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無拠点生活(12)絶景めぐり

無拠点生活を考えだしてからというもの、おもしろい考えがポンポンと出てくる…ような気がする。と言っても僕がおもしろいと思っているようなことなんて、自分だけの“娯楽”に過ぎないのだけど…。
だけど、自分でも娯楽と思っているならそれで良いんじゃないだろうかね。
世の中には生きる事がつまらないと感じている人もいるようである。楽しいと感じられるだけ僕はマシかななんて思っているぞ。みんなも同じように思っているだろう、楽しんだもん勝ちなのだ。活とか負けるとか勝ち組負け組なんて言葉は僕は好まないけど、ここではあえて使わせていただこうかな。


今回は旅のさなかにある絶景をいくつか立ち寄ってみるのもおもしろいかななんて考えた。たまーにだけど、「ここは世界遺産に登録されている建物なんだ」とか、「日本の滝100選に入っている滝」だとかを見ることがある。

そんときは何か他にやりたいことがあっただろうし、車で立ち寄っただけだからなんとも感じなかったのだけど、ひとりでどうにかこうにかたどり着くとその見方も変わるんじゃなかろうかと考えたのである。

むかーし友人と一緒にスカイツリーを見に行ったときだった。
僕は単にちょっと見られれば良いものかと思っていたのだけど、友人は時間指定をしてどこそこを巡ってから行きたいと言い出したのである。
何でわざわざそんなまどろっこしいような観光がしたいんだろうかと思ったが、行ってみてよくわかった。
その時間はちょうど夕暮れ時で太陽が向こうの方に真っ赤になっていて、街全体を真っ赤に染めていた。まるで世界の半分が真っ赤になったかのような、そんな感じだったのである。
もしそれが何の変哲もない時間に訪れていたら、特に感動することもなく「わあ高いね怖いね」くらいで済んでいたのかもしれない。

毎年毎年、山のてっぺんから“初日の出”を見る人がいるが、その絶景はその場所からでもある瞬間にしか見られないとなると、その貴重さはグッとアップする。
そういえば僕もいつかキャンプに行ったときに朝焼けを見た時は感動したものだ。何の気無しにただただ起きていただけだったのだけど、星だらけの夜空にだんだんと見えていた星が少なくなり、灰色になってそしてオレンジになって真っ赤になって、そして朝日が現れた。その瞬間僕は何も考えていなかった、ただこの世界に光が差し込んだ瞬間を自分が独り占めしたような、そんな気持ちになったのだった。



住むことや生きることに一生懸命になっていると見えない景色もあるのかと、そう思ったわけよね。
この無拠点生活も娯楽を考えるようになってやれお気楽極楽なもんだぜと自分でも思っているけど、本当はもっともっと辛い現実が待っているんだろうなと思う。わかんないけど。

自分でも何がしたいのかよくわからないときは、ちょっと考え方をそらして夢みたいなことでも考えてみたら、意外と楽しい考えも浮かぶんじゃないかと、そう感じたのだった。

やっぱり人は生活だけじゃ生きていかれないのかね…。




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