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ただその姿を永遠に


「お前、なんでそんな仕事受けてきちゃったんだよ……」
「いやー、お金はいくらでも出すっていうからつい、できますっつっちゃったんですよねー」

へへへ、と言いながら頭の後ろに手をやって悪びれる様子もない営業に対して、俺は頭を抱えていた。顧客の要求に応えるのはビジネス上当たり前の話ではあるが、物事には限度というものがあるだろう。
ただのサーバー屋が受けて来るには無茶苦茶な依頼ではあった。

まさか新興宗教の幹部から「教祖の御姿を永遠に留められるようなサーバーを準備してくれ」という依頼をまともに受けてくるとは。どういう伝手で取ってきた依頼かは気になるところではあるが、目下の問題はそこではない。

「そりゃ記録用サーバーもラインナップにはあるけどさ、なんだその無茶な依頼」
「まあそう言わずになんとかしてくださいよ、いつもみたいに『出来なくはないけどさ』って言ってもらえませんか」
「出来ないよ」
「そうそう、そういう感じで……は?」
「出来るわけないじゃん、そんなの」
「そこをなんとか」

そういう問題ではない。エンジニアの言う「出来なくはない」の言葉を営業が最大限に解釈するのはいつもの事ではあるが、今回は訳が違う。永遠に情報を留められるサーバーなど、あるわけがない。
停電したら?浸水したら?地震でも起きたら?
そういった場合を考慮して予備電源を確保しておくとか、構成部品を防水仕様にしておくとか、複数のサーバーに情報を分散させて保管しておくことで情報が失われるのをある程度防ぐことは出来る。

だが顧客の言っていることを正直に受け取れば「保証期間:永遠」ということだろう。この会社が存続しているのか、そもそもその宗教団体が今後もずっと運営を続けられるのか、もっと言えば人類の繁栄が今後も永遠に続くのかという疑問がある。

「はー、壮大っすね。そんな難しいことはわかんねっすけどうちのMAX仕様でもいいらしいんで、どこまで出来ますかね?」
「前提として自然災害等がないとして、普通保守期間は5年だろ」
「そりゃ困ります」
「困るのはこっちだよ……」
「申し訳ないんですけど、詳しい説明が必要なんで、顧客訪問同行してもらえませんかね?」

絶対嫌だよ、とその場は断ったのだが、どうやら上司を通じて手を回してきたらしく、いつの間にかスケジュールに『顧客訪問』の日程が組み込まれていた。当然上司に抗議したのだが、以前発生した技術トラブルで営業部に借りがあるようで、話を聞くだけでいいからと必死に頼み込まれてしぶしぶ承諾したのだった。


その宗教団体の事務所はオフィス街の一角にあるビルが所在地だった。もっと神殿か寺みたいな建物を想像していたのだが、到着したときには拍子抜けして、本当にあっているのかと何度も確認した。遅れてやってきた営業が躊躇なくビルに入っていくので、慌ててついて行く。
1階の受付で訪問の旨を述べて案内された階までエレベータで向かう。どうやら1フロアを借り切っているらしい。
エレベータを降りてドアを開けるとぱっと見は普通のオフィスだったが、唯一違うところは正面奥に大きな祭壇があることだった。祭壇の中央には遠目でよく分からないが人物の写真が掲げられている。あれが教祖だろうか。

エレベータ近くに設けられた応接スペースに案内される。どんな人物が出て来るかと緊張していたが、現れた団体の幹部は普通のサラリーマンのような風貌だった。打ち合わせでまず確認したのは保守期間の話だった。

「それで、保守期間のお話なんですが……」
「当方としましてはなるべく長く御姿を記録したいと考えております」
「あの、通常5年が保守期間なのですが」
「その都度契約更新すればいいのですよね?」

「はい!」と威勢よく営業が答える。こちらも思ったよりは理性的な対応をしてもらえているので少々ほっとする。

「保管するデータとしてはどのくらいの容量になりますか?」
「こちらです」

そう言って差し出してきたのは一枚の写真だった。こう言うと言い方が悪いが、遺影くらいのサイズの人物写真。白黒写真だったので余計に遺影感があった。例の祭壇に掲げられているものと同様の物のようだった。

「え、これだけですか?」
「そうです」

これだけのためにわざわざサーバーを導入するのか?一体どれだけお金を持っているのだろう。

「ちなみにサーバーの設置場所はどちらになるのでしょうか」
「あそこです」

幹部が指さした先は奥にある祭壇だった。

「今あそこに御姿が掲げられていますが、そこに設置したいと考えております」
「あそこにですか?」
「ええ、ですから、外観も荘厳なものがいいと考えています。記念碑のようなものになりますからね。色々探したのですが、御社の最高仕様の物の外観が大変よろしいと思いまして」
「恐縮です!」

全然恐縮していそうにない様子で営業が頭を下げる。こちらは唖然としていた。この人たち、本気でサーバーを記念碑と勘違いしてないか?
確かにMAX仕様のサーバーは見た目も多少気を使っているが、まさか外観で選ばれたとは思いもしなかった。

「ええと、そうなると電源をどこから取るかという問題がありますが」
「電源は繋ぐつもりはありません。そこに御姿が保管されていることが重要なのです」
「は?」

それはもしやサーバーをどこにも接続しないということ?それならただのハードディスクでも良いのでは?
そう言おうとして横から営業に肘でつつかれる。こっそりとそちらを見ると余計なこと言わない、と目で訴えてくる。
この野郎、このあたりの事情、全部黙ってやがったな。

「保守期間は5年毎ということですが、我々としては最低限1000年持つものに記録したいと考えております」
「わかりました!」

俺が何か言う前に営業が威勢よく返事をする。こちらにこれ以上喋らせるつもりはないらしい。何のために今日来たのだか分からないじゃないか。
そうかそうか、それならこちらにも考えがあるぞ。
顧客の要望を満たすサーバーの仕様が自分の中で固まった。それ以降は何も言わず打ち合わせは不思議なほど静かに終わったのだった。


会社に戻って上司に打ち合わせの結果と、自分が考えるサーバー仕様を報告する。さすがに上司も困惑していた。

「それは……いいのか?」
「どうなんでしょうね。でも顧客要求は満たしていると思いますよ」

上司に承認をもらって部材の手配を行う。通常関わりのないところへの発注だがどうにかなるだろう。準備は速やかに進み、ほどなくして例のオフィスにサーバーを運び込む日となり技術担当として立ち会うことになった。

大型のサーバーがトラックから降ろされ、団体の事務所に運び込まれる。通常は配線などの設置作業もあるが、今回やることは運び込むだけ、いたって楽な作業だった。正直に言って自分がやる作業は一つもない。
例の幹部の方は運び込まれたサーバーを見ていたく感動していた。今回は特別仕様で見た目にはこだわった。見た目しかこだわるところがなかったとも言える。
幹部の方がこちらに話かけてくる。

「いや、素晴らしいものを用意いただきました。満足しております」
「それは良かったです」
「御姿を永く留められる媒体を選んでいただいたと聞いております」
「ええ、まあ……」

媒体の選定としては間違っていないと思っている。自分の知る限り、人類が持っている記録媒体の中で最も長持ちするものだと思われた。
が、さすがに歯切れ悪く答えざるを得なかった。

なにしろあのサーバーの中には、教祖の姿が刻まれた石板が1枚入っているだけなのだから。

しかし祭壇に備え付けられたサーバーを有難そうに伏し拝む信者の人たちの姿を見ていると、今回の中身の方が使い方としては間違っていないんじゃないかと思えたのだった。


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