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【短編小説】「大熊猫」〜仙人と、変わった模様の熊のはなし

百年に一度国中の仙人が蓬莱山に集まり開催される仙術大会。そこで猫の如きハチワレ模様を持つ熊を披露しようと思い立った仙人がいた。

懐から取り出した巨大な紙の何ヶ所かに切り込みを入れ、端に一滴墨を垂らすが早いか「はいいっ!」と手にした杖をかざし一言。すると先ほどまで紙だったそれはみるみるまるまり動きだし、やがて小ぶりな、全身灰色の熊と化した。

「はてどこを間違えたか。ほほう、紙にいのちがまわるに合わせ、墨も一緒に広がったと見える。なあにあとからでも色は…」
仙人は灰色熊の手を引いて洞窟前の雪原に降り立ち、そのまま熊を雪玉のごとく転がし始めた。雪の色は変わらぬので墨を吸わせているわけではない。しかし繰り返すうちだんだんと中心部は白く、端の部分が濃くなってゆく。
「もうこのぐらいでいいじゃろう。ほれよく見せてごらん」
仙人の目前に立ったのは、真っ白な身体のうち四肢と耳そしてなぜか目の周りだけが真っ黒という、どうにも不可思議な色分けとなった熊だった。

「ハチワレ……」と呟き頭を抱えてうずくまるのも束の間。程なく立ち上った仙人は熊の全身を調べ始める。
腕、足、耳と回転で末端に墨が寄るのは理屈に合うし半ば意図したことである。ではほかの部分は? 触れれば黒の毛は白より硬い。墨の染みた紙は硬くなる、その名残であろう。背には腕と腕とを繋ぐ形で一本の黒筋が通っており、その中には首後ろにある急所も含まれる。どうやら末端以外は守りたい部分に硬い黒毛が集まったとみえる。しかし仮にそうであったとしても目の周りの黒だけは大袈裟すぎる。ほかにも急所はあるだろうに……。
一通り考え尽くした仙人は、熊の隣に腰掛けたのちこう問いた。
「おまえさん、ひょっとして……目、回しとった?」

蓬莱山へと飛び向かう雲上の仙人。となりに座する熊の模様は先のままである。
当初の目論見ハチワレはきれいさっぱり諦めた。目が回るのは止められぬ。焼き物然り、ときに己の意図せぬところで神の助けが加わり傑作が生まれることがある。実のところ仙人は、この熊の姿がたいそう気に入ってしまったのである。

ところが、その年の仙術大会の参加者名簿に件の仙人の名は記されていない。到着直前に熊が色変わり。元来た道を引き返したとの噂が残る。
直前の棄権は仙人資格の剥奪につながる。しかし仙人にとって、そんなことなどどうでも良いことだった。

不老不死への飽くなき探究心、無限のトライアンドエラーと折れぬ心の併せ技が彼をして仙人たらしめた。
この仙人の姿など、彼にとっては探求の末生まれた結果に過ぎず、他人から認められる資格でも、ましてや拘泥する身分でもない。
彼は、退屈しのぎで参加していた仙術大会より己が探究心を注ぐに足るものをいまふたたび発見した。
熊の、あの奇跡の姿をまた取り戻し定着させよう。
忘れかけていた高揚感が胸に蘇る。
横でいびきをかいていた灰色熊が、答えるように寝返りをうった……。


百年後、仙人は模様固定の鍵が食物にあることを偶然発見。
「笹だけ食していればこの姿のままいられる」という仮説を検証するため、住み慣れた洞窟を捨て笹の豊富な四川の山中へと熊を連れ移住する。
結果は諸兄姉ご存知の通り。
若干ではあるが数も増え、我が国でも見られるようになった「大熊猫」の名は、当初仙人が抱いた目論見にちなんでつけられた。
大した意味なく転がってしまう習性、笹を食する習慣も引き継がれたまま。
もっとも笹をやめればただの熊と見分けがつかなくなるため、引き継がなかった個体については数えようがない。

その後の「はじまりの熊」についてだが、今も四川の山中奥深く、仙人とふたり仲良く暮らしているという。



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