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日記「コーヒーファッション」

 火曜日の昼間、三宮のお気に入りの喫茶店「にしむら珈琲」へ行った。社会人の僕がどうして平日の昼間っから喫茶店になんて行けるのかは、ここでは伏せさせてもらう。ともかく僕は、この時期限定のにしむら珈琲のモンブランが食べたくて三宮へ向かったのだ。

 店内はリニューアルしたばかりで、お祝いの蘭がいくつか置かれ座席も以前より増えていた。間接照明がほの明るい居心地のいい空間だ。

 見慣れた制服の店員が席まで案内してくれる。平日の昼間だけに、少なくとも自分の席から見る限りはほとんどが年配の客だった。若輩の僕は明らかに浮いている。その中でもほとんどを占める女性客は多くが友達同士らしく誰もが小洒落た服装だ。「おばさん」と呼ぶには忍びない。「マダム」といった風情だ。どこに行くにもトレーニングウェアのうちのおかんとは大違いである。数少ない男性客たちは営業のサラリーマンらしく、イヤホンをしてリモート会議をしていたり、2人差し向かいで資料を広げたりしている。当然誰もがピシッとしたスーツ姿だ。全員お洒落な紳士淑女である。

 その中でも一際目立ってお洒落な人がいる。僕の斜め向いに座っているご婦人だ。綺麗な白髪にカーキのジャケット、ズボンも合わせてカーキ色で、足元には光沢のある銀色に少し高い踵の洒脱な靴を履いている(パンプスっていうのか?その辺はよく分からない)。何よりジャケットの中のシャツが目を引いた。色とりどりの線でジグザグが描かれた、まるで現代アートのような派手な柄なのだ。これを着こなせるだなんて、いやまずこれを選んで着ようだなんて、かなりお洒落上級者のご婦人だ。以後この人のことを「アートさん」と呼ぶ。

 しかしアートさんの服装に1つツッコミどころがあった。それは

カバン、小っちゃすぎね?

 アートさんに限らずお洒落な女性は大体そうだが、持ってる鞄が意味があるのか疑うほどに小さい。うちのおかんならリュックサックにクーラーボックスを抱えて業務スーパーに繰り出すところだ。この辺はおかんの勝ちである。アートさんの鞄はポーチと言ったほうがいいくらいに小さく、何が入るのか分からない。僕の持ち物なら財布と扇子ぐらいしか入らないだろう。

 さらに他のお客を見回すとまた1つ気がついた。

服装がお洒落な人ほど、鞄が小さいのだ。

 向こうの席の小ぶりのリュックサックを持ち込んだ女性はよく見ればスニーカーだし、隣の席の眼鏡の女性はアクセサリーを1つも付けず、鞄はこれまたリュックサック。他にも大きめのトートバッグの人などはアートさんに比べて明らかに服装も色使いも地味だ。

 しかし男性は除外する。仕事中なので皆一様にスーツと大きな鞄を持っており、ここではお洒落は度外視である。

 そんなことを勝手に得心して、僕は一旦トイレに立った。すると、手を洗う時にハッとした。「僕の服装は?」

 今まで人の服装を眺め回してあれこれ決め付けていたが、改めて鏡で自分の服装を見てみた。丈の短いチノパン、ジョギング用のスニーカー、上はTシャツ1枚。しかもシャツの襟からは肌着のエアリズムがはみ出ている。

 最高にダサい。年齢だけじゃなく服装でも浮きまくっているじゃないか。そんな僕の鞄はというと、財布に扇子、小物入れのポーチに水筒、折りたたみ傘、カーディガンまで入っている。デカい。アートさんの4倍くらいデカい。急に店にいるのが恥ずかしくなってきた。モンブランどころではない。

 しかし同時に僕はあのルールを思い出した。そう、「男性は除外」。鞄がとれだけ大きかろうと僕だけはセーフだろう!

 ······こんな誰に聞かせるでもない言い訳をいちいちしているのが既にダサい。僕はとりあえず襟首だけを整えてトイレを出た。席に戻り、アイスコーヒーを飲み干した。ミルクを目一杯次ぎ足して。

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