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【星蒔き乙女と灰色天使②】蒼い桜を探す旅路へ

【第一話】記憶をめぐる旅のはじまり


 【2日目】あの日の記憶を思い返せば


 
 二日目といいながらも、一日目からはだいぶ時間が経っていて、でも書きたいときに書く、というのがいいのかな、と思う。

 今日の日記は、場所の記憶について。言葉だけだと、大層なものみたく聞こえるけど、単純に思い出のお話。

 今日、彼女と行ったことのあるお店を久しぶりに訪ねた。一緒に行ったのはたったの一回限りだったけど、小さなお店だったせいか、あまりに景色が変わっていなかったせいか、隣に座っていた彼女のことを思い出して――その時は、他にも職場の人が一緒にいて、他愛もない話で盛り上がった、確か私はクリーム系のパスタを食べて、彼女は……何を食べていたっけ?

 場所に思い出が残る、と書いた癖にそんなことさえ覚えていない。思い出せるのは、ただ隣に彼女が――ミギがいたことだけ。

 とても天気のいい一日だった。空は久しぶりにからっと晴れて、風が強くて、冬の終わり、春の始まり、そんな一日。小窓から差し込む日差しが眩しくて、注文した料理が運ばれてくるまでに、木造りのテーブルを眺めながら、彼女のことを思い出す。
 
         ○
 
 確か、昨日は――形式上、ここではそう書こうと思う、今後も、きっと、ミギと出会ったところまで書いたはず、だから、今日はその続き。

「……ミギ先輩?」
「懐かしい響き」
 
 もう、自分のことをそう呼ばせていないのか、それともその呼び方は私だけのものなのか。

 彼女は目を細め、唇を尖らせ口笛を鳴らすと、楽しそうににやりと笑う。
「じゃあ、行こうか」
「……えっと、どこに?」
「こないだメールした通り」
 
                ○
 
 会話文が入ると、どうも小説のように見えてくる。自分でもこれが日記なのか、小説なのか、わからなくなってくる。

 でも、どんな形であれ、言葉にアウトプットすれば、なにかわかるかもしれない。

 今、私が抱えているやりきれない気持ちの答えが少しでもわかればいい。
 
                ○
 
 流されるように二人で飲みに行って、くだらない話で盛り上がって。いつの間にか仕事をやめて、書店にいなくなっていたことを怒って、ミギは悪びれず、アキが勝手にやったことだろう、と笑って。

 それから、しばらく一緒に遊ぶようになった。
 
                ○
 
 手が止まる。文が続かない。書きたいことは山ほどあるはずなのに、心が思い出すことを拒絶するかのように、考えが全くまとまらない。

 誰に急かされて書いているものでもないだから、無理に書く必要はない。書きたくないなら、書かなければいい。

 だから、今日はここまで。
 
                ☆            
 

【3日目】蒼い桜を探しに行こうか


 
 昔、「蒼い枝垂桜」の話を書いたことがある。ある姉妹のお話で、3部作のはずが、一作目で筆が止まってしまったお話。

 蒼い枝垂桜には、記憶を食べる蜂が住んでいて、蜂は人の幸せな記憶を食べてしまう。

 書いていたその時は、寂しい話だと思っていた。
 今、もし目の前にその桜があったとしたら。私はどうするだろうか。
 もしかしたら、桜に住む蜂は、何よりも優しい存在だったのかもしれない、と今は思う。
 
 思い出すのは楽しかった思い出ばかり。場所の記憶に引きずられ、また泣いてしまいそうになる。

 運ばれてきたシーフードのペペロンチーノは、唐辛子がきつくて、にんにくもたっぷり。これはもう、今日は人に会えないな、なんて思いながら、塩辛いそれを口に運ぶ。

 ……いや、パスタが塩辛いはずなんてない。

 彼女を失ったあの日から、食べ物の味がいまいちよくわからない。美味しいは美味しいのだけれど、どこか味気ない。また、ミギと一緒に食べたい、とそればかりが先に来てしまう。

