見出し画像

素の感情を味わう

 以前、感情に関して次のようなことを書きました。
・湧いてくる感情は、天(神仏、創造主)からのプレゼント(授かり物)。だから、どの感情がよくて、どの感情が悪いというような価値の上下はない。あるがままに感じたらいい。
・感情が、ナビゲーションとなって、どう進めばいいかを教えてくれる。自分がいま何を感じているかに気づいていれば、今後どのように行動すればいいかのヒントが得られるし、価値観を見直す契機にもなる。
・不快な感情こそ大事にして、じっくり味わう。すると、消えていくのが早くなる。味わい尽くしたときが、消えるとき。
 
 これとよく似た話を山口純子さん(調布カイロプラクティックオフィス院長)からお聞きする機会がありました。山口さんは長年にわたり、骨のゆがみを見てきて、感情やストレスとの関係に着眼し「自分の素直な感情や性格を無理に変えようとすると、骨がゆがんでいく」と述べています。その著書「ストレスで、あなたの骨がゆがんでいます!」(ダイヤモンド社)から、ポイントを2点、要約してご紹介しましょう。
 --- 
・人生の大きな分岐点では、どの感情よりも「やる気がでない」という感情が必要なことがある。だから、無理にやる気を出す必要はない。いま自然に感じた、その感情がいちばん必要な感情なのです。
 この世に感じてはいけない感情などありません。そして、感じなくてはならない感情もないのです。
・「あ~、わたし、またこの人のことをきらいだなんて思ってしまった。なんて心の狭い人間なんだろう。人にはよいところもあれば悪いところもある。でも、わたしは、悪いところばかりに目がいってしまう。こんなことではいけない。今度この人と会ったとき、イヤなヤツに会ったなんて思わないようにしよう」などと、人をきらったこと自体を深く反省し始めると、なんと、この人の骨はゆがんでくるのです。
---
 読まれていかがでしょうか。このように、きらいという感情や、ねたみ、疑い、うっとうしいなど、抱いてはいけないと教えられてきた感情を消そうと努力している人のほうが骨をゆがめてしまうのですね。

 さて、ここで「苦楽超然」という言葉を思い出しました。たぶん、皆さんも、その意味は「苦悩に直面しても楽しいことがやってきても、一喜一憂せずに悠然と構えている人」とイメージされると思います。
 神経質の治療法「森田療法」を生み出した、森田正馬さんは「苦痛を苦痛し、喜悦を喜悦す、之を苦楽超然という」と解釈しています。
 与えられた苦しみを苦しみ、悲しみを悲しみ、喜びを喜ぶ。それが「苦楽を超越した状態」。何かあれば、心は揺れ動くものです。そんなときは、オロオロ、ハラハラしていましょう。感じるままに感じていればいい。それが「あるがまま」。
 
 私も、何が起きても悠然として不動の心を持つことを理想とし、それを目指していた時期もありましたが、今は「そのときどきの素(す)の心」を感じていたらいいって思っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?