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日本は本当に『原発を狙われたら終わり』なのか?

はじめに

2022年12月16日に閣議決定された「安保関連3文書」により、日本政府は「反撃能力の保有」を決定しました。

これを受けて様々な反論が挙がっていますが、その中に『反撃しても原発を狙われたら終わり』論があります。

『日本は狭い国土に多くの原発がある、「反撃」をしても相手から原発を一斉に狙われたら終わり』

東京新聞 2022年12月20日の記事より

私はこれに懐疑的なので反論してみます。
「敵基地攻撃(反撃)能力の保有」に反対するにせよ、別の理由を探した方がよいと思います。

反論1)「原発の破壊を目標とした攻撃」は一度もない

『原発をミサイルで攻撃されたら防げないので、日本は敵基地攻撃(反撃)能力を持つべきではない』との論は以前からあります。
そして「原発をミサイルで攻撃されたら防ぐのは困難」であることは事実です。

しかし、今現在まで「運転を開始した商業原発の破壊を目標とした攻撃」は行われたことがありません。
原発攻撃といえば、イスラエル空軍が1981年に行った「イラク原子炉爆撃事件」が有名ですが、このときに攻撃した原子炉は「運転開始前」でした。

攻撃を受けたイラクの原子炉は破壊されましたが、運転開始前のため放射能漏れ等の被害はありませんでした。
イスラエル政府は『イラクは核兵器開発を計画している、イスラエルは自国民の安全確保のために攻撃したのであり自衛権の発動だ』と主張しましたが、これは通りませんでした。

イスラエルは国連安保理で非難決議を受け、さらに国連総会でも「国連憲章の明白な違反」と非難されます。
そしてそれ以降「原発の破壊を目標とした攻撃」は一度も行われていません。

実はイスラエル空軍は2007年にもシリアに建設中の核関連施設を秘密裏に爆撃して破壊していますが、これは事情が違います。
シリアの核関連施設は北朝鮮の支援を受けて国際原子力機関(IAEA)にも申請されずに建設されていた施設で、「核兵器開発」が目的だったと言われています。

国連も国際社会も、さすがにこれはシリアが悪いと見てイスラエルを非難しませんでした。
シリアのケースで攻撃されたのは「核兵器開発のための施設」であり、原発攻撃にはカウントされません。

また現在、ウクライナの「ザポリージャ原発」がロシア軍の攻撃にされられていますが、攻撃は原発周辺に限られ、原子炉は安全に停止しているもようです。
「イラク」でも「シリア」でも「ウクライナ」でも、「運転開始後の原発の破壊を目標とした攻撃」はなかったと言えます。
つまり原発攻撃は「核兵器による攻撃」以上にレアケースなのです。

反論2)原発攻撃は「目的」に見合わない

原発攻撃が国際法違反であることは『原発を狙われたら終わり』論者も認めることろでしょう。
「原発への攻撃禁止」は戦時国際法である「ジュネーヴ条約」第1追加議定書56条に明記されています。

外務省HPより「ジュネーヴ諸条約及び追加議定書の主な内容」

それならば「反撃」はどうか?
国際法上は「自国に対する武力攻撃が発生」し、「武力攻撃に対応するために必要」かつ「その武力攻撃に対して均衡のとれた措置(反撃)」は「自衛権の行使」と認められ合法になります。

国際法学会HP「敵基地攻撃能力と国際法上の自衛権」より

つまり『キツい攻撃にはキツい反撃をしてもいいよ』『キツくない攻撃にキツい反撃しちゃダメだよ』ということです。

現在日本が持とうとしている敵基地攻撃(反撃)能力は「敵の航空基地や港湾施設を一時的に機能喪失させる」程度の能力です。
この程度の「反撃」に対して「原発の破壊を目標とした攻撃」を行うのは、明らかに必要性・均衡性に欠ける攻撃であり、自衛権の行使とは認められないでしょう。

しかも原発を攻撃目標とするのはもともと国際法違反。
辻本清美議員が想定されているのは「二重の意味で国際法上違反」の攻撃になります。

この「二重の意味で国際法上違反」の攻撃に対して、どのような反撃が想定されるか

①日本はアメリカと「安全保障条約」を結んでいる
②アメリカは日本に「核抑止を含む拡大抑止力(いわゆる核の傘)」を提供している
③現在、核兵器の使用は「国際法違反」ではない

尚、③については核兵器の「開発」「実験」「使用」等を包括的に禁止する「核兵器禁止条約(TPNW)」が成立しましたが、核保有国および日本などは加盟していません。

これらを踏まえると「日本の原発破壊を目標とした攻撃」は「アメリカから核兵器による反撃」を受ける可能性があるとも言えます。

もちろん核兵器の使用は人道上許されざるものであり、大きな非難を浴びるでしょう。
しかし『先に「原発の破壊」という非人道的な攻撃を加えたのはどちら?』という話にもなります。
またアメリカは広島型原爆の1/2から1/3程度の威力を持つ「使い勝手の良い」低出力核弾頭を開発済みです。