 いつか、他に「美味しいもの」を見つけることができたら、彼女を忘れることができるだろうか。幸せな記憶を上書き保存できるのかしら。

 これから桜の季節、旅に出て蒼い桜を探すのもいいかもしれない。その前に世界が滅んだり、一時期流行ったワニくんのように100日後に死が訪れなければ。
 
                ○
 
 これを日記と呼ぶには無理がある、と考えて、この際過去の話は小説として――多少、脚色して書いていこうと思う。日記との切り替えの印は・・・・・・後で考えればいいか。

 昨日の続き、それからしばらくの時間が経って、相変わらず忙しい書店の仕事に忙殺されながら、ミギとは何度か遊んで、ご飯を食べて、お酒を飲んで、そんなゆるい関係をふわふわと続けていた。

 書店で働いていた頃はゆるくパーマをかけた黒髪だったミギは、パン屋で働き始めてからは髪を明るい茶色に染め、ストレートに戻したらしい。イメチェンかと聞けば、「この方がパン屋っぽいでしょ」とからかうように笑う。

 ミギは割とそういうところがあって、普段の会話からどこか嘘が混じるような、つかみどころのない性格をしている。彼女と話していると、時々煙に巻かれるような感覚を覚えることがあって、一緒に住んでいたときはそれもミギの魅力の一つ、なんて夢見がちなことを考えていた。

 そういえば、私たちの関係は一体どういうものだったのだろう。付き合っている、というのは語弊があるような気がするし、かといってそういう行為を――巷のカップルがするような、全くしなかったわけではなくて、なぜ彼女が自分を本名である「ミキ」ではなく、「ミギ」と呼ばせるのか、その理由を知ったのも、抱かれた後の、けだるいベット上だった。

 確か、彼女は退屈そうに隣でたばこを吹かしていて、あまりにもドラマみたいで笑ってしまったのを覚えている。あと、本当は吸い慣れていないのか、ゴホゴホと咳き込む彼女の姿も。

煙草には詳しくないから、彼女が吸っていた銘柄すらわからない。覚えているのは、確か緑色の箱に何か動物が描かれていた、ということだけ。

 もし、それさえ覚えていれば、ベッドの上で纏っていた彼女の匂いを思い出せたのかな、なんて一人思い返してみる。そういえば、彼女が煙草を吸うのはその場所だけだった。

 湿った空気の中、煙草の香りと彼女の匂いが混ざった甘い部屋の中。多分、それは二度と戻らない記憶で。虚空に手を伸ばしてみると――と、さすがに臭い表現だったかな。

 ともかく、それで理由は・・・・・・なんだったかな、大げさに隠すほど大した理由でもなかった気もするし、ミギらしいというか、彼女の本質を表しているような理由でもあったような気がする。これについては、思い出したら書き出してみようと思う。
 
                ○
 
 すらすらと、と言えないものの、文章を書いていくと徐々に混沌とした自分の気持ちが、白紙の紙にずらずらとアウトプットされていくようで、段々と心が落ち着いてくる。たぶん、日記を書け、という世の中に溢れている自己啓発は、そういうことを言いたいのだと思う、知らないけど。

 そういえば、この話の終わりはどうしようか。小説を混ぜる以上、何かしらの着地点は目指して行きたいけれど、思いつくのはバッドエンドばかり。


 ・・・・・・嘘、これを書き始めてから、物語のラストだけは最初から決めていた。

「せめて、創作の中では」

 ハッピーエンドを。この物語の終わりは、私とミギが出会って、幸せなキスをして終了。ああ、なんてくだらなくて、甘い幻想。そんなことしても、ミギは帰ってこないのに。

 次に書くときまでには、もっとマシな終わりを考えておこう。

 今日はここでおしまい。あと次からは、彼女と行ったことがないお店に行こう。また、泣いてしまうと悪いから。

               ☆


第三話に続きます。(毎日更新予定です)

#創作大賞2023

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