ物はなに?””学校は楽しい?”たくさん聞いてくれた。

私はやっぱり一度で完璧に聞き取ることができないし、発音が悪いのか伝えたくても伝わらないけど、彼は何度も繰り返してくれたし、理解しようとしてくれた。

そうするうちにいつの間にか、おじいちゃんが"Coffee or Tea?"と聞いてくることが会話の合図になった。外国の紅茶は日本のとちょっと味が違くて好きじゃなかったけど楽しい時間。

カナダの話は固有名詞が多いし、どうしても速くなるのでほとんどわからなくて聞いているフリになっちゃうこともあったけど、
それでも、彼が私と話そうとしてくれることが本当にうれしかったし、話してるときは日本への寂しさも忘れられた。

実はそのとき、ある悩みを抱えていた。

私のこの留学はゼミの活動の一環だったので、ゼミ生12人と同じ飛行機でカナダに来た。だから唯一日本語で頼ることができる人はゼミ生だけだったのに、その人たちと正直うまくやっていけてないと感じていたのだ。

決して喧嘩したとかではない。他のみんながどう思っているのかはわからないけど、私はゼミでの自分に異物感を抱いていた。
それを取っ払いたくて積極的に話を合わせようとするんだけど、それが余計に居心地を悪くした。
別に嫌なことをされてるわけではないし、いい人達なのでこれからどんどん仲良くなればいいと思っていた。

でもある休日、他の人たちがみんなで電車で1時間くらい離れたトロントに遊びにいっているのをSNSで知って、声を掛けられなかったことにショックを受けてしまった。

なにか事情があるのかもしれない。そんな小さいこと気にすることでもない。会った時、「次は声かけてよ~」と言えばいい。
頑張って正当化しようとしたけど、不安な関係性に穴をあけるのにそれは容易い一撃だった。言語の違う国で私は一人だという孤独感が辛かった。

悲しくて、誰かに相談したくて、
咄嗟に部屋を出たけど「相談聞いて」をすぐ英語にできなかった私は、パソコンに向かっているおじいちゃんの前に立って、ぐしゃぐしゃに歪んだ顔で
”out""Listen""please"とか言ってなんとか単語で伝えようと必死だった。
おじいちゃんは手を止め、なにかを伝えようとする私を何事かと驚いた様子で見ていた。

やっけになって単語をぶつけ続けて、
「紅茶を飲みながらいつもみたいに話したい!」という気持ちで
"Tea!""tea!"
って言ったとき、ついにおじいちゃんは察したように台所に向かって、自分のコーヒーと私の紅茶を用意して”What's happened?"って聞いてくれた。

あいかわらず聞いてほしいことだってなんにも伝わってなかったと思うけど、彼は熱心にうなずいてくれた。”We are a family.”って言ってくれた。
その日はいつもより英語がわかった気がしたし、わかってくれてた気がした。

せっかく入れてくれた紅茶も、彼のコーヒーも、いつのまにか冷めてしまっていたけど、いつもと同じ外国の紅茶の味がしてそれが逆に安心した。

たったの4週間、ロックロールなおばあちゃんのお腹から出て来たわけじゃないけど私にとっては家族だった。
あのとき話を聞いてもらえたおかげで、割り切って私は私で楽しもうと思えた。感謝してもしきれない。

"Thank you"しか言えなかったことは今でも少し悔いている。

またあの家を訪れて、あの時よりも大きい感謝を伝えられるように
私はもっと英語を頑張るんだ。


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20年ほど生きてきて友人と話していると結構みんな映画を見ていてしかも個性があることに気づいて、映画についての感想をもっといろんな人とお話ししたいと思って初めてみました。またこれが映画を観ようか迷ってる人の背中を押せたらなおはっぴーです。(紹介文として)