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【一緒に勉強】文章力を高めよう・最終講③

推敲の話は今回で終わり!
長かった文章力の勉強会も、最終盤まできてしまいました。

順調にいけば、後2,3回で終了を迎えると思います。
ぜひ最後までお付き合いくださいませ。

*参考文献はこちら


【もったいない、がもったいない】

ここからは文章を書き終えてからの編集作業、推敲について見ていこう。
推敲とは何か。

著者はこう述べている。

推敲は「過去の自分との対話」である。

書き上げた後すぐ、ではなく、1時間あるいは1日おいて改めて読み返してみる。

それは「過去の自分」と「今の自分」との対話であり、自分の文章にツッコミを入れ、時に褒めながら読み進めていく作業である。

それはつまり、自分の文章を客観視することにつながり、ひいては読者の椅子に座ることにつながってく。

そして、推敲をする上で最も禁句となるのが「もったいない」である。
文章を書く上で「エコロジー」とか「リサイクル」なんて考えなくていい。
良い文章を書くためには、まず「もったいない」精神を捨ててしまおう。

こんなに頑張って書いたのだから、せっかく何日もかけて調べたから。

極端な話、そんなあなたの努力など、読者にとっては「どうでもいいこと」なのである。

読者が評価するのは筆者の「頑張り」や「悩んだ量」ではなく、あくまで文章の面白さ、読みやすさ、書かれた内容についてである。文章の世界は弱肉強食の世界であり、求められるのは書き上げるまでの過程ではなく、書いた後の結果なのだ。

推敲とはこの「もったいない」との闘いである。

いかに素晴らしい文章が書けたとしても、努力して書いたとしても、その一文が論理展開から外れている、不要な一文であるならば、捨てる覚悟が必要となるのだ。

これが「削り」の作業である。

【木端微塵斬】

推敲における「削り」に対して、次に見ていくのが「切る」作業である。

切るといっても、カット&ペーストではなく、長い一文を複数の短文に切り分けることを言う。

推敲の中で「長い」と感じる文章があれば、ハサミを入れて短い文章に切り分ける意識づけができるとよいだろう。

この理由は以下の3点である。

①冗長さを避けてリズムをよくする

②意味を通りやすくする

③読者の不安を和らげる

古賀史健(著)20歳の自分に受けさせたい文章講義 (星海社 e-SHINSHO)2012 p186

①    は言葉の意味通り、②、③について参考文献から例を引用して詳しく見ていこう。

「大急ぎで支度したが、間に合わなかった」

「大急ぎで支度をしたが、なんとか間に合った」

どちらも前項は同じ文章で、接続助詞の“が”を使っている。違うのは結末部分だけである。

古賀史健(著)20歳の自分に受けさせたい文章講義 (星海社 e-SHINSHO)2012 p187

二つの文章はどちらも意味は通るし、わずかな違和感に目をつぶれば問題ないと思える

しかし、この違和感が何度も文章中で重なったとすれば、読者はどう感じるだろうか?

「大急ぎで支度した。けれど、間に合わなかった」

「大急ぎで支度した。おかげで、なんとか間に合った」

古賀史健(著)20歳の自分に受けさせたい文章講義 (星海社 e-SHINSHO)2012 p187


文の意味が通りやすくなったが、少し細切れな感じがするかもしれない。

「大急ぎで支度したけど、間に合わなかった」

「大急ぎで支度したから、なんとか間に合った」

古賀史健(著)20歳の自分に受けさせたい文章講義 (星海社 e-SHINSHO)2012 p187

接続助詞の“が”は便利だが、最善手ではない。

自身の文章を見直してみて、“が”を乱用しているのであれば、もしかするとそれは読者に些細な違和感を与えていて、その積み重ねが読みにくさを生み出している可能性がある。

長い一文を切りながら、どう文章を繋げていけば違和感なく読めるのか、組立の技術を磨いていこう。

さて、最後に③「読者の不安をやわらげる」である。

これについては理解のために解説が必要となるだろう。

うちの近所には、歩いて5分ほどの距離に醤油ラーメンの人気店が1軒、自転車で30分ほどの距離にとんこつラーメンの店が1軒あるのですが、私の食べたい味噌ラーメンの店はどこにもなく、なにも食べずに我慢しました。

古賀史健(著)20歳の自分に受けさせたい文章講義 (星海社 e-SHINSHO)2012 p188

長い、とにかく結論(ラーメンを食べたかどうか)までが長い。

これは日本語特有の問題であり、結論が終わりにくるので、最後まで文章を読まないと、なんの目的で書かれた文章なのか分からないことが多いのである。

つまり、日本語で長文を書くと「いまなんの話をしているのか」「結論は?」が不明瞭なまま、読者は文章を読みつづけることとなり、集中し続けるのが難しくなりがちなのである。

本当に日本語だけ問題なのか?という疑問については、英語を反証として挙げることができる。英語は主語のすぐ後ろに、動詞や否定が来るため、予めの理解が容易である。

ということで、日本語かつ日常文であれば、不必要な長文はなるべく避けることをお勧めする理由は、ここにある。目的もわからず読み進める文章では、読者も不安になってしまうだろう。

最後にハサミを入れたバージョンを引用して、今回は終わりとさせていただく。

うちの近所には、歩いて5分ほどの距離に醤油ラーメンの人気店が1軒、自転車で30分ほどの距離にとんこつラーメンが1軒あります。でも、私が食べたいのは味噌ラーメンだったので、なにも食べずに我慢しました。

古賀史健(著)20歳の自分に受けさせたい文章講義 (星海社 e-SHINSHO)2012 p188

前と比べて、だいぶ読みやすくなった気がしないだろうか?

推敲は「削る」「切る」二つの作業を経て、読者が違和感なく、読みやすい文章を作っていくことなのである。


これにて推敲のお話はおしまい。
次回、書き上げた文章のチェック方法について、お楽しみに。

少しだけでもあなたの時間を楽しいものにできたのであれば、幸いです。 ぜひ、応援お願いいたします。