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 記憶シュといいながら取り出された種と、店主の勢いに困惑しながら、やはり何も言えずにいると、フッと笑って店主が種を、ジーンズの横側を縦に裂いたようなズボンの中にしまった。

「おうい、もう出てきていいぞー!」

 と店主がカウンターの向こうの薄手のの垂れ幕がかかった場所に声をかけた。

 声に反応して誰かが動き出すような物音が聞こえる。

 な、なんだろう。やっぱり望みを聞くだけ聞いた後に、嬲り殺されるんだろうか。

 ああ、泥棒なんてするもんじゃなかったんだ。こんな小心者が。

 なんてこの世とのお別れを感じながら遠い目をしていると、垂れ幕が手に押しのけられて、中から誰かが出てきた。

「あっ・・・」 

「ああ・・・よかった」

 見覚えのある紫頭が、浩二を見るなりホッとした顔を見せた。

 一瞬の上、後ろ姿しか見えず気づかなかったが、紫頭は、大きめのシャツの下にロングブーツという、中々せめた格好をしていた。誰狙いなんだ、一体。

 浩二は、あのときには見えなかった正面顔を見て、すごく中性的だと感じていた。でも何となくの勘が、少年じゃないか?と言い出していた。

「うん。治療、うまくいってるみたいね。順調そう」

 そしてもう一人。今度は知らない少女がいた。

 黄緑色の髪を少しずつ段を付けて伸ばしたような髪形に、着物のような上着と袴らしき何かを着ている。

 両方の隙間と袖には、秋冬に着そうな、ラインの入ったインナーが見えている。

 しかし何だ・・・コスプレみたいだ。

 着物風のそれは、右前にされた部分が、下に向かうつれてどんどん細くなり、袴のベルトあたりに来ると、それは雫型の装飾物に変わっているし、袴は二枚、布が重なっていて、両端で意図的に分かれた二枚目には、六芒星が縦に密集している。

 コスプレではないだろうか?やはり。

「んじゃあ、双方自己紹介よろしくー」

 店主が自分も名乗っていないのに、ひらひらと手を振って垂れ幕の向こうへと行こうとする。

 ところが、一切振り向かずに少女に服を鷲掴みにされて、「先にあなた」と静かに言われていた。

「あーハイハイ。じゃあ俺からね」

 けだるげに両手をあげて来た道を戻り、彼は紫頭達と同じくらいの位置で止まった。

「俺はクルメ。みあけクルメ。「記憶シュ」の店長してるみあけクルメ」

 やたら名前を主張してくるみあけ店長。

 みあけ?みあけとは、どんな字を書くのだろう。実開とかだろうか。

「この人、ニュース番組で、『今日未明、久留米市の・・・』から始まるニュースの冒頭を聞きそびれてね、未明を『ミアケ』って読んで、『久留米』と一緒に、響きが気に入ったから、って名前にしたの」

 コスプレ少女が滅茶苦茶な由来を教えてくれた。

 何だそれ。ペット感覚で自分の名前を改名するなよ。しかも読み間違えてるし。

 やはりいい奴ではあるが、コイツとは仲良くなれそうにもない。

 人から付けて貰った名前の重みを分かっていない。

「しょうがねぇじゃん。この仕事してくうちに、自分の記憶すら合ってるのか分かんなくなるし。だったらそう思った日にやってたニュースの方が、記憶よりも正確じゃんか」

 なんだか理解の外にある哲学的なことを言い出した。

 それに仕事って、この店お客さんがきちんと来ているんだろうか。大繁盛とは言わずとも、そこそこにぎわっていたら、その言い分も分かりはするが。

「だとしても、読み間違えたまま名前に使っていいわけじゃ・・・ないんじゃない?その、名前に失礼じゃないかな?」

 紫頭が言いたかったことを代弁してくれた。浩二は、こういうことを言ってくれる人と仲良くなりたい、早く名前が知りたい。などと思ってから、自分の性格の悪さに気がついた。

