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掌編小説【明日も】

お題「砂時計」

「明日も」

随分と溜め込んだものだな、と思う。押し入れからダンボール二箱分のLPレコードが発掘された。断捨離はまさに発掘作業だ。しかも時には古い記憶まで掘り起こす。
若い頃は、大きなヘッドフォンを耳に押し当て、世界から自分を守る盾のようにして音楽に浸っていた。聴き直してみたい気もするが、プレーヤーは何年も前に壊れてしまった。私はレコードのジャケットを一枚ずつ眺めながら、記憶の中で音を再生する。そうしているうちに、一枚のレコードを見つける。
『ベスト・オブ・ロバータ・フラック』。
見た瞬間に音と記憶が一気に再生されて、私は思わず目を閉じる。甘く、物悲しく、郷愁に満ちた声とメロディ…。私はとりわけA面の五曲目が好きだった。
『will you still love me tomorrow』。

このレコードは大学生の時、あの人がプレゼントしてくれたものだ。何度も聴いたから、最後には傷がついて音が飛ぶようになってしまった。私は盤面を出して窓際に近付き、その傷を見つける。私の心にもきっと同じような傷があるはずだ…。
私はセーターの上から自分の胸にそっと触れてみる。なにもない、固いだけの胸。でも、ここにある傷なんか気にならない。手では触れられない傷こそが人生だ。
「プレーヤーを買おうかしら」
私は小声でつぶやく。この傷の音が聴きたい。プツッと音が飛ぶ瞬間の。

医師には余命を宣告されている。でもそれは私だけじゃない。誰もが命の砂時計を持っていて、生まれた時からさらさらと落ち続けている。私の砂があとわずかというだけだ。
それでも、レコードを聴くくらいの時間はあるだろう。

will you still love me tomorrow?…明日もまだ好きでいてくれる?
will you still love me tomorrow?…明日もまだ愛してくれる?

愛してくれなかったから、私は一人で死ぬのだけれど。


おわり (2022/12/3 作)

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