発達障害当事者が「500ページの夢の束」を観たよ

U-NEXTで発達障害を扱った作品を観ようと思って目についたのを期待せずに観始めた。

ラストまでネタバレあり↓




結論から言うとめちゃくちゃよかった

 私は自閉症ではないけれど、ウェンディが感情もあるし内側には豊富な言葉がある。にも関わらず表面に出ないだけというのが姉のオードリー(定型発達)とのすれ違いでよくわかった。

母の死後、オードリーがウェンディの世話をしていたが、結婚して妊娠、出産したためグループホー厶施設に預けていたウェンディとの久々の姉妹の再開。
正直、妹と会うのが怖いと打ち明けるオードリーに担当者のスコッティ(ヘレディタリーで鬼気迫る顔芸を見せたトニ・コレット!)は成長したと言うが、21歳になる妹はいざ向かい合っても笑顔も無く目も合わせずひたすら手編みに没頭している。何やらスター・トレックの脚本コンテストの提出期限で今日までにロサンゼルスに行きたいらしい。家に帰りたい、自分の世話も仕事も赤ちゃんの世話もできる。と訴えるウェンディに施設で暮らし続けるように諭すが、口論の末パニックの発作を起こし、暴れて担当者と取り押さえた時に腕が掠めて殴られてしまう。

オードリーは落胆。すぐ立ち去り一人車内で涙を流す。幼少期に食器を投げつけ、自傷行為をしていた妹は何も変わってなかった。

その後ウェンディは施設を脱走。脚本を届ける為にロサンゼルスに一人で向かい、失踪者扱いに。どんなに理解できずともオードリーは姉としてウェンディを愛している。すぐさま担当者と捜索、
ロサンゼルスの警察署でようやく再開。心配したと声をかけてもウェンディは無反応。ただ、担当者との間で決まっている挨拶(お互い笛を鳴らした後、腕を付き出す動作をする。感覚過敏で肉体的接触ができないウェンディへの配慮)には普段通り応じ、警察官とお互い肩に触れ、スコッティと練習していたアイコンタクトを自分の意志で交わす。

この場面、オードリーの視点から見ると一番不安で、眠れないほど心配していた肉親ガン無視なわけてすよ。
この時ウェンディが「ウェンディのことば」ではないと伝わらない事にオードリーは気づいたのではないか。
スター・トレックが大好きで知識も膨大なウェンディ。感情のコントロールができない。朝起きて顔を洗う、着替える一日の流れも施設で繰り返しルーティン化する事で学んだ。聴覚過敏で、街中を歩くのも辛い。バスの乗り方を知らない。
そんなウェンディを保護する際にスタートレックマニアの警察官がクリンゴン語(スター・トレック内の架空の言語)で語りかける場面がこの映画のハイライト。クリンゴン語で僕達は仲間だと説得され、クリンゴン語で返すウェンディ。
自閉症者と、そうではない人が「スター・トレックが好き」という共通点で「同じことば」を交わせた奇跡。

自分の脚本を読んでもらいたい。その一心でこだわりを打ち破り少しずつウェンディは成長していく。

スコッティとオードリーが抱擁の挨拶を交わすのを見て、ウェンディは何かを感じ取る。それは感謝の言葉を述べながら抱き合うという、「世の中の人々のことば」。
脚本を見せたかったのはオードリーだと打ち明ける。

映画のラスト、ウェンディは仕事場の同僚と交流し、(好きな曲を集めたCDを渡してきた男性店員にCDを返す。この男性は物を通した間接的なやり方じゃないとウェンディが怯える事を恐らく察していた)スコッティとのやりとりも社会的(お礼を言う)になったようだ。赤ちゃんを抱っこし、オードリーの肩に寄りかかる。

このなんでもない光景に、後からじわじわと涙が出てきた。ウェンディは最初から姉への愛情や担当者への親しみをずっと持っていた。ただそれをこだわりと優先順位と、パニックに阻害されていたのに共感。スター・トレックは世の中とウェンディの架け橋だ。ウェンディは異星人と地球人のハーフのスポックに自分を重ね合わせていた。話が少し逸れるけど、フィクションの偉大さを感じる。
首から常にぶら下げているiPodとメモ帳を盗まれそうになり、メモ帳だけは返してと叫ぶ場面は悲痛。ウェンディにとってメモは「君と宇宙を歩くために」の宇野くんと同じ、世の中を渡るための命綱にも等しい。バスのチケットを買うのも、信号を渡るのも自閉症のウェンディには大冒険。

いやー、日本版予告映像を観たときてっきり「コミニュケーションが苦手な障害者の女の子に秘められた、(障害者特有の特別なorもしくは障害者でありながら)独創的な才能が、今世の中に明かされる!」系の印象を持ったんですよ。てか、そういう風にまとめられてる。でも本編は全然違います。「彼女ほど複雑で独創的な子は居ないわ」「…忍耐力を試されるわよね」って続くんです。支援者と、肉親の交流で交わされる会話の台詞なんです。道中、騙されそうになるウェンディを助けた「あなたに似た孫がいる」と語るお婆ちゃん、ベンチで寝るウェンディに布団をかけるバスの受付係の女性、そんな人たちの親切でウェンディは支えられている。ロサンゼルスへの旅で、ウェンディは親しみや感謝を「態度と言葉に示す」事を学ぶ。
ロードムービーとしてはやや地味かもしれない。それでも自閉症の女性の等身大の成長を描いた、本当にいい映画だった。

https://youtu.be/6T0n8MwJGWM

「君と宇宙を歩くために」は&sofaで連載中。Twitterで「刺さる」と話題。

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