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わたしのはなし:捻挫と蕎麦屋とかつての同期

今日の今日の出来事にまつわる思い出話です。
⚠︎病気や死について触れている箇所があります。


「美味しいお蕎麦屋さんが近くにあるんですけど、帰りにみんなで行きませんか」
と彼は声をかけたが、一緒に研修を終えた同期3人の反応はうっすらとしていた。
疲れてますしね、といったかそのまま別の話題になったかは覚えていないが、行かなかったことだけは確かだった。15年ほど前の話である。

今日、普段会社帰りに通りもしない道にあるそのお蕎麦屋さんが、駅前開発で解体されている姿を見かけたのは、本当に偶然だったのだ。

流行病で数日寝込んだ、病み上がり初の出社だった今日、職場の3階から2階の階段を降りる時、踊り場の遠くの都心のビルまで見えてしまう程眺めのいい大きなガラス窓から、雲の色が何色も重なっているのがみえてとても綺麗だった。
気付くと、足には階段の感触が無く、頼りないまま激しい痛みと共に踊り場に転げていた。

痛みと動揺を堪えながら、自分の部署にもどって、福利厚生の湿布をもらう際に、先輩に教えてもらった会社近くの整形外科に診てもらうことになった。神様か天使みたいな先輩は、仕事中にも関わらず初めて行く整形外科の近くまで見送ってくれた。幸いヒビも骨折もなく、捻挫と内出血だけだった(とは言えとても痛いのだが…)不幸中の幸いであった。
帰りは知らない道を通りつついつもの駅に向かっていたその時、始めに話した蕎麦屋の跡地に気づいたのだ。

わたしを含め同期の3人を蕎麦屋に誘った彼は、お世辞にも好ましい人ではなかった。
配属になった先では、居眠りをして怒られ「眠ってません!」と逆ギレしたり。
残念な人柄なのに更に上から目線で冗談にもならず、たまにどころでは無く、本当にキズだった。
一緒に行った研修先で、「帰る時は直帰するって部門に連絡しなよ」と真面目に言ったかと思えば、研修先近くの広場で開催していた古本市を2人でのぞいた時に「えっちな本でも探してるの?」と言ってきた時には、嫌悪感マックス且つわたしが本来持つ男性不審が発動してしまい彼を見るだけでも動悸がする程嫌悪感で無理になってしまった。彼に内線で会社の同世代で集まるイベントに誘われた時も、「仕事中なんで」と言って無下に切った。
そしてその嫌悪感は結局、何年経っても払拭されなかった。

雪の積もったある日、職員たちで会社の駐車場の雪かきをしていた時、一緒に作業をしていたその同期の彼が腕を痛めてしまった。手術をしても治らないと聞き少し心配になっていた。後に筋萎縮症が発症して進行していることがわかり、日に日に違和感が目に見える彼を目の当たりにした。
苦手な人だっただけに、同情など出来ず淡々と視界に入る時だけ見ていた。それでも出来る限りの仕事をし、引き継ぎなども頑張っていたが、だんだんと呂律も回らない状態になってしまい、ある日自主退職をした。どうにもならないけれど、なんだか残念だなと思った。
昨年あたり、その彼の訃報を会社の職員の会話から知った。

入社したての研修の後の「美味しいお蕎麦屋さんが近くにあるんですけど、帰りにみんなで行きませんか」と言う言葉が、何故か蘇る。

今考えても、きっと行かないのだけれど、他の人が行こうと乗り気になっていれば行ったかもしれない。
苦手なのは仕方がないのだが、わたし自身意固地になってしまってたのかな、と少し思ったりする。

どうしても好きになれない同期だったけど、やっと彼の事を素直に悲しむ事が出来る気がした。
そんな事は望んでないのかもしれないけれど、今日は悪い人では無かった彼の、思い出が蘇ってどうしようもなかった。


fin

10/3の出来事。内容はノンフィクションです。言葉にならない感情と悲しみと思い出を大事にしたくて、文章にして残したくて書きました。ここまで読んでくださりありがとうございます!
初の捻挫は痛いです。これから腫れる予定なので心配です。空に見惚れすぎも注意だと言う事を学びました。

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