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君に届ける、初夏の風6

 

こんばんは、お疲れ様です。本日2投稿目。若い男女二人に癒されてください。

https://note.com/kimonorice/n/n2aaa43f766b3


 午後三時。ばあさまとの対決を終え、満腹になって、濡れたからだを温めていたら、強烈な睡魔に襲われてつい二、三時間ほど眠ってしまっていたらしい。
 気晴らしに歩こう。葵は立葵の間からでて、庭を散策した。本当に山守家の屋敷は広い。庭に植わった草花は春夏秋冬、すべての季節で花が咲くように絶妙な設計の元、配置され、今は紫陽花と槿(ムクゲ)、それにバラや睡蓮などありとあらゆる花々が、我よ我よ、と主張せんとばかりに咲き誇っていた。

本当に綺麗で、窮屈なところだな。

 母の円は、必ず一日に一回は外出していた。たとえその日が台風や熱の出た日であってもだ。服も、母の細身な体にはひと周りもふた周りも大きなものを着ていた。窮屈さをとことん嫌っていたのか、と葵は腑に落ちた。
山守に来て僅か二日だが、葵は母の奇妙な行動を理解できるようになっていた。そして自分はしばらくこの窮屈さに耐えないといけないわけだ。

「余計なこと、したかなぁ、」と葵が独りごちると、

「考える前に動いちゃうタイプなのね、葵は。」

木蓮の木の向こうから微かな笑いと共に鈴を転がすような声がした。声の主は縁側に座っていた勝だった。

「さっきはどうもありがとう。正直びっくりと安心と戸惑いとで大混乱中、だけどね。」
 先刻山の麓で見た時とは違って、随分と勝の表情には人間らしさが戻っていた。勝の顔をまじまじと見るのはこれで二回目だが、やはりそこはかとなく母に似ている。白い肌に知性と静謐さの籠った瞳を、周りを長く柔らかなまつ毛が縁どっていた。低すぎず、高すぎない鼻梁は嫌味なく顔全体のバランスを整え、梅の花がポッと咲いたように控えめな薄桃色の唇が言葉を紡いでいた。葵は素直に綺麗だなと思った。

 「勝に聞きたいことがあってさ。…その、本気で山守を継ぎたいって思ってるの?」
 勝の端正な顔が一瞬歪んだのを葵は見逃さなかった。

「なんで、そんなこときくの。」                   すこしいらだった調子で勝は言った。

「ごめん、その、俺みたいな部外者が言うのもなんだけど、勝の将来をこんなに勝手に家の事情で決めていいわけないと思うから。勝の意思はどこにあるのかなって。」

葵がそういうと、勝が顔を伏せてしまって、ピクリとも動かないので、今勝がどんな表情なのかわからない。薄い雲から初夏の日差しがさして、湿度の高い、居心地の悪い暑さが増す。
ふ、と目の端で勝の顔から何かが滑り落ちたのをとらえた。

「ごめん、いつもはもっと平気なんだけど今日はあんなことがあったから。」
勝のかすんだ声がしばらくの沈黙を破った。ぎゅうっと勝は両手を握りしめている。

「実はさ、昨日葵とあったときに、こんな展開にならないかなって少し期待してたんだよね。…葵は自分で気づいてるかわからないけど、あなたの瞳の奥にすごく、すごくね、まっすぐな芯があるの。それを見つけちゃった瞬間に、なんだかこれまで生きてきて、ずっと張っていた糸が安心して緩んじゃったんだよ。だから今日、本当に儀式が取りやめになったことにすごく驚いてるし、なんだか一瞬でも猶予が生まれたことがうれしいの。ありがとう。これでもう一生分のドラマチックな思い出ができたよ。後は思う存分、山守に利用されてやろう!‥‥って覚悟決められた、から。」

 勝の言葉は進んでゆくにつれて震えていって、痛々しいかった。

 気づくと葵は勝の手に触れていた。純粋に、共感したい心と慈しみとの気持ちで。少しでも勝の痛みを分け合いたくて。勝も驚いた顔をしたが、すぐに握りしめていた手をほどき、葵と体温を分けた。
 今、葵の目の前にいるのは現人神でも、大きな家の党首として育て上げられた誇り高い深窓の姫でも、何でもない。ただの少女だった。震える少女は、昨夜出会った時とは大違いで、人間らしい心と幼さをしっかりと持っていた。
 
 葵はこっちの勝の方が好きだった。もし叶うのであれば、こうして感情をあらわにした母・円を見たかった。

 悔やんでも死者は戻らない。葵は再び目の前の少女に向けて言った。
「ねぇ、勝。もし勝が良ければなんだけどさ、」


続く

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