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毒にも薬にもならない「ふつう」の無価値化

やりたくもないのに生み出そうとすると、
意思のない作品ができあがる

何も持たない作品に多く予算を投下して広告代理店を雇って
無理やりタイトルをつけさせて
売り捌いたとしよう

怒りにまかせて描いた殴り書きの絵よりも、ひとつの作品より売値は安くなるし収益も減るんじゃないかとおもう。それが怒りの感情にまかせた何かであっても、「無」よりは価値がある。だって、伝えたいことがあるから。そしてそれに共感するであろうオーディエンスに伝わりやすくなった。アルゴリズムは皆に平等であろうと、どんな小さな情報も最適化して表示されるよう整備されつつある。

「つくっても作らなくても良かったもの」は、誰も欲しがらない

少し前まで、売れたのだと思う。日本では特に平均値とか普通、常識こそが正解だったんだよね。しきい値、命っていうか。

普通であれば、問題ないみたいな風潮が強かった。しかしたくさんのコト・モノが過剰になろうとしているとき、普通のものが安く手に入る。であれば、「これじゃなきゃいけない」必要はない

共感者もファンも、フォロワーもうまれない

昔から、毒にも薬にもならない
という言葉はあるけれど、この言葉ほど現代に似合う言葉って、あるだろうか。

ヒトは、毒にもなってしまうくらいのものに惹かれる習性があるんだよ。
きっと。


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わたしもスキ。
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オノデラキミ

株式会社ベアーズ クリエイティブ統括チームマネージャー/小学生女の子2人をもつワーママ。家事代行サービス/デザイン、育児、ブランディング、たまにファッション。

マーケティング日記

マーケティング部として感じたこと、日々のなかから見出した購買との関連。
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