この低出力核弾頭を搭載した弾道ミサイルで軍事基地を目標とした反撃を行えば、「非人道的」という非難を抑えられるかもしれません。

というふうに、日本の原発破壊を目論む勢力が少しでも考えてくれれば、原発攻撃への「抑止力」となりえます。
安全保障の専門家の間で知られる経験則「ヒーリーの定理」によれば、攻勢側への抑止は「5%」でも信じてくれれば十分効果があるのです。

Forbes Japan 2021年4月11日の記事

『原発を狙われたら終わり』論には矛盾が含まれています。
それは「目的」が語られていないことです。

戦争には必ず目的があり、その目的を達成するために「戦略」「戦術」が策定され、「目標」が設定されます。

そして「日本の原発破壊を目標とした攻撃」に見合う目的はなかなか見当たりません。
現在、ロシアがウクライナに行っているような「国土の占領を目的とした全面的な侵攻」ならば「国土を汚染する原発破壊は不合理」となります。
なのでロシア軍も採用しませんでした。

また中国が目論む「接近阻止・領域拒否(A2AD)戦略」でも、わざわざ原発を攻撃する意味はありません。
原発周辺を攻撃して原発を停止させ電力不足に陥らせるなら多少は意味がありますが、それでは原発は破壊できないので「日本は終わり」ませんし、アメリカから「キツい反撃」をくらう可能性もあります。

もし侵攻側が「国土の破壊」や「国民の殺傷」を目的としている。
または「目的」など関係なく闇雲に原発破壊を目論むのなら、そのような相手とは外交交渉で妥協することが困難になります。
そもそも「原発を破壊されたら終わりだから外交交渉で侵攻を防ぐ」が成り立たないのです。

なので『原発を狙われたら終わり』論者は、まず「侵攻側が何を目的として原発を狙うのか」を語る必要があると思います。

反論3)外交への悪影響が懸念される

戦後、日本は現在まで「国際協調」路線の外交を行い、「国際法に基づく世界秩序」を推進してきました。
そのせいか、欧米をはじめとする各国から高い「好感度」「信頼度」を得ています。

しかし辻本議員が仰っているのは「二重の意味で国際法上違反の日本の原発に対する攻撃」を目論む勢力に忖度して「国の重要な政策を変更せよ」ということです。
これはせっかく積み上げた日本の国際的な信頼を毀損する怖れがあります。

例えば、日本が音頭を取って「国際法に基づく枠組み」を作ろうと思っても、他国から『でもあなたたち国際法違反の攻撃で脅されたら方針変えるんですよね?』と思われたら参加してもらえないかもしれません。
また現在「キャッチオール規制」という貿易や投資に関する枠組みがあるため、信頼できない国は色々と不利になります。

「国際法違反の攻撃で脅されると方針を変える国」が貿易や投資で他国から信頼されるのは難しいと感じます。
原発攻撃の懸念があることはわかりますし、防衛政策や原子力政策に異議を唱えるのは自由です。
しかし国政を預かる政治家であれば、これまでの国の外交との整合性も十分考慮する必要があると思います。

それとも、これまでの整合性や国際社会の「建前」「原理原則」などは放り投げて、その都度「強い方」について生き残りを図る方針なのでしょうか?
それははっきり言って「平和主義」ではなく「事大主義」ですね。
『自分の信念をもたず、支配的な勢力や風潮に迎合して自己保身を図ろうとする態度・考え方』です。

分かりやすく言えば「ロシアに寄り添うベラルーシ」のようなポジションを目指すのでしょうか?
ベラルーシはロシアに寄り添いながらも、今のところ巧みに「戦争」を回避しています。
ロシアもウクライナもアメリカを含むNATO諸国も、ベラルーシに手を出す余裕はないでしょう。

そしてベラルーシ自らも手を出さなければ「平和」が維持できるわけです。
一応『話し合いで戦争を回避している』といえないこともありません。

でも本当にそれでいいの?
例え一時の平和を手に入れても、世界各国からの信頼は地に落ちるでしょう。

結論)「原理原則」は大事

やはり「建前」や「原理原則」などは大事なのですよ、特に自力で国際社会を渡りきることが難しい国にとっては。
自国が危機に陥ったときに、そのような「きれい事」が助けてくれると思います。
私は「事大主義」は21世紀の民主主義国が取る態度ではないと思います。
とてもじゃないが支持できない。

ここまで見てきた通り『原発を狙われたら終わり』論には問題が多いと感じます。
敵基地攻撃(反撃)能力の保有に反対するにせよ、「国際協調主義」や「国際法に反する脅しには屈しない」という原理原則は貫いて欲しい。
それこそが国政を預かる政治家の役目だと思います。