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【短編小説】「神話(黒いけものと白いけもの)」

太古の昔、世界がまだどろりとした薄闇に包まれていた頃のこと。
やわらかい大地には強い蹄を持つ黒いけものがいた。
ぬかるんだ天にはしなやかな翼を持つ白いけものがいた。

黒いけものはいつも天を見上げていた。
四肢を踏みしめ槍のごとくまっ直ぐ頸を天に向けたその様は、大地から離れようとあがく大樹に見えた。

白いけものはいつも地を見つめていた。
広がる翼が描くゆるやかな稜線の先に伸びる頭(こうべ)は、天から滴る雫に見えた。

黒いけものは嘆く。
「あれは、なんと美しい姿なのか。それに比べて我が身の醜さよ。天に空けられた穴のような白いからだ。清らかな曲線。地を伝い躰に満ちてくるこの私の悩みなど、あのものには無縁に違いない」

白いけものは嘆く。
「あれは、なんと雄々しい姿なのか。それに比べて我が身の儚さよ。あの大地にとけこむ闇のような黒いからだ。逞しい四肢。どこにいようと白々しく浮き上がる私の悩みなど、あのものには無縁に違いない」

「あのもののようになりたい」
「あのもののようになりたい」

黒いけものは地を蹴り猛然と走り出した。
地の神の制止を振り切り、なだらかだった大地には荒々しい起伏が生まれ、蹄が穿った巨大な穴からは燃えたぎる血が溢れ出した。
やがて彼はひときわ大きく地を蹴って、まっすぐ天を目指して跳ね上がった。

白いけものは翼を大きく拡げはばたいた。
天の神の忠告には耳を貸さず、掻き混ぜられた空にはいくつもの亀裂が走った。
やがて彼は翼をたたみ、まっすぐ地を目指して落ちていった。


二つのけものがぶつかり合いひとつになったそのとき、世界に音が生まれた。
大地に残された穴にはやがて水がたまり、海と、湖が生まれた。
天は、青空と雲とに分かたれた。
黒と、白のけものは世界から姿を消し、かわりに奇妙な生き物が地上に生まれた。

かつて天と地を支配した、雄々しく美しい姿の面影はどこにも見あたらなかったが、皮膚にはそのなごりが残された。
しかし生まれ変わっても、あれほど互いに憧れた白と黒の色が混ざり合うことはけっしてなかった。
悩みの深さが同じだったからだ。

その末裔は今も地上に暮らしている。

黒いけものの名は「バ」。
白いけものの名は「ク」といった。


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