 何でもかんでも人に言わせて自分は傍観者か。と。

「確かに。でも読み間違えて覚えたとしても、それも縁じゃない?俺は縁を大事にしたい」

 縁で紫を言い負かそうとする未明店長。

「じゃあ・・・・みめいにすればいいんじゃ・・・」

 てっきり紫が言ったのかと思ったら、自分だった。紫の行動で背中を押されたらしい。

 予想外の僕の発言に、未明は目を丸くして黙り込んだ。

 しまった。なんていわれるんだろう、とビクビクしていると、

「・・・喋った!余りの俺の横暴っぷりに相田くんが喋った!でも一応未明ってよめるから、俺これがいい!」

すごくうれしそうに興奮しながら言われた。

 けれど断固として苗字の読みを譲らない未明店長。そんなにこの人にとって縁というのは大事なんだろうか。

「もういいから。自己紹介しておけと言いつつ、私たちさせてもらえてないし。いい加減喋らせて」

 未明店長を横に押しのけるようにして、コスプレ少女が前に出た。

「私は、ヨミ。この山の土地神よ。」

 コスプレ少女は脳内までコスプレしているんだろうか。

「クルメのしているこの仕事には、土地神の許可を得なくてはいけないから、判子だけ押したらつれてこられたわ」

 ヨミさんは、はぁーと長い溜息をついて、眉間をもんだ。

「ちなみに、怪我人だったあなたの手術をしたのは私。怪我の様子を見るために、これから定期的に通ってもらうけど、病院だけは行かないで。穢れる」

 この人も癖が強そうだ。病院はむしろ清潔にするところではないだろうか。

 それに、おかしいではないか。

「あ・・あの・・・しゅ、手術をしたってことは・・・どこかで、医師免許・・・もらったんですよね・・・?」

 と、言い出してから、もしかしたら病院に勤めていた頃に何かあったのかもしれない、と感じて黙ってしまった。

「いいえ。無いわ」

 ――ああ。ここの人は紫以外まともなのはいないらしい。

 浩二は自分がとんでもない人に手術をされたのだと、自分の愚かさと運の無さを呪った。

「だって、医師免許を持っていたのは私じゃないから。ほら、あれを見て」

 よく分からないことを言うと、ヨミさんは未明のポケットを指差した。

「クルメ。その種をよこして、紅茶を出してきて」

 落ち着いた良く通る声で、未明店長に指示を出した。

「はぁーい」

 嫌そうに未明店長はヨミさんに種を渡し、奥へと引っ込んでいった。それを見た紫がそうっと奥へと戻っていった。手伝うのだろうか。

「この種にはね、誰かの記憶が詰まっているのよ」

 また、とんでもない冗談が始まった。記憶を見る、の次は記憶が詰まった種か。

 もう滅茶苦茶だ。

「私は種を飲んで、外科医の知識を頭に詰めた。そしてあなたに手術を施した、そういうわけよ」

 浩二は頭を抱えたい衝動に襲われた。言っていることがファンタジー過ぎて、もうどうしたらいいのかわからない。

「まあ習うより慣れろ、よね。ほら、紅茶が来たわ」

 ふてくされた顔をした未明店長が紅茶を二つ運んできた。

「おまちどーさま」

「はい。ご苦労様。机と椅子は?」

「僕が」

 未明の後ろに隠れていた紫が、机に椅子を二つ乗せてやってきた。

 小屋の木と同じような材質の机と椅子を下ろして、慣れた手つきで机の左右に椅子を置いた。

 そして未明店長がその上に紅茶を二つ置いた。

「はい。じゃあこの中に種を入れるわね」

 種なんか入れて飲めるのだろうか、と思っていたら入れられた種がじわあっと溶けていく。

 まるで砂糖か何かのようだ。

「では、相田浩二くん」

 名前をきっちり呼ばれた。もしかしたら自分の情報はここ三人に回されているのかもしれない。なんて浩二は思った。

「ここに、種の入った紅茶と、そうではない紅茶があります。そうではないほうからお飲みください。」

「え・・・・えっ・・・と、どっちに・・・座・・・れば?」

 少しばかりお喋りができていたはずなのに、聞きにくい質問を挟んだためか、また口ごもりながら喋ってしまう。

「お好きなほうに。でも決めにくいなら、私がこっちに座るわ」

 そういって、ヨミさんは浩二から見て奥の方の席に腰掛けた。

「あとでここの選択すら簡単になってしまうわ」

 そういってヨミさんは小さく微笑んだ。

 その笑みにつられて、恐る恐る腰掛けると、湯気のたつ、種の入っていない紅茶が、目の前にあった。

 飲まなくちゃ、どうしようもないんだろうな。と周りの空気でわかってきていたため、とりあえず口にした。

 ほんのりと苦味のある、あたたかい紅茶だ。特にこれといって変わったところは無い。

「では、こちらをどうぞ」

 ヨミさんがそっとカップ同士を入れ替えて、種の入った紅茶が目の前に置かれた。

 飲まなくては、いけないんだろうか。飲まないという選択肢は無いんだろうか。

 種の解けた謎の紅茶。いや、おかしいのは種の方だろう。そんなもの、飲みたくも無い。

 黙りこんだまま固まっていると、紫が口を開いた。

「それね、相田さんの願望が叶う種なんだよ。それを飲んだら、変われるよ」

 願望――変われる――友達がたくさん――浩二の頭は、もう動いていなかった。

 状況に流されるがまま、喋れもせず、動揺してばかりで、いよいよ強盗までしようとした自分が、変われる・・・?

 そう頭の中で思った頃には、カップが手に取られていた。

 カップが口に付けられる。

 そして、口の中に注ぎ込まれた。

 とたんに頭の中に映像が高速で流れ出す。
映像に合わせてぐちゃぐちゃとその瞬間瞬間に感じられてきた感情があふれ出してくる。

 目の前が真っ暗になって、感情と映像だけが反響するかのように何度何度も流れていく―――

 

 

「ご馳走様でした!おいしかったです!」

 飲み干した浩二は満面の笑みで三人を見た。